第82話 毒とか入ってそうね


 さーてさてさて。


 入れ替わりに……ってわけでもないだろうけど。レヴィアさんがアーシャに相談を持ちかけた翌日、奇しくも同じくらいの時間帯に、今度はマニさんが寮室を訪ねてきた。ただし今日はこっちの戦力は二倍、わたしとアーシャにアリサさんアトナリア先生まで加わった四人態勢だ。

 まあ、たまたまアリサさんたちも居合わせたってだけなんだけど。


「……昨日は、どうも……」


「いえいえー」


 これは言わずもがなレヴィアさんの分。アーシャからの助言を受けて一層頑張っている、らしい。マニさんからすれば、複雑な心境みたいだけれども。


「……今のレヴィアは、偉いです……自分の力で、コツコツと……でも……」


 テーブルを挟んだ対面、昨日レヴィアさんが座っていた場所に座るマニさんは、どうもその幼馴染についての懸念を吐き出しに来たみたい。いつぞや、愚痴を吐きに来たときのように。今回は、口が軽くなる魔法なんて使ってはいないけどね。


「……やっぱり私には……彼女にもう、頑張って欲しくない気持ちも……あるんです……」


「そっかぁ」


 今回のレヴィアさんの修練は、わたしもマニさんもそれを了承、容認する形を取っている。マニさんレヴィアさん間の話し合いだって済んではいるだろうけれども、とはいえやっぱり……って感じらしい。

 まあ、そうだろうねぇ。一度レヴィアさんの暴走を肌身に味わっているわけだし、どうしたって不安は拭いきれないだろう。


「……強くなんて、ならなくても良い…………でも、強さが必要なのも……確かで……」


 前々回の『騒動』での苦戦が、神伐局の一員としての二人に危機感を植え付けたのもまた、事実。戦い、生き残るための強さを求めること。それ自体は何も悪くない、ごく自然な感情だ。


「……私がもっと強ければ、とも……思ってしまうのですが……」


 滔々とこぼすマニさんに、さしものアーシャも二日連続で馬鹿を見る顔じゃない顔をしている。まぁその代わり、いつも通りの無表情なんだけれど。わたしは彼女の膝の上。これもいつも通り。


「あんまり思い詰めすぎないようにねー」


 軽々に言えることではないって分かっていながらも、結局こちらが口にできるのはこんな程度のこと。今さら無いとは思うけれど……このマニさんの気持ちが、かつてのレヴィアさんと同じ方向に行っちゃったりなんかしたら、良くないからねぇ。


 アーシャの胸の膨らみを背中に感じながら、わたしもお水を一口。体内に落ちていくそれを確かめるみたいに、お腹の前で組まれたアーシャの両手がきゅってなった。程よい圧迫感。


 アリサさんは妙に静かかつ真面目な顔をしていて……でも、その対面に座るアトナリア先生の表情を見れば、ああこれも引き込み作戦の一環なんだなぁって分かる。先生、今日も辛そうな顔してるし。


「……マニさんとレヴィアさん、お二人の『騒動』の大筋は聞いています。痛ましい話です……レヴィアさんを責める事は、私にはとても……」


 小さく声を上げるアトナリア先生はやっぱり、一貫して生徒は被害者だって意識を強く持っているみたい。たとえ直接の教え子でなくとも、レヴィアさんに対してもその考えは変わらないようで。

 それが先生の良いところでもあり……もしかしたら、あんまり良くないところでもあるのかもしれない。まあ前も言ったけれども、そこを論じるつもりはない。ほら、アリサさんがここぞとばかりに口を開いたし。


「……確かに、同情の余地は有りましょう。先の一件で彼女が罪人とならざるを得なかったのも、言ってしまえばひとえに、この『学院』が舞台であったが故」


 うーん、うまい言い回しだ。霊峰の血族側として譲れない部分は押さえつつも、アトナリア先生の意見にも同調して見せている。もしもの話なんてしてもしょうがないけれども、でも確かに、『学院』にカミの片鱗が蔓延ってさえいなければ、少なくともあんな事態にはならなかっただろうし。


「……私とレヴィアは、もっと早くに……もっと良く話し合うべきだったと……そう思ってはいます……そうすればきっと、もっと素直に……強くなろうとする彼女を、応援できた……かもしれません……」


 それに、マニさんにだって勿論、後悔はあるわけで。

『首輪』関連で好き勝手やってるように見えても、あれは結局、こうなってしまった中での(本人にとっての)最善策に過ぎない。

 だから、相変わらず目元の隠れたその顔に力の無い笑みを浮かべたのは、狙ってやったわけじゃないだろうけど。でもお陰様で、アトナリア先生の義憤はますます強くなっていく。


「……これが。これが教育機関のする事なのですか……我々は若者の未来をより良いものにする為に、ここに居るはずなのに……未来も尊厳も心も踏み躙っている、この現状が……」


 祈るように組まれた両手は、テーブルの上で小さく震えている。各々の前に置かれたコップの水、残りかさもばらばらなそれらの水面にまで、その震えは伝播していた。ほとんど口の付けられていないコップの向こうから、アリサさんが手を伸ばして──テーブルの中ほど、アトナリア先生の両手に触れる少し前で止まった。


「……兎角。カミを祓い『騒動』の大元を断てれば、『学院』も正常化されましょう。今は、それだけしか……」


 真剣な表情、真剣な声音。思わずと言ったような立ち振る舞い。普段はおちゃらけてるからこそより一層、本気っぽく見える。実際、彼女の目的を知らなければ、わたしも本心だと思っていたかもしれない。


「──ええ。必ずや、こんな悍ましい事は正されなければなりません。引き続き、私に出来る事があれば何でも仰って下さい」


「はい。頼りにしてます、先生」


 折角なのでわたしとアーシャも乗っかって、神妙に頷いておいた。

 アトナリア先生を引き入れたいって件、ひとまず保留って答えたはずだったんだけど……何だかんだアリサさんの手際に感心してしまっている辺り、わたしたちも彼女の術中に嵌っているのかもしれない。メイド忍者の巧妙な心理掌握に。


「……所で、ですね。真面目なお話をしていたら小腹が空いてきちゃいましたね」


「アリサさん、お昼はさっき食べたでしょ」


「……すみません……私も少し……」


「よぅしでは今日は特別にこのワタシが!里に伝わる伝統のおやつを作って差し上げましょう!」


「……毒とか入ってそうね」


「ご安心下さい奥方様っ。今回は入れませんので!」


「「……今回は?」」


 思わずアーシャと声を揃えてしまう。

 ほんっと、上手いこと立ち回られてるなぁって。小さく笑みを浮かべたアトナリア先生を横目に、感心するような悔しいような、そんな気持ちだった。

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