第81話 何か一つ切っ掛けが必要……らしい


 七度目の『騒動』から数日。あれからもみんなでうんうん唸って考えて。

 それでも結局、やっぱりハトア・アイスバーンやばいよねって話にしかならなかった。


 アトナリア先生は一層精力的に、悪く言うと思い詰めたように、捜査や魔術の改良に明け暮れるようになっちゃったけど。一緒に行動してるアリサさん曰く「無理はし過ぎないようにコントロールしているので大丈夫です」とのことで。やっぱり怖いね、あの人。


 わたしとアーシャは未だ、なにか読み取れることはないかとカミの言葉を何度も反芻中……だったんだけど。

 そんなわたしたちの部屋にレヴィアさんが一人で訪ねてきたのは、まだ日差しもぎらぎらな昼下がりのことだった。


「──アドバイスが欲しい?」


「ああ」


 値踏みするようなアーシャの視線に臆することもなく、対面に座るレヴィアさんは頷く。今日はウルヌス教授が所用ありってことで自主鍛錬になり、まあ午前中は一人で色々やってみてたらしいんだけど。


「情けない話だが……ほぼ付きっきりでの指導を受けてもなお、わたしの実力は停滞したままだ。教授の指導を疑うわけではないが、別の視点からの意見も欲しくてな」


 恥を忍んで、なんて続けたわりにはひたすらに真面目な顔付きでこちらを──もとい、わたしを抱え込むアーシャを見つめるレヴィアさん。追い込まれている……といえばそうなんだけど、その瞳に、変に焦っているような色はない。


 だからだろうか。アーシャの顔に、馬鹿を見るような表情は浮かんでいなかった。


「……ウルヌス教授は何と?」


「今のレベルを超えるには、何か一つ切っ掛けが必要……らしい。それを掴む事さえできれば、教授もより具体的なアドバイスがしやすくなるとは言っていたのだが……」


 確かに。長らく成長が止まっているのだから、今のレヴィアさんが居るのはもう、地道な修練の繰り返しだけで進める地点では無いかもしれない。かつて彼女が叫んでいたことが、ふと脳裏に蘇る。

 

 伸びしろが無いんだ。ここで終わりなんだ。


 本人がそう思ってしまう程なんだから、きっと簡単にはいかないんだろうなぁ。気持ちは前向きになっているとは言え、残酷だけど本当にもう成長が見込めない可能性もあるわけだし。

 そんなレヴィアさんがに対して、珍しくアーシャは、言葉を選ぶようにゆっくりと告げた。


「……ウルヌス教授の言葉は正しいわ。魔法に決まった形式は無い。だから、先を望むなら自分で自分の型を見つけ出すしか無い」


 わたしは魔法なんてさっぱりだけど、アーシャのその言葉自体は理解できる。だって、ずっとアーシャのこと見てたし。アーシャの魔法は、アーシャだけのものなんだ。レヴィアさんが求める力も、きっとレヴィアさんだけのもの。だから、外様が手取り足取り教えてあげられるものでもない。


「……そうか……」


 少しばかり、落胆したような声。

 沈黙。わたしが飴玉の包みを剥がす音。頭上からかすかに伝わる、息を吸う気配。

 

「……アトナリア先生の『乱渦』、どう思ったかしら?」


 唐突なアーシャの言葉に、レヴィアさんはきょとんとしているけど。たぶんこれ、地続きな話だ。顎でしゃくって返事を促す仕草が、つむじを撫でてきもちぃ。


「どうと言われても…………話に聞く限りでは、厄介な魔術だなと。お前ほどの魔女であれば、さほど脅威でもないのかもしれないが」


 困惑しつつも返したレヴィアさんに対して、今度は大きな溜息が一つ。わたしの頭の上からほわわぁ〜っと。髪が揺れて、きもちぃ。

 

「あの魔術に対して、“厄介”程度の危機感しか抱いていないという事は、つまり。魔法の特異性を理解出来ていないという事よ」


 曰く。もっと怖がれ、ってことらしい。

 魔術も魔法も、その発生自体を抑え込める『乱渦』。原理は魔力への干渉だけど、何にせよ自分だけの領域であるはずの魔法をああも容易くかき乱すことが、どれほど恐ろしい所業なのか実感しろ、と。

 だからアーシャはああも積極的に、先生から話を聞きたがっていた。


 滔々と語って聞かせる声を、飴玉を転がしながら聞く。


「もっと意識しなさい。魔法が如何に埒外の概念であるかを。型も式も無く何だって出来る事の異常性を。それを引き起こす貴女自身を」


「む、むぅ……」


 アーシャにしてはかなーり色々喋ってると思うんだけど、それでもレヴィアさんの返事は煮え切らないもので。あるいはその反応自体が、レヴィアさんの才能の限界を物語っているのかもしれない。

 ……いや口には出さないけどね。さすがのわたしも、そんな無遠慮に人の神経を逆撫でするようなことは言わないよ。ねぇアーシャ?


「……まあ、私自身。ここで魔術の基礎を学んだからこそ、改めて魔法の異質さに気付けたのは否めないけれど」


 それで言いたいことは言い終えたのか、アーシャは体の力を抜いて、顎をわたしのつむじに乗せてきた。程良い重量感、ぐりぐりと僅かに押し込まれる感覚。きもちぃきもちぃ。わたしたちの様子を見て、レヴィアさんもこれ以上はないと悟ったみたい。


「……ありがとう。持ち帰って考えてみるよ。妖精様と共に」


 首を斜めに振りながら立ち上がって、そのまま部屋を後にしようとする。

 だけど最後の言葉を聞いて、アーシャが今一度、その背中に声をかけた。


「──もう一つだけ言えるとしたら」


 乗っかったままの顎が頭をがくんがくん揺らしてくる。そのせいで、振り返るレヴィアさんも揺れ動いて見えた。


「……何だ?」


「その“妖精様”っていうのを止めてみたらどうかしら。こいつらはそんな大層な存在じゃない。魔法に狂った哀れな奴らよ」


 いつの間にかふよふよと。見える層にまで昇ってきていた妖精さんたちが、アーシャの周りを飛び回っている。きゃはきゃははしゃいでいて、相変わらず楽しそうだ。


「それは……」


 対してさっき以上に歯切れの悪い返答から、いかにレヴィアさんの中で妖精様〜って意識が染み付いているのかが窺える。でもだからって、あれも分からないこれも嫌だじゃ何も変わらないってことくらい、本人もよく分かってるみたいで。


「……いや。それも含めて、考えてみるさ」


 小さく笑って、今度こそ部屋を出ていった。

 戸が閉まる直前、肩の辺りに妖精さんが姿を現すのが見えた……気がした。

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