第80話 何分、頭数も能力も足りていないのが現状です


 無力化した女生徒、口封じされなかったのは良かったけど。残念ながら、やっぱり情報を引き出す余地もなく。

 そのまま理事長に連絡して処置室に搬入、カミの片鱗を祓っておしまいとなった。


 いくら理事長が怪しいとは言っても、その後の生徒の処遇は『学院』に任せるしかない。そこにまで介入する権限は、現時点ではわたしたちには無いからねぇ。


「万が一にも前回のような事が無いよう、どうかお願い致します。理事長」


「ええ、勿論」


 なんていう、アトナリア先生と理事長の会話を最後に、七度目の『騒動』はあっさりと幕を引いた。



 

 ◆ ◆ ◆




 ──と、いうわけで。

 情報共有のお時間でーす。


「ま、特に成果は得られなかったんだけどねぇ」


 諸々終わった頃にはもう、夏の長い日も暮れていて。六人全員が集まると、やっぱりわたしとアーシャの部屋は手狭だ。特に今日は、アリサさんの部屋のテーブルも持ち込んで、みんなで夕飯も食べながらの報告会だし。

 ちなみに今日もそうめんです。大量に茹でた麺の山が二つ、こっちとあっちのテーブルの上に鎮座してる。その周りには野菜だ卵だ肉切れだなんだの具材が並べられてて、まあ好きにとって盛り付けて食べてねってやつ。

 あ、こっちはわたしとアーシャとアリサさんアトナリア先生、あっちはマニさんとレヴィアさんね。マニさんは一人でいっぱい食べるから、その分すぺーすを占領してしまうのだ。


 そんな感じで夕食をちゅるちゅる啜りつつ……まずはわたしの方から、待機してた四人に顛末を伝えたわけなんだけど。

 

「進展が無かったと言えばそうですが……夏期休暇中にもコトが起こり得ると確定したという意味では、今回の『騒動』そのものが進展かもしれませんねぇ」


「……それに、改めてハトア・アイスバーン関与の『騒動』の異質さが浮き彫りになった」


 アリサさん、レヴィアさんの言葉通り、今回の『騒動』そのものに意味があったとはわたしも思ってる。血族的には起きないで欲しいけど、現状、起きないと何も進まないのも事実なわけだから。ってこれ、毎回言ってる気もするけど。


「……片鱗を取り除かれた後も、あの生徒には僅かながら記憶と精神への悪影響が残ってしまいました。学び舎に席を残す事も許されず、人生を滅茶苦茶にされて……」


 静かに呟くのは、食事も進まず、ずっと沈んだ表情のままなアトナリア先生。

 処置室まで付いてきて、全部を見ていたが故の言葉なんだろうけど。


 ……うーん。ここが先生とわたしとの認識の違いかなぁ。

 先生は事態の裏側を知って以降、『騒動』を引き起こした生徒達を完全な被害者だと考えている節がある。カミの力を使わされてしまった、可哀想な子たちと。


 でもわたしたち霊峰の血族は、誘惑を振り払えなかった者を「悪に非ず」とは考えない。

 事情によっては同情する余地もあるかもしれないけれど、それでも。カミの力に手を出してしまった時点で、もうそれは罪なんだ。

 レヴィアさんのことは嫌いじゃないし、もう友達だと思ってるけど……わたしの中での彼女の立ち位置が罪人から変わることは一生無いっていう、そういう話。


 まあだからといって、先生の考えを無理やり変えようってわけでもないんだけど。いやむしろ……


「──神霊庁は、斯様な悲劇がこの先、人里各所で起こる可能性を危惧しています。実際、既に『学院』は狂わされている。少しでも犠牲を減らせるようにとご主人様は活動されていますが……何分、頭数も能力も足りていないのが現状です」


 かしこまった表情で言うアリサさん的には、先生が情に厚ければ厚いほど勧誘に好都合だろうし。言いながらちゃっかり、先生の器にそうめんをよそっている。お肉も乗せちゃおう。先生、ちょっとやつれてるようにも見えるし。


「……」


「……ずず……ずず……」


 この空気の中でも一切遠慮なく食べまくってるマニさんの図太さを、少し分けてあげた方が良いかもしれない。

 ……まぁアーシャも我関せずで啜ってるんだけどね。アーシャは良いんだよアーシャは。


 そんな感じで少しのあいだ、麺を啜る音だけが鳴っていたけれど。再び口を開いたアリサさんが、分かりやすく声音を変えて空気も変えようとしてくれた。


「──ところで先生。聞いている限りでは、『乱渦』に『保護縛鎖』、『スキャン』は実戦でも問題無く使えたようで」


「……『保護縛鎖』以外は、まあ。アレの人命保護機能はそもそも作動条件を満たしませんでしたからね。口封じに対して有効かどうかはまだ不明なままです」


 あ、なんか難しい話になってきた。これわたしももう好きに食べていいやつだ。ちゅるちゅるー。

 んで逆にアーシャが、食べる手を緩めて会話に参加しだす。

 

「……『乱渦』とは最初に用いた、動作型と詠唱型の混成魔術の事でしょうか?」


「ええ。魔力の動きそのものをかき乱す、理論上は魔術と魔法どちらも抑制できる魔術です。とは言っても、アレもまだ試作段階なのですが……」


「ワタシと先生の共同開発でして。いやはや話の出来る方が居ると諸々捗りますねぇ!」


「先程のものが最大出力……では、無いんですよね」


 ……これ、たぶんあれかな。アーシャ、自分の魔法に対しても有効かどうか探ろうとしてるのかな。

 勿論無いとは思うけれど、があった時に対応できるように。こればっかりはもう、信用がどうとか以前に、アーシャはわたしを守る最初で最後の砦だから。もしアーシャ自身を脅かすことができるのなら、考慮しておかないといけない。逆に言うと、アーシャが警戒するほどの魔術ってことなんだけど。


「当然ながら、動作と項数を増やしていけばその分だけ出力は上がります。とはいえカウンターですので、手間を増やし過ぎて相手の魔術・魔法の発生に間に合わなくなってしまうと本末転倒なのですが」


「特に奥方様のような優れた魔法使いは、殆どラグ無しで中層以上の魔法を放ってくる訳ですから。対魔術で見ても、刻印型なんかは下準備をしまくれば出力に関係無く一瞬で発生しますし……言っちゃ何ですがまだ、現実的な対応範囲は結構限られてるんですよねぇ……」


「成程。先生、確か教本には三桁、それも離れた数字を連続させるのは難しいとありましたが──」


「……中級の教材にまで目を通しているとは。流石、アーシャさんは勤勉ですね。勿論、技量の足りない者が迂闊に──」


 こうなるともう、わたしとマニさんレヴィアさんは完全に蚊帳の外。テーブル二つを挟んで一度顔を見合わせてから、三人仲良く黙々とそうめんを啜るお人形さんになった。なにせわたしはアーシャがくっついたままだからね。愛玩人形ってやつだ。


 先生も、魔術の話をしているあいだは少しだけ表情が明るくなってるし。そこまで含めてアリサさんの手のひらの上だとしたら、ほんと、怖いくらいできるメイドさんだねぇ。


 というわけで、今日の報告会は半分くらい、先生が使った魔術の話になったのでしたとさ。

 

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