第79話 早くわたしを殺して下さい。わたしを救って下さい


「──でた」


「ほう」


「場所は?」


「生物研究棟の近く。外だね」


「了解しましたっ」


 アリサさんが即座に、この場にいないレヴィアさんとアトナリア先生にも情報を伝達。その間にもわたしは、立ち上った気配に意識を集中して力の度合いを探る。


「適合の程度は高過ぎず低過ぎず……言葉は話せるかもしれないけど、会話ができるかは微妙なところだなぁ」


「あ、場所的に近いという事で先生が向かうそうですが」


「そう、なら…………いずれにせよ私とイノリも現場へ向かう。貴方達二人はレヴィア・バーナートと合流して待機でかまわないわ」


 わたしが気配の揺らぎを追っているあいだにも、アーシャが諸々の指示を出してくれていた。制圧はそう難しくもない相手だし、アリサさんとマニさんは鍛錬直後だし、妥当な判断だと思う。万が一、立て続けに『騒動』が起きちゃったときの為の別働隊、って意味合いでも。前回・前々回が複数人同時だったものだから、そういうのも考慮していかないとねぇ。


「了解しましたっ!ですが何かありましたらすぐ駆けつけますので!」


「……お気をつけて……」


 連絡して、じゃなくて駆けつけますな辺り、頼りになるんだか怖いんだか。

 まあとにかく、二人の声を背中に受けながら、わたしとアーシャは足早に訓練室を後にした。




 ◆ ◆ ◆




 ──で、現着したわけなんだけども。

 最寄りの講義棟から生物研究棟に続く外通路の只中で、ぽつんと佇む女生徒が一人。黒い影に飲み込まれてはいるけれど、わたしたちが来るまでに暴れた様子はなかった。周囲に人はいないけど、これは夏休みだからなのか、何か作為的なものなのか。


「うーん……なんか見覚えあるような気がするなぁ……」


 それはそうと、今回カミの片鱗に手を出しちゃった生徒さんの顔、どこかで見たような記憶があるんだよねぇ……人の顔をあんまり覚えられないわたしがそう思うってことは、たぶん一度ならず顔を合わせてるんじゃないかって思うんだけど。


「……『魔法実技』の合同講義で、見た事がある気がするわね」


「……あ、あぁ〜っ」


 はい、アーシャに言われて思い出しました。

 わたしたちの一つ下のクラスの生徒さん。たまーにやる『魔法実技』の2クラス合同講義で見かけてるんだ。合点がいくのと同時、声が聞こえるくらい距離が縮まったからか、その女生徒がこちらへ視線を向けてきた。やっぱりこう、虚ろな目付きだ。


「──つまり、魔女という訳ですか」


 あ、先生きた。

 ちょうど女生徒を挟んでわたしたちの反対側から、アトナリア先生が姿を現す。

 もうここのところすっかりお馴染みになっちゃった、暗く沈んだ表情。アリサさんがあげた眼鏡だけが反対に、日光を反射してきらっと光った。


「貴方が血の者ですね?私の中のわたしを救う者ですね?」


「……そうだよー」


 女生徒は先生なんて気にも留めず、目が合ったわたしに話しかけてくる。ただまぁこの感じだと、たぶん……


「っ!会話は可能……!何故こんな事を……いえ、貴女にこんな事をさせたのは誰なのですか!?」


 声を聞いた先生が、勢い込んで言葉を投げかけた。焦燥にまみれた、必死な呼びかけ。だけども女生徒は変わらず、ただわたしの方だけを見つめていて。


「血の者。早くわたしを殺して下さい。わたしを救って下さい」


 淡々と、たぶん口調だけは元の女生徒のまま、だけど紡ぐ言葉は全てカミのもの。


「堕ちしカミよ。貴方様は何処いずこに居られるのですか」


「血の者よ。どうか」


 わたしの方から問いかけてみても、答えが返ってくることはなく。ただひたすらに、カミの願いだけが吐き出される。まさしく片鱗。一方通行に助けを求めるのが精一杯な、カミの力と意思のほんの一欠片。


「……駄目そうね」


「だねぇ」


 よくよく見れば立ち上る影の中、一匹の妖精さんが囚われていて。その子が一際苦しそうに身を捩るのと同時、何かしらの魔法の予兆が、女生徒の体から発生した。


「っ!」


 わたしが動くよりも、アーシャが反応するよりも早く。真っ先に鋭い息を吐いたのは、アトナリア先生で。

 かざした指先をぐにゃぐにゃっと──たぶん何かしらの規則性を持たせて──蠢かせたあと、叫ぶ。


「──178.535、結解!」


 三桁の数字を二つで、一つの魔術が生み出された。

 生成途中だった女生徒の魔法が、まるでかき乱されたかのように崩れ消えて。


 おお、って思う間もなく、先生は続けざまに懐から小さな紙切れを取り出す。なにか描かれてるなぁって認識したときにはもう、その模様を起点に二つ目の魔術が。


「血の者よ。どう──」


 女生徒はそれ以上言うことができないまま、全身を白い紐のようなもので縛り付けられていた。ぐるんぐるんの全身拘束、口も塞がれて目も覆われてる。指の先すら動かせないような、やり過ぎなくらいに徹底的な無力化。どさりと倒れ込んだ女生徒は、そのまま何もできずに地面を転がった。


「っ」


 本人からの反撃はもうあり得ないだろう。だけども先生自身も、わたしもアーシャも、すぐには警戒を解かずに女生徒の様子を窺う。前回のようなことが、また起きてしまうかもしれないから。


「……一応この拘束には、魔術による生命活動への悪影響をある程度緩和する術式も組み込んでいます」


 魔法には対応していないだとか、そもそもどんな手順で前回の口封じが起きたのか分からないから確実じゃないだとか言いながら、体を強張らせて女生徒を見守る先生。何となく、かなり凄いことをしてるんだろうなぁと思いつつ、わたしには黙って待つことしかできない。


「……」


 それから更に、みんな無言のまま一分か、数分か、もっとか。

 とにかく、しばらく経っても拘束された女生徒はもぞもぞと身じろぎしているだけで、変に苦しんだりする様子もない。


「……簡易的な身体スキャンも終了しましたが……少なくとも、ハトアの魔術痕は検知出来ませんでした。急造の魔術なので、精度は完璧ではありませんが……」


 うん、絶対凄いこと言ってるよアトナリア先生。

 専門的なことは分からないけれど、どうやら大丈夫っぽい。


「…………ふぅ。お疲れ様です、先生」


「……いえ」

 

 なんにもしてないのに、ほっと一息。

 ひとまずは状況終了、かな。

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