第78話 わたしたちもやる?
夏休みに入ってから、そろそろ一週間くらい経ったかな?
やっぱりなんとも、手がかりがないってことで、わたしとアーシャは停滞気味。アリサさんとアトナリア先生も同じく。ここ数日はもう、盗聴魔術を発展させて調査に活かす方向に注力してるらしくて、二人で議論したり試行錯誤したりの日々らしい。で、その合間にアリサさんがマニさんの鍛錬を見てあげたりしてるんだとか。
今日はわたしとアーシャも息抜きがてら、ちょっとその様子でも見てみようかってことで、訓練場に集まってみてるわけです。眼鏡は置いてきた。
あ、アトナリア先生は研究室で魔術のぶらっしゅあっぷ?とやら、レヴィアさんはウルヌス教授の元へ。
「──だぁから、お前はもっと搦手を使いなさいとっ。剣振ってる時は出来てたでしょうに!」
素手同士での組手の真っ最中にも、アリサさんの駄目出しが室内に響く。
そう、最近はなんと屋内の、それも個室型訓練場の一室を使っているのだ。空調完備で防音もそれなり、密室だから秘匿したい技術の習熟にぴったりなこの訓練室。普段は予約で埋まっちゃってるらしいんだけど、長期休暇中はわりと使いたい放題。やったね。
で、なんでわたしたちがわざわざここを使ってるのかというと。
「……剣を握ると、弱くなるので……っ!そうせざるを得ない、だけ……ですっ……!」
「はァァん!?」
アリサさんが明らかに、マニさんより強いから。格闘のみで、マニさんはあの体に浮かぶ紋様を発現させてもなお、一方的に手玉に取られてる。戦闘実技系講義一位のストレングス家の娘さんが、表向きはそれ以下のはずのメイドさんに転がされてる様子なんて、とても人様には見せられないからねぇ。
「剣だろうが拳だろうが、握ってるのは同じ
アリサさん、すんごい容赦がない。やってることも言ってることも。
残像が見えるほどの打拳脚撃も最低限の動きで躱し切って、合間合間に狂いなく反撃を挟んでる。しかも、異様なほどに相手の視界から消えるのが上手い。攻撃するマニさんの体をそのまま遮蔽物にして、懐に潜り込んだり背中を取ったり。そしたらもう次の瞬間には、マニさんが床を転がってる。
「……っ!……」
ああ、また。
直線に振り抜いた右腕をいなして、マニさんの右側面に回り込むアリサさん。自身の右肩が視界を塞いでいて、たぶんマニさんには見えていない。あ、足引っ掛けて転ばせた。縮んでる?ってくらい、体を小さく死角に忍ばせてる。背丈はアリサさんの方が高いはずなのにね。
「オラさっさと立ちなさいや!」
「……、はいっ……!」
追撃しないのは優しさなのか、するまでもないってことなのか。まあ実戦だったら、そのまま注入器でおねんねかナイフでおねんねかのどっちかだろうけれども。
どっちにしろ、いつだか本人が言ってた「
しかもなにが怖いって、これでまだ底が見えてないってところ。
諜報活動も、魔術への造詣も、格闘術も。さすが自己評価が高いだけのことはあるけど、それでも持っているもの全部を見せてるわけじゃない……はず。まあそのせいでなおのこと、「優秀そうだけど得体がしれない」って印象が拭いきれないのかもしれないけど。
あ、マニさんまた
「オラ次!さっさと立つ!」
「……はいっ……!」
熱血というか乱暴というか。でも指導されてる方のマニさんも楽しそうではあるし、いいのかな。ただまあ、見てるとただ座ってるだけの自分たちが怠惰に思えてきちゃう。いやいつも怠惰だけども。
「……アーシャ、わたしたちもやる?」
「集落で散々やってきたんだし、今更でしょ」
「ふ〜ん。
「…………夜の雪辱は夜に果たすわ」
「そっか」
そういうことで、わたしとアーシャはやっぱり見学に徹する。まあアリサさんの動きを見てるだけでも、勉強になる部分はあるからねぇ。部屋のすみっこでぱいぷ椅子を一つ広げて座るアーシャ……の上で、わたしも改めて腰を落ち着けた。気兼ねなくこういうことができるのも、個室の良いところかもしれない。一応わたしたちだって、人目を憚るという意識はあるのだ。えらい。
「今日のお昼はどうしよっかー」
「そうねぇ……」
「……よろしけれ、ばっ……!学食で……ご一緒にいかがです、かっ……!レヴィアも、来ますので……ッ!!」
「鍛錬の最中に、無駄口叩いてんじゃねぇですよっ!あっ、ワタシもご一緒しますよー!アトナリア先生も呼んじゃいましょうそうしましょうっ!」
熾烈な攻防を繰り広げながらも、ちゃっかりこっちの会話を聞いていたらしい二人。おっ、マニさんの膝蹴りが入っ──あぁ〜やっぱりだめかぁ…………うわぁ、反撃で顔面から床に叩きつけられてる。痛そう。
「オラ立ちなさい。それとも何です?もしやこの程度で治癒魔術が必要なんですかァ〜??」
「……まさか……っ」
マニさんも大概、頑丈だよねぇ。今ので鼻血の一つも出てないし。すぐに立ち上がって再開。
……とまあそんな感じで午前中いっぱい、マニさんがぼこぼこにされる様子を観察して。ちょうどお昼時くらいに、訓練は一旦終了。
「──はぁっ、はっ…………ありがとう、ございましたっ……」
「ハイ、ありがとうございました」
アリサさん、そこはちゃんと礼で返すんだなぁ……なんて思った、ちょうどその瞬間に。
──膨れ上がるその気配を、確かに感じた。
ここから少し離れたところ。間違いない。
ようやくと言うべきか、またもやと言うべきか。
とにかくこれで……えーっと……そう、七度目だ。
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