第75話 なんて事態には、ならないと良いけどねぇ
なんの成果も得られなかった調査を終えて、その後は四人で学食で(夏休み中も開いてる)お夕飯。食後は、先に食べ終わってたマニさんレヴィアさんにもちょっとだけ部屋に来てもらって、みんなで一日の報告会。レヴィアさんはなんと、ウルヌス教授に個人指導を打診しに行ってたんだって。
んで、明日は各々あれしますこれしますーみたいな確認までしてから解散して。お風呂に入って部屋着に戻って。ようやくわたしとアーシャは今、二人で肩の力を抜いていた。いつも抜けてると言われればまあ、それはそう。
「──じゃ、しばらくは今日みたいな感じで行くってことで」
「ええ」
今日みたいな、っていうのはさっきまでの報告会のこと。今日はずれちゃったけど、明日からはできれば食事ついでに集まってやっちゃいたいな。
「なんだっけ、ほーれんそー?」
「報告、連絡、相談ね」
「それそれ。大事にしていかなくちゃねぇ」
今までのわたしたちが後手後手に回っていたのは、もちろん相手方が巧妙に尻尾を隠してるからっていうのもあるけど。わたしとアーシャが、アリサさんたちを信用しきっていなかったから、ってのもあると思う。
アリサさんは、『学院』への疑いをわたしたちに話そうとしなかった理由を「わたしとアーシャは騙し合いが下手だから」って言った。うん、勿論それもあるというか、まったくもってその通りではあるんだけど。でもやっぱり、こちらが彼女を疑い続けていたからっていうのも、あるんじゃないかなぁって。
信じられてないって分かってたら、話し辛くもなっちゃうだろうし。……あの人がそんな殊勝な人間なのかは、さておいて。
とにかくとにかく。信用する、任せるっていうのを、わたしとアーシャはもっとするべきだと思ったわけです。そのために、各々動いてもらいつつも報告だ連絡だを密にしていこうって話。
「……そういう意味では、今日の
「そう……かも、知れないわね」
言いながらくいっと、自分の顔にかけられた眼鏡を押し上げる。
いやぁ有言実行というか。アリサさん、ほんとに見繕ってきた。食後と報告会のあいだのほんの少しの時間で、わたしとアーシャの分まで。
アーシャのは、角張った薄桜色の縁……ふれーむ?のやつ。つるの部分もねじれた二本線でできていて、なんだか洒落てる。わたしのは、いくつか用意された候補の中からアーシャが選んだ、縁がまん丸でおっきいやつ。伊達眼鏡だし、かけ心地とかはなんとも言えないけど、アーシャがわたしを見るや満足そうにうんうん頷いててかわいかった。アーシャは眼鏡をかけてもかわいいねぇ。
ちなみにアトナリア先生は、なんの変哲もない細い黒縁眼鏡を押し付けられた上に「うーんウルトラ究極パーペキ女教師!一億五千万点!!」って言われてた。ヨイショの加減がおかしい。まあ確かに、似合ってはいたけども。
「うんうん、アーシャ似合ってる。都会の人って感じ」
「ありがとう。イノリも良く似合ってるわ」
せっかくなのでお風呂上がりにかけ直してみたわけなんだけど。まあ要するに、こういうちょっとした冗談からでも、アリサさんに任せるってことを実践していこうかなぁと。案の定、あの人めちゃくちゃ張り切ってたし。いや今回のはほんとに、アーシャの興が乗ったからなんだけど。
「……都会風なイノリを見てみるのも、悪くないかと思って」
「えへへ。今度は服装とかも見繕ってもらう?」
それで外に出かけるかは、さておいて。
「そうね、考えておきましょう。『騒動』が解決してから、だけど」
「だね」
さすがに今はまだ、そこまで遊び呆けてもいられないから。未来の話はこの辺で。
ベッドの上でアーシャに背中を預けて、膝の間に挟まりながら、明日の予定を反芻する。
「『学院』側の証拠やら何やらは、みんなで見つけていくとして」
お風呂上がりの体はお互いに暖かくて、少ししっとりしている。アーシャの足に腕を絡めてみれば、肌と肌がほんのり吸い付き合うような。わたしの髪を静かに撫でるアーシャへと、背中越しに語りかける。
「いい加減どうにか、カミの
「……そうね。いずれは片鱗ではなく、カミそのものを祓う時が来る」
わたしは歴代当主の中でも血族の力が濃い方だ。だから、人に這入り込んだ片鱗程度なら相手取るのになんの問題もない。でもカミ、その御柱自身となればさすがに、指先一つで〜……とはいかないわけで。
「短期間で、あれだけの人数に片鱗を分け与えてる。少なくとも小さな存在じゃない……と、思う」
「ええ。そも、三十余年もの間『騒動』を引き起こし続けている訳なのだから」
まだ状況証拠からの推測……というか、直感に過ぎない話だけれど。
もしも『学院』に根差すカミが、大きな力を持っているとしたら。
「……『
「…………」
もともと短い人生であんなもの、そう何度も袖を通したくはない。まあ、必要とあらば仕方ないけど。
「……万が一、あれが必要なほどなら」
「うん」
「私も『アイリス』を用意した方が良い……かも、しれないわね」
撫でる手を前へと滑らせて、アーシャはわたしのあごの下をくすぐり始めた。こしょばい。でも気持ち良い。細い指先に身を任せようと目をつぶる──直前、すっと目の前に、人ならざる気配が。
「──奥方!奥方!」
「……何」
わたしたちにも見える階層まで浮上してきた妖精が、楽しそうにアーシャを呼ぶ。そのアーシャは、ちょっと不機嫌な声になっちゃってるけど。
「『アイリス』を連れてくるのカッ?」
「……“持ってくる”のよ。万が一があれば、だけれど」
「やっタ!やっタ!」
「なんダなんダ?」
「『アイリス』が来るってサ!」
「『アイリス』!」
「いま『アイリス』って聞こえタ!」
「……万が一って言ってるでしょうが」
はしゃぐ妖精、増える妖精、呆れるアーシャにもたれるわたし。
ちょっとだけ賑やかになった寝所で、わたしは改めてアーシャに身を預け、ゆっくりと目を閉じた。
まだ寝ないよ?もうちょっと起きてる。もうちょっとだけ、ね?
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