第74話 先日のゴタゴタに紛れて、どこかへ行ってしまったようでして


 と、いうわけでさっそく、その日の午後から。

 手始めにハトア・アイスバーンの研究室を調査します。事前に取り決めていた通り、わたしとアーシャ、アリサさんにアトナリア先生の四人で、理事長の立ち会いのもと。もう何が残っているとも思えないけど、やらないよりはマシだろうし。むしろやらないと『学院』側に不審がられる可能性もあるし。


 ……あ、ちなみにわたしとアーシャの格好は制服のまま。生徒は長期休暇中でも、『学院』内でなにかする際には制服が望ましいらしい。まあわたしたちの私服は都会じゃ悪目立ちしちゃうかもしれないからねぇ。こっちとしても好都合だ。アリサさんはばっちりメイド服しふくだけど。

 

「──綺麗に片付いてますね。綺麗過ぎる」


 数日ぶりに部屋を訪れたわたしたちの感想は、そのアリサさんの言葉通り。

 前回見たような雑多さは全くなく、部屋中が綺麗に整頓されている。もちろん、資料の山──意識混濁の魔術の発生源になっていたやつ──なんてものは、影も形も見当たらない。


「わたくしも、以前見た時にはもっと、あー……物が多い印象を受けたものですが。昨日、報告を受けて一度確認に訪れた時点で、既にこのような状態に」


 ……ハトア・アイスバーン本人はもちろんのこと、『学院』側が事前に手を加えてる可能性は大いにあるから、理事長のこの発言も話半分くらいに聞いてたほうが良いんだろう。まあアリサさん曰く、もし隠すべき資料がこんなところに置かれてるようなら、そもそも今日までに自分が見つけ出してる、らしいけど。


「ま、証拠を残して逃げるようなヘマはしないでしょうが……一応調べさせてもらいますよ」


「ええ、お願い致します」


 アリサさんと理事長のやりとりは一旦そこで終わって、あとは四人がかりで部屋中を浚っていく。一応、罠やら何やらの警戒も忘れずに。


「…………」


 ふと視線を上げた先、ハトア・アイスバーン自筆の研究資料(カミとは全く無関係なもの)ぱらぱらとめくるアトナリア先生の表情は、やっぱり今日も重く沈んだまま。左右に振れる瞳の動きは、姿を消した教え子の足跡を追っているようにも見えた。

 ……っていうかごめん、今気づいたんだけど。


「そういえば先生、眼鏡はどうしたんですか?」


 思い返してみれば、ラブホ女子会のあたりでもうかけてなかった気がする。資料をめくる合間に聞いてみれば、先生は顔を上げて弱々しく微笑んだ。


「ああ……先日のゴタゴタに紛れて、どこかへ行ってしまったようでして……殆ど伊達眼鏡のようなものだったので、さして困っているわけでもないのですが」


 曰く、教師として研究者としての仕事をする際にかける、気持ちの切り替え用みたいなものだったらしい。確かにあの細縁の眼鏡をしている先生は、より一層「先生」って感じがしていた……気もする。昨日今日とずっと弱った表情に見えたのは、普段のその印象のせいもあったのかも知れない。

 とまあ、わたしとしてはそうなんですねーくらいの話だったんだけど。


「──あー、いけませんっ。それはいけませんねぇアトナリア先生!」


 なんかアリサさんがめっちゃ食いついてきた。


「いえワタシは勿論、先生がここ数日ノー眼鏡である事など気付いていましたが。そういった事情であれば、早急に替えの眼鏡を用意しなければなりません!」


「いえあの、ですから別に無くとも──」


「いいえいいえ、眼鏡キャラが眼鏡を捨てるだなんてとんでもない!ご安心下さい、このアリサ・アイネ、伊達眼鏡の貯蔵も十分ですよっ!」


 なんで?

 ……って思ったけど、一応あれかな?諜報員としての、こう、変装用とか……?どう思う、アーシャ?


「…………」


 わあ、すんごいどうでも良さそう。我関せずって顔でその辺の棚の本を調べてる。

 あーでも、眼鏡をかけたアーシャってどんな感じなのかは、ちょっと気になるかも。


「メイド、私にも幾つか見繕いなさい」


「かしこまりましたァ!」


 アーシャの言葉に即答するアリサさん。この人は本当にいつも楽しそうだねぇ。ていうか、眼鏡きゃら?が眼鏡外すのは駄目なのに逆は良いんだ?


「ワタシはノー眼鏡キャラが軽率にメガネかけるの推進委員会に所属していますので!」


 絶対いま適当に考えたんだろうなぁってことを、自信満々な笑顔で言ってのけるメイドさん。


「と、いうわけでご主人様も如何ですか?眼鏡」


 おっと、わたしにも飛び火した。まあいいけども。


「候補をリストアップしておきなさい。私が選ぶわ」


 アーシャもメイドのこき使いっぷりが板に付いてきたねぇ。


「お任せ下さい!──あ、ところでご主人様、この資料なんですが──」


 とまあ、ふざけた会話をしてるように見えるかもしれないけど、一応ちゃんと捜査はしてるんです。成果に乏しいって分かった上での調べ物なんて、こうやって軽口を叩き合いながらでもないとやってられないんです。これがこの『学院』に来てからの一番の学びかもしれない。


 アトナリア先生はわたしたちの……というか主にアリサさんのこういう一面に、ちょっと振り回されちゃってる感はあるけど。ずっと沈んでばっかりじゃ、疲れちゃうだろうからね。あわよくばこれで、の方が居心地良いなって思わせられたら……っていうのは、アリサさんの策略だ。怖いね。


「──すみませんイノリさん、ここの記述を確認して頂きたいのですが──」


 調べて調べて、時折アリサさんとアトナリア先生から声をかけられて──まあ全部、カミとは関係のないものだったけど──。さらにその合間に、さっきみたいなしょーもないやり取りを挟みつつ。日が落ちる頃くらいまでかけて、わたしたちはハトア・アイスバーンの研究室を調べ尽くした。理事長はずーっと見てた。立会人も大変だねぇ。


 はい、というわけで。本日の成果、なしっ。

 

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