第73話 指針は定まったわね


 明けて翌日。夏休みー、二日目―。


 今日は各々の行動をちゃんとすり合わせようねってことで、私の部屋に全員集合してもらっています。

 さすがにけっこう手狭になっちゃいながらも、わたしとアーシャ、向かいにマニさんレヴィアさん、左手にアリサさん、その向かいにアトナリア先生の配置で四角い卓を囲む。


 適温な部屋の外は、きもーち、いつもよりも静かな感じがする。もともと防音とかもある程度はしっかりしてるから、普段はうるせー……ってわけでもないんだけど。講義のないこの夏季休暇期間中、寮住まいの学生さんは『学院』に残るか帰省するかを選べるみたいで。その上で今年は、例年以上に帰省組が多い……らしい。


「……まあ、亡くなった生徒がいるわけですから。生徒にしろその家族にしろ、不安は拭えないのでしょうね」


 その辺りの情報をくれたアトナリア先生が、沈んだ面持ちでそう呟く。六度目の『騒動』の顛末は、表向きには外法に手を出した代償として三人の生徒が命を落としてしまった──ってことになってる。で『学院』側は、夏季休暇中に詳しい調査を行いますー、みたいな通達を出してた。そもそも今年はこの手の出来事、わたしたちが『騒動』って呼んでるそれが多いのは、生徒さんたちだってとっくに気付いてるわけで。そりゃ怖いよね、逃げるよね。


「死亡した生徒三人の親族が『学院』に対して訴えを起こそうとしている、というのはワタシも聞き及んでいますが」


 どうなることですかねぇ……なんて肩をすくめるアリサさんは、実のところ対して興味もなさそうだ。わたしもまあ、そこにまで気を配ってあげられるような立場じゃない。先生はやっぱり、辛そうだけど。っていうかアリサさん、どうせ「聞き及んでる」じゃなくて「どっかから調べてきた」でしょ。


「だが一方で、長期休暇だからこそと『学院』に残っている者もいる。入学前から聞いていた通りだな」


「……だね……」


 続くレヴィアさんたち曰く、通常講義がなく自由に動きやすい時期だからこそと、自主的な研究や鍛錬に打ち込む熱心な生徒さんも一定数いるらしい。人が少ない分もろもろの設備だの備品だのが借りやすくなってたり、教師陣に個別で手を貸してもらえたり。特に今年は危険や恐怖を踏み越えてまで残ってる訳だから、その熱意もひとしおだ。


「意欲が高いのは、嬉しい事ですが……やはり自分を大事にして欲しい気持ちもありますね……」


 アトナリア先生は複雑そう。やっぱりこの人、教師としての心持ちがとても強いというか……アリサさんはやりよう次第って言ってたけど、先生が先生やめる姿はちょっと想像しづらい。


 っていうのはまぁ、今は置いておいて。もろもろの『学院』の状況を踏まえて、わたしたちがどう動くかって話を──アーシャ、お願い。

 

「……私達にとって重要なのは、この生徒数が少ない、そしてハトア・アイスバーンがいない状況下においても『騒動』が起こるのか、という事。そしてそれが、前回のような特異なものであるかどうか、という事」


 そう、目下の分かりやすい焦点はそこだ。

 アトナリア先生がハトア・アイスバーンの痕跡を察知したのは、前回の三人組の時が始めて。それ以前の『騒動』には関わっていなかったのか、気付けなかっただけなのか。ようは、カミの片鱗をばら撒いているのがハトア・アイスバーン単独なのか否か。これが分かれば、取っ掛かりにして『学院』の関与の程度も測れる可能性がある。

 とにかくまだ全容が掴めていないわけだから、なるべく多くのことを具体的にしていきたい。


「つまり基本方針は変わらず、次の『騒動』の警戒。全員、即応出来るようにしておいて頂戴」


 ぴしっと締めくくるアーシャの言葉に、アトナリア先生も含めたみんなが頷く。よしよし。じゃあそしたら最後は、それに加えて個々がやること・考えてることの共有。

 

「わたしとアーシャは、どうにかカミの正体とか力の度合いとかを探れないかなぁって思ってる」


 既に敷地内の調査はしてはいるけど、もう一度。ハトア・アイスバーンの不在によってなにか変わる可能性だってゼロではないわけだし。

 

「ワタシは変わらず、情報収集ですかねぇ。可能であればアトナリア先生と共に動きたいのですが」


「私は構いませんが……」


 戸惑い混じりの、伺うような視線がわたしに向けられた。今のところ、アトナリア先生はこちらに主導権を預けてくれている。ので、わたしの方からも。


「お願いします。たぶん、この中で先生の知識や技量を一番有効活用できるのはアリサさんなので」


「……分かりました。ではアリサさん、よろしくお願いします」


「えぇえぇ、よろしくどうぞっ。これでワタシ達はバディというやつですねぇ!」


「えっと……はい……?」


 ばでぃー。

 楽しそうで何よりです、はい。まあこの人といれば、アトナリア先生も少しはつらい気持ちが紛れるんじゃないかなぁ。たぶん。おそらく。えー……めいびー?ラブホ女子会での言動を見るに、傷口に塩を塗りたくる可能性も高いけど。


 ……アトナリア先生には色んな意味で頑張ってもらうとして。じゃあ次、そちらさんは?ってな感じでマニさんに目を向けてみる。

 

「……えー……では、私達は……待機しつつ、鍛錬を……」 


 たちって言ったね。

 彼女に抱きつかれてるレヴィアさんに視線を移す。


「前回で痛感した。やはりわたしは弱い。強くなりたいと、もう一度思ってしまった」


 静かで重たい物言いだ。レヴィアさんのその意志はわたしたちにとっても、あるいは本人にとっても、望ましくないものだけど。でも。


「……大丈夫そう?」


 少なくとも、前のような良くない追い詰められ方とは少し違う感じがした。だから、なるべく優しく問いかけてみる。わたし基準でだから、あんまり優しくは聞こえないかもしれないけど。


「善処はする。もしもの時はまた、以前のように遠慮無く裁いてくれ」


 フって自虐的に笑うレヴィアさん。その顔を見つめる(たぶん。目元見えないけど)マニさんが、口を挟む様子はない。最初に「私達」って言った通り、もう二人で決めてあるってことなんだろう。だったら、ひとまずは。


「良しとしましょう」


 あえて大げさに頷いてみる。本人も言ってる通り、また誘惑に負けちゃったらぼこぼこにするだけだし、その時はもうの罪人として扱えばいい。わたしが容赦をしないというのは、レヴィアさん自身がよくよく知ってるだろうし、とやかく言う必要もないでしょ。


 というわけで、マニさんレヴィアさんは自己鍛錬、と。うん、もともと武力面での人員だから、強くなってくれるに越したことはない。


「……各々、指針は定まったわね」


 纏めるアーシャの一言で今一度、全員の意識がこちらに向く。

 よーし、ここは局長(予定)らしくカッコよく締めちゃうぞー。


「えー、じゃあみんな、なにか分かったこととか気になったこととかあったらこまめに話し合っていこうね。情報共有していこうね。ほんとにね、お願いね?アリサさんを信用してなかったわたしが言うのも何だけど」


 むりでした。

 教訓を活かしてのしつこい念押しです。よろしくお願いします。


「お任せくださいっご主人様!過去の事は水に流して、一致団結頑張ろうじゃありませんかっ!」


 そういうところだよ、ほんと……とは言わない。

 見方を変えれば、頼りになりそうな言葉に思えなくもないし。


 そんなアリサさん以外はみんな神妙に頷いていて、なんというか、少しずつちーむらしくなってきたなぁって感じがした。

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