第72話 まあ、やりよう次第ですよ


 さてさて。

 ちーむとしてのわたしたちの行動方針とか、各々がどう動くのかっていうのは、明日マニさんレヴィアさんも交えて話し合うってことになって。アトナリア先生はいったん別れて……気を休めるというか、今一度気持ちの整理というか。マニさんたちには、理事長とのやり取りだけざっくりとメッセージで伝えておいた。アリサさんが。


「──さてさてさてさて」


 で、わたしとアーシャとアリサさんは、わたしたちの部屋でもう少しだけお話し合い。

 なにか胡乱な雰囲気で手揉みするアリサさんは怪しいおぶざいやー金賞受賞だけど……まあ、信用するって決めたからね。まずは話を聞いてみようね。


「はい、アリサさんどうぞ」


「ノルン・ヒィリ・アトナリアをこちら側へ引き入れましょう!」


 発言を促してみたら、すごーく楽しそうに口にしたのはそんな言葉。でも今回の『騒動』に関してはもう、アトナリア先生は十分「こちら側」なわけで。わざわざ声高に、改めて言うってことは。


「……それは、正式に神伐局に迎えるという事?」


「ハイっ」


 つまり、今回に限らずって話だ。

 この人は本当に、えらく先生を気に入ってるみたい。もちろんそれだけでおっけーだなんて言えないし、それだけが理由なわけもない、はず。そんな感じの目を向けてあげれば、待ってましたとばかりにアリサさんは言葉を続けた。

 

「まあ理由としては、ご主人様が理事長に仰ったのと同じですよ。捜査においては、魔術への優れた知見が必要になる可能性が高い。それは何も、今回の『騒動』に限った話ではありませんから」


「……それは、そうかもねぇ」


 思い出されるのは、それこそアトナリア先生に言われたこと。魔術はもっとも汎化された力であり、故にこそ、人類種と戦う際にもっとも警戒すべきもの。それは物理的な暴力なんかよりも、よっぽど。

 カミに魅入られた者たちを処する上でも、それは変わらない。霊峰にいた頃は、山に惹かれて寄ってきた者たちを力で御せばよかったんけど。今後『騒動』が人里でも頻発するようなら、この『学院』のようにことを隠蔽できるほどの者が出てくる可能性はある。そういう時に必要なのは間違いなく、いろんな方面からの知識だ。


「……彼女でなければならない理由は」


 ……とまあ少し考え込むあいだに、アーシャが聞くべきことを聞いてくれていた。

 

 そうなんだよねぇ。正直、ただ魔術に詳しいってだけの人材なら、お上の方で用意できないでもないと思う。お上が今回の任務がてら拾ってきて欲しかったのは、「即時戦力になり」かつ「将来性があり」そして何より「わたしたちの思想に染められる若い人材」だろうから。特に三つ目、齢五十を超えるアトナリア先生を、わたしたちの……し、しー……──シンパ──そうそれ、しんぱ?とやらにできるのかって話で。


「ええはい、分かっていますとも。では順番に、まず一つ目、即時戦力になるかについて」


 もちろんそのへんも織り込み済みなアリサさんが、指折り数えて言葉を重ねる。


「正直に言いますが、あの人は恐らく別格です。そこらの魔術師など足元にも及ばない」


「……そんなに?」


 一つ目からびっくりさんだ。


「ええ、そんなにです。『学院』内でも基礎座学ばかり教えている講師という事で、どうも実力を軽んじられているようなのですが」


 曰く。

 理事長室の防護を突破するのは、並大抵のことじゃない。アリサさんでもそんなことできなかったから。

 知人とはいえ、ほぼ完璧に隠蔽された魔力痕を発見できたのも普通じゃない。アリサさんでもそんなこと略。


 ……根拠が全部「自分でもできなかったから」っていうのがまた、アリサさんらしいというか。


「考えてもみて下さい。国が重用するような諜報員の、その中でも最上級の人員ですよワタシは。魔術の知識だって扱いだって、並大抵の魔術師如きとは比べるべくもありません。そのワタシをして、別格と評しているんです」


 力説するアリサさんの目には自分の実力と、それから、まだ全容の見えないアトナリア先生の実力への信頼が見て取れた。良い先生だとは思ってたけど、実技もいける人なのか──なんて思ってる間に、アリサさんがもう一本指を折る。拷問じゃないよ。


「二つ目の将来性云々に関しても十二分です。理事長室を盗聴した魔術を「興味本位から偶発的に生まれた」モノだと言っていましたからね。研究熱心で、かつ然りと成果を出せるタイプでしょう。精神面も、良くも悪くもまだ若々しいですし」


 確かに、真面目で勤勉な先生だし。でも厳しく大人びてるようでいて、けっこう親しみやすいところもあるというか。それを若々しいって評して良いのかは、分からないけど。ともかくアリサさんの言わんとするところは、わたしにも垣間見えた覚えがある。


 で、何にせよ。能力面に関しては十二分だと、そう言いたいんだろうアリサさんの、三つ目の指が折れた。


「そして三つ目の、こちら側のシンパに出来るかという話ですが……これはまあ、やりよう次第ですよ」


 喋りながらこちらに、なにかこう、あくどい人間でも見るかのような目を向けてくる。不躾なー、とか思う間もなく、言葉が続けられた。


「ご主人様がマニ・ストレングスに対して行おうとしていた人心掌握の術、アレをアトナリア先生に仕掛けます」


「……っていうと──」


 ──身近な人がカミの力で狂ってしまったさまを見せつけ、義憤を駆り立て。同じような被害者をこれ以上増やさないように……なんて名目で、傘下に引き入れる。結果的にはだいぶ違う形になっちゃったけど、まあ確か、そんな方法を考えていた気がする。


「丁度良い塩梅に使えそうな女もいる事ですし、ね?」


「……成程ね」


 アーシャも頷いた通り、確かにアトナリア先生には丁度良い知り合いがいるわけだ。狂わされたのか弄んでるのかは分からないけど、とにかくカミの力に近付きすぎた教え子が。一応は、まだ容疑者って段階だけども。


「ハトア・アイスバーンを追い詰め、昨日見せたあの本性を存分に曝け出させる。アレは本性であると同時に、見ようによってはカミに触れたことによる増長とも捉えられるでしょう」


 特に、裏切られたような気持ちだろう先生にとっては。


「そこに上手く取り入れば、アトナリア先生の義憤を我々と同じ側へ束ねることも不可能ではないハズ」


「……なるほどねぇ」


 アーシャと同じように頷いて、少し考える。

 アリサさんからの前評判通りなら、先生はすごーく優秀で、かつこっちに引き入れられる目もある。で、アリサさんのことは信用するって決めてる。


「如何でしょう?ご主人様」


 ……とはいえ、これは流石にすぐこの場で決められる話でもない。アリサさん自身も、それくらい分かっているような声音だ。アトナリア先生、思った以上にめんたるが弱い可能性も出てきてるし。その辺も勘定に入れないとねぇ。


 というわけで。


「一旦保留……というか、要観察?」


「ええ、ええ。そう仰られると思っていましたよ」


 アトナリア先生のことを、もっと見極めないといけない。能力面も、人柄って面でも。

 もう一度ハトア・アイスバーンと対峙したとき、どう動くのか、とかもね。

 

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