第71話 この『騒動』に終止符を打ちましょう
サブタイトルの規則性とか諸々変わっております。
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「──と、いうコトがありまして」
人生初の夏休みとやらの初日は、理事長への事後報告から始まった。
朝っぱらからアーシャ、アリサさん、アトナリア先生と四人で理事長室に押しかけたのがついさっき。アリサさんの口から昨日のハトア・アイスバーンとのアレコレを聞かされた理事長は、いかにも驚愕ーって感じの顔してる。ちなみにアーシャはわたしの隣りでざ・無表情。いつも通りだねぇ。まあ昨夜はだいぶ
「……何と……アイスバーン女史が……」
「まあ、お伝えしたとおり物的な証拠は何もないので、現状では“疑いあり”でしかないのですが」
「そして本人は容疑を否認している、と」
「ええ。コチラとしては、言動も含めてかなり怪しいとは思っていますがね」
「……プロフェッショナルである貴女方がそう仰るのであれば、こちらとしても無下にはできません」
「そう言って頂けると助かりますよ。では……」
「ええ、我々『学院』側も、アイスバーン女史への調査に協力させて頂きましょう」
トントン拍子に進んでいくアリサさんと理事長の会話。
アリサさんの隣に立つアトナリア先生が、少しだけ肩を震わせた。昨日も色んな意味で散々な目に遭ってたし、一晩経った程度じゃ心も落ち着かないままなんだろう。それに気付いているのかいないのか、アリサさんは淀みなく会話を続けている。
「つきましては、実地研究に出向いたハトア・アイスバーンの動向を、そちらの方でも監視して頂きたいのですが」
一応こっちも、お上に要請して彼女の足取りを追って貰ってはいるけれども……まあボロを出すとも思えない。わたしたちが直接追っかけるわけにもいかない。だってカミの気配自体は、いまだ『学院』全体に染み付いているんだから。
「ええ勿論……と言いたい所ですが……」
「何か?」
「アイスバーン女史は実地研究の際、予定に無い行動を取って一時姿を眩ます事がままありまして」
「ますます怪しいですねぇ」
「勿論、此方も全力を尽くしますけれども」
「ええ、是非に是非に。お願い致しますよ」
……とまあこんな感じで、わたしからすればどちらも白々しく見えてしまう会話はまず一段落。こちらからはもう一つばかし言うことがあって、これはわたしの方から切り出そうかな……なんて考えていたんだけど。一度、紅茶に口を付けた理事長が、もう一言飛ばしてきた。
「……しかし神霊庁というのは、随分と慎重に動いているのですね」
その言葉は、「疑いあり」としながらもまんまと逃げられてしまったわたしたちへの嫌味のよう……なんて言ったら、悪い風に捉えすぎだろうか。でもこの人も「疑いあり」だからなぁ……もはや言動全てが意味深に思えてきちゃう。
「ええ、まあ。我々はこれでも国家直属の組織ですから……権限も大きい分、その誤行使があってはならないわけでして」
「成程、仰る通り」
対してつらつらと語るアリサさんは、もうすっかり神霊庁の職員らしく振る舞っている。まだ内定、ってくらいなんだけどね。まあ本人が楽しそうだからいいか。ついでにこの言葉をとっかかりにしちゃおう。
「……確実な証拠を掴む必要があります。その為の能力を持った人員も必要です」
「……つまり?」
おもむろに口を挟んだわたしに、理事長の視線が向く。
隣に座るアーシャがこっそり、背中に手をあてがってきた。横目に見える表情には何の変化もなくて……これはたぶん、本当にただの手慰みに触ってきただけだと見たね。ひんやりほっそりなその指先に向かいそうになる意識をどうにか押し留めて、言葉を続ける。
「──魔術という観点からの調査に際して、アトナリア先生の力をお借りしたいな、と」
これは今朝、先生からも改めて了承済みだ。むしろ先生の方からもお願いされたくらい。
現時点で、ハトア・アイスバーンの関与を察知したって実績もあるし。既に諸々踏み込んでいるわけなんだから、理事長としてもこの申し出は予見できていたと思う。
だから、返事は案の定。
「……ええ、勿論です。『学院』として、協力は惜しみませんよ」
小さく微笑みながらの、肯定。
それから理事長は、すぐに真剣な表情に戻ってアトナリア先生へと視線を向けた。
「アトナリア先生、教え子を疑うというのは、辛いものかも知れませんが……」
「……いえ、大丈夫です。ハトアの為にも、必ず真実を突き止めねばなりません」
まだ弱った顔のまま、それでもアトナリア先生はそう答えて。例によってアリサさんが、隣で得意げにうんうんやっていた。
「では決まりですねっ。アトナリア先生、今後もよろしくおねがいしますよぉっ」
「はい。最善を尽くします」
軽すぎるアリサさんと、真剣過ぎるアトナリア先生の、なんだか凸凹したやりとり。
それを合図に、こんどこそ話し合いはおしまい。例によって理事長が紅茶を勧めてきたけど、こちらも例によってお断りした。すぐにでも調査に移りたい〜とか言ってね。気持ちの面では、別に嘘でもないし。
「──では、イノリさん。お互いに協力し合い、是非ともこの『騒動』に終止符を打ちましょう」
「……はい、勿論」
最後は耳触りの良すぎる理事長の言葉に頷きながら、部屋を後にした。
人気の全くない廊下を四人、静かに歩くことしばらく。振り返っても理事長室の扉が見えないくらいになってから、アトナリア先生が口を開く。
「……本当に、『学院』ぐるみで『騒動』を引き起こしているのでしょうか……理事長のあの態度は……」
いかにも半信半疑、みたいな声音。まだ『学院』を信頼しているのか、それとも信じていたいだけなのか。何にせよその言葉自体は、アリサさんがあっさり否定してみせた。
「なーに言ってるんですか。後ろ暗いことやってる連中なら、アレくらいの腹芸は呼吸と同じですよ。腹式呼吸ってやつです」
「そうなの?」
「違うわね」
「だよね」
こういうとき、アリサさんはてきとーなことを言う。いい加減覚えてきたし慣れてもきた。
アーシャはいつも通りバカを見る目でメイドな忍者を睨んでるけど……まあ、これでアトナリア先生が笑って──弱々しくだけど──くれたんだから、まあ、今回は良しとしましょう。
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