第三章 夏――『学院』の夏休み

幕間 レヴィアとマニ


 大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。また読みに来て下さってありがとうございます。

 本日から連載の方を再開させて頂きます。ひとまず週二回、火曜日と金曜日の昼頃の更新を予定していますので、是非またよろしくお願い致します。




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 学院は今日から夏期休暇に入っている。

 屋内から出れば、夏の熱気が鬱陶しく思えてしまうが……この寮室は空調完備、春夏秋冬問わず快適に過ごすことができる。首に鉄の塊が嵌められていなければ、だが。

 座椅子の背にもたれ掛かるわたしのすぐ目の前に、これを嵌めた張本人が座っている。


「……イノリさんたち……大丈夫かな……」


「さてな」


 わたしの首元、今は可視化されている『契約の首輪』を撫でながら、マニがぼそぼそと呟いた。

 昨日イノリ達が、『騒動』関与の疑いを以って詰めに行ったハトア・アイスバーンを抑えられなかったという顛末は聞いている。その後の馬鹿げた飲み会の席で。

 

 そして明けて今日、イノリ達は理事長にその事を報告している真っ最中だ。

 即ち「ハトア・アイスバーンを容疑者として扱い、今後『学院』に、彼女に対する調査に協力してもらいたい」という旨を。


 ……あのメイドの見立て通り理事長、ひいては『学院』そのものが『騒動』に関わっているのであれば、当然あちらがこんな要請になど応じるはずがない。だが一方で報告しておかなければ、我々が『学院』を疑っていると勘付かれる可能性がある。だからあくまで「ハトア・アイスバーンが単独で『騒動』に関与していた疑い」として、理事長へ話を通しておかなければならない……らしい。なんともご苦労な事だ。


「所詮わたし達は下っ端……わたしに至ってはそれ以下の罪人だ。少なくともわたしは、話がどう転がろうとも局長様の意向に従うしかない」


 そして、『契約』によってそのわたしと共にいなければならないマニも、同様に。毎朝起きて首輪の重みを感じる度に、馬鹿げた契約内容だと思ってしまうが……


「そう……だね……」


 当のマニ本人は至って真剣だというのだから手に負えない。


「…………」


「…………」


 まあ、それは今はおいておくとして。

 とにかく、今後の処遇だとか謀略合戦だとか、そういった深い部分にわたし達は関与できないという話だ。仮にその辺りのゴタゴタの末に何が起きようとも、流れに身を任せるしかない。だから……と言ってはなんだが、あまり心配はしていない。なるようにしかならないのだから。


 むしろ、わたしがいま懸念しているのは別のこと。


「……この前の『騒動』」


「……うん……」


「手も足も出なかった」


「……そう、だね……」


 もっとずっと直接的な、命の危険について。

 イノリ達が六度目だと言っていた前回の『騒動』、暴れる三人の生徒に対して、わたし達は鎮圧するどころか防戦一方な有様だった。いや、マニは二人を相手に上手く持ち堪えられていただろう。しかし、わたしは。


「イノリは、今回は相手が悪かったと言っていた。だが……」


「……むしろ私達は……運が良かった……」


「ああ」


 相手が悪かったという事は、そのまま死んでいたかも知れないという事。イノリ達が近くにいたから間に合っただけの話。やはりわたしは弱い。そして、そのわたしが戦いの中で命を落としてしまえば、『契約』で繋がっているマニも、必然。


「……マニ」


「……なに、レヴィア……」


「やはりわたしは、強くなりたい」


「…………」


 止めたいのだろう。

 首輪をなぞる指先が、小さく跳ねた。


 この首輪を付けてからマニは、毎夜毎晩わたしに弱くあれと囁いてきた。

 強くなくていい。そばにいてくれればそれでいい。弱くてえらい、などと。そのお陰……とは勿論思っていないが、実際わたしの中の強さへの執着は、一時鳴りを潜めていた。だが……


「……レヴィアは、無理しなくていい……強くなくたって、いいんだよ……?」


「その結果、わたしが命を落としてもか?」


「その時は……一緒に死ねるから。それはそれで……いい……」


「わたしは御免だ。お前のような身勝手な女と一緒に死ぬなど」


 わたしの身勝手が招いた『契約けっか』で、マニが命を落とすなど。


「……でも……」


「止めたいなら、無理矢理にでも止めるがいいさ。お前の方が強いんだからな」


「…………」


 無論、恐怖はある。

 強さを求める心が、再びあのカミの力へと近づいてしまわないかと。

 ほんの一時触れ、わたしは確かに神への敬意と畏怖を抱き……イノリはそれを指して清廉だと言ってくれた。だが結局はそんなもの、力への渇望の前には容易くかき消えてしまう……かも知れない。そうならないように、努力はするつもりだが。


「……前科者のわたしが何を言っても安心など出来はしないだろうが。少なくとも以前のような行動には走らないよう、心がけはする」


「……うん……」


 マニは一度頷き、それから少し考え込むような仕草を見せた。前髪に隠れた瞳がどこを向いているのか、正直わたしにも分からない時は多い。だがマニはその分、寡黙なようでいてよく喋る。わたしの『騒動』があって以降は、特に。


「……レヴィアが」


「ああ」


「……レヴィアが、レヴィアのまま死ぬなら、それでいい……悲しいけどいいと思ってる……でも」


 晴れた夜空のような前髪の奥、こちらを見やる瞳と目が合った……気がした。分からないと言った矢先の、勘違いかもしれないが。


「レヴィアが、レヴィアじゃなくなるのは……絶対に許せない……もし今度そうなったら、私は……」


 言葉はそこで切れ、代わりに震えるマニの指先が、わたしの首輪を小さく鳴らす。冷たい鉄の音には、様々な激情が込められているように感じられた。口先だけで何を言っても、収まらないとすら思えるような。


「……ああ。肝に銘じておく」


 だから結局わたしには、短く返す事しかできない。

 それすらも、絶対に守るとは断言できないまま。


 だからこそ、返ってきたマニの言葉も、返事のようで返事ではないそれ。


「……私も、もっと……強くなる……」


「……ああ、なれるさ。お前ならもっともっと、ずっと強く」


 ほんの少し前までは、こんな事すら口に出して言えなかった。だからこそわたし達の関係は、こんな風に拗れてしまったのだろう。わたしの無力さと愚かさと、狭量ゆえに。そう思えばこそ、悔恨の念はいつまでも胸の内に残り続けている。


 あの日切り離しきれなかった、カミの力の残滓と共に。

 

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