第70話 酒精


 というわけで。

 アトナリア先生が飲み過ぎて本当に吐いちゃった辺りで、第二回らぶほ女子会はお開きに。


 今回は二部屋しか取れなかったっていうアリサさんの言葉を聞いて、アーシャがすぐさま立ち上がった。ぽてーんとベッドに転がされたわたしを肩に担いで、お休みの一言も無く出口へと歩いていく。


「おやすみーおやすみー」


 なので代わりに、わたしが二人分言っておいた。

 気分は米俵、前後ろ逆に担がれたものだから、皆の顔を見ながら後ろに進んでいくのがちょっと面白い。ぷらぷら揺らしてた足に靴を履かされて、各々の挨拶を少し遠めに聞きながら、やっぱりアーシャは一瞥すらくれずに部屋を後にした。


 ゆっくりと扉が閉まれば、つい今までの賑やかな雰囲気が嘘のように、廊下が静寂に包まれる。らぶほ――ラブホテルは防音とかがかなりしっかりしてるみたいで、コツコツと床を鳴らすアーシャの足音も、きっと居並ぶ部屋の中には聞こえていない。まあ、本来の用途を鑑みればそうあって然るべきなんだろうけど。


 とか考え終わらないうちに、隣の部屋の前に到着。廊下を眺めながら扉の空く音を聞き、靴を脱がされて、でもまだ米俵気分のまま、部屋の中へと運び込まれる。さっきまでいた部屋よりは少し狭い気もする……けど、人数比で見るとむしろ広過ぎるくらいの気持ち。


 一瞬立ち止まったアーシャが調整したのか、部屋の明かりが少し弱まった。すぐにまた歩き出して、淡い暖色の中に連れていかれる。


「ん……しょ、と」


「おぉー」


 やっぱり大きなベッドの上に、背中から放られた。

 最初にぽよっと大きく跳ねて、あとは二、三度弾んで落ち着く。柔らかくてふかふかな感触が気持ち良い。くるぶしから下だけがマットのふちから飛び出していて、少し足元がおぼつかない感覚。寝っ転がってるんだから、なんにも問題は無いんだけど。

 跳ねたせいで、制服のお腹周りが肌着ごとめくれ上がってる気がする。スカートも太ももの半ばくらいまで乱れてるけど、でもまあ、べつに直す必要もないかなぁって。両手も適当に投げ出したまま、自分で思った以上に間延びした声が出た。


「今日はわたしたち、だめだめだったねぇー」


 光の加減か、見下ろすアーシャの顔には斜めに影が落ちている。それでもくっきりと見える碧の瞳の中に、枕元の明かりが映り込んで。まるで、ろうそくの火が灯っているみたいだった。


「……そうね。特に私は、本当に何もしていないし」


 右手で自分のタイをゆっくりと解きながら、肩を竦めるアーシャ。正直に言うと少しお酒臭い。今日は前回以上にいっぱい飲んでたし。流石に酔ってるみたいだ。わたしもすとろんぐなあれのせいか、ちょっとだけ頭がふわふわしてる。


「しょうがないよ。アーシャは、こう……難しいから」


 性格が、ってことじゃないよ?

 戦力としての扱いが、って話。


 感知すらできない未知の力っていう意味では、わたしの方が動きやすいくらい。教師陣を含めた『学院』全体の魔法の習熟度合いだと、アーシャがやる気を出すと目立ち過ぎてしまう。


「ちょっと急ぎ過ぎてたかなぁ」


 わたしたちの気持ちが逸ってしまっていたから。そのくせ任せっぱなしにしちゃったから。そのせいでアリサさんも、功を急いてしまった可能性はある。早期解決は大事だけど、上司としてはどっしり構えることも必要……なのかもしれない。


「……力さえ備わっていれば、貴女を助けられると思っていたけど。難しいものね」


「一緒に居てくれるだけで大助かりだけどねー」


 カッコ良く笑ったつもりだったけど、わたしの意思に反して表情筋はふにゃふにゃだった。でもアーシャは、ますます気を良くしたみたい。ますます。ハトア・アイスバーンの研究室を出てから、ずーっとご機嫌だし。


「……今日のイノリは。いつにも増して嬉しい事ばかり言ってくれるわね」


「そうかなぁ」


「そうよ」


 どうやら二人きりの反省会も、これで終わりらしい。

 少しだけ首元の緩くなったアーシャの顔が、真上から近づいてきた。右手はわたしの顔の横、左手は脇腹に触れながら。覆い被さられて、逃げられない。すぐそばにまで来てる唇からは、香しいとは言い難い酒精の匂いが。前にアーシャが言ってた、粗悪であるこーる臭い~って意味がよーく分かる。


「アーシャ、お酒臭い」


 一日の帳尻を合わせるために、悪口を言ってみた。悪口じゃないって、絶対バレてるだろうけど。だってお酒臭いのが悪いことだとは思ってないし。アーシャに限ってはね。


「それはどうも」


 案の定、まったく堪える様子もなく。桜色の唇がわたしのそれ――の下、首元の方へと近づいて。結んだままだったタイの端を咥えて、ゆっくりと引っ張っていく。


「んっ……」


 いつもの丁寧に手で解いてくれるのとは違って、変な力の入り方。結び目は緩んできてはいるけども、同時に少し首が圧迫されて、声が漏れてしまった。

 嬉しそうに目を細めたアーシャは、そのまま顔全体を下に引いて一気にタイを解く。制服の襟越しに、布地で首の周りを擦られて。じんじんするような、少し熱いような感覚と共に、赤いタイをアーシャに奪われてしまった。そしてすぐに、ぱさりとほんの小さな音を立てて、わたしの胸元に落とされる。


「……らんぼう」


「意地悪言った罰」


「ふーん……」


「……なに?」


 挑発してくるみたいに。脇腹をなぞっていた人差し指が、とんとんと二回、爪を立ててきた。短く丸く切り揃えられた爪。見えなくとも分かるその感触に、つい口を突いて出てしまう。


「べつにぃ?相変わらず、酔ってる時は強気だなぁって」


 いつもが弱気ってわけじゃないんだけどね。比較してって、話ね。もちろんそんな注釈、目をますます細めたアーシャには通じるはずもない。


「――どうやら今日の主人は、乱暴なのをご所望みたいねっ……!」


「きゃーっ……♪」


 我ながら白々しい悲鳴が、ますますアーシャを煽ってしまったようで。両手首をがっちり抑えられ、胸元に顔を押し付けられた。ぐりぐりと、圧迫感を感じるくらいに。逃げるようにタイが滑り落ちて、その分、いよいよ隠さなくなった荒い吐息が制服にお酒の匂いを染み込ませていく。


「もう、お酒臭いのが移っちゃう……っ……よ?」


「減らず口……塞いであげるっ……!」


 のしかかってくるアーシャの重みに、思わずにはいられない。



 ――明日から夏休みで良かったなぁ、って。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 本文中に失礼します。

 今回のお話で第二章終了となりますが、第三章夏休み編に関しましては申し訳ありませんが更新日未定とさせて頂きます。我ながら話を上手く進められていないと感じておりまして、ストーリーや今後の展開を一度しっかり見直したいなと……またそれ以外にも、ひとまず完結が近い別作品&カクヨムコン用に書き進めている別作品に注力したいという理由もあります。もし更新を楽しみにして下さってる方がおりましたら、本当に申し訳ありません。

 再開は数か月単位で先の事になってしまうかと思いますが、絶対に完結はさせたいと思っておりますので、もし気が向きましたら再開した際にまた読みに来て頂けると嬉しいです。

 長くなってしまいましたが最後に、ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。

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