第69話 第二回
「――要するに、何も進展が無かったという事で良いのか?」
「まあ、そうなるねぇ」
レヴィアさんのこういう、ずばっと言ってくれるところ。割と嫌いじゃない。
「……で、アトナリア先生の……あの様子は……」
「目を掛けていた教え子がろくでなしだったとなれば、まあ、
マニさんとアーシャが静かに見やる先では、もう何時間もずっと泣きっぱなしなアトナリア先生が、すとろんぐなあれを片手に酷い有様を晒している。んでそれを、献身なのか打算なのか、さっきからアリサさんが慰めてるわけなんだけど。
「――わ゛、わ゛た゛し゛はぁ゛……っ、あ゛の゛子゛の事つ゛、……ほ゛ん゛と゛う゛に良い子゛だ゛と思って゛いてぇ゛っ……!」
「いやいや、あんなんどう考えてもクズですって。もういい加減見限りましょ?ね?」
……慰めてる、はず。たぶん。
「……ぉ゛え゛っ」
「おーよしよし……可哀想なアトナリア先生ですねぇ」
わりと本気でえずく先生の背中を、妙ににこにこしながら擦ってるアリサさん。ソファに座る二人に対して、わたし、アーシャ、マニさん、レヴィアさんは今回もおっきなベッドの両端に陣取っていた。
――そう、前回女子会をしたのと同じらぶほ、同じメンバーで今宵も集まっております。
マニさんレヴィアさんも交えた情報の共有と整理、それから、アトナリア先生の慰め会も兼ねてって感じで。
外はようやく日も落ちた頃合い。
とにかく先生の気持ちを発散させつつ、そろそろ今日の振り返りもできそうかなぁって塩梅だ。ちなみに今回も、おつまみはマニさん一押しの茶色くて脂っこいものばっかり。豆、豆を食べる。
「――で、奥方様の魔法は効力を発揮していたんですよね?」
弱いお酒をちびちびやってたら、アリサさんがおもむろに投げかけてきた。アトナリア先生は一先ず小康状態って感じ。
「うん」
「だからこそ、あの本性が露わになったのよ」
アーシャはもうもの凄く上機嫌で、返事をしながらもわたしの手をにぎにぎしたり頬をつついたりずっとどこかしら触ってる。というか後ろからほとんど覆い被さってきてる。
や、いつものことと言えばそうなんだけど。とにかく、今日は周りの目にも分かるくらいに機嫌が良い。良いことだね。
連鎖的にアリサさんもにこにこ顔だ。……それだけが理由じゃなさそうだけど。
「魔法の効力も含めて、ですが……アレは見るからに、自身の感情をコントロール出来るタイプではないでしょう。だというのに、情報は一切漏らさなかった」
確かにその辺は少し、ちぐはぐな感じもする。
アトナリア先生にすら長年隠していた本性を曝け出すほどに効いていたのに、『騒動』に関わっているとほとんど認めるような言動をしていたのに。なのに、決定的な証拠を口にすることは終ぞなかった。
単に口が堅いというには、どうにも引っかかるものはある。
「そも、あんな体たらくの人物がいるにも拘らず、文書にしろ口頭にしろ全く証拠が出てこない。それ自体が非常に不自然な事です。もう、アレですかね?文字も言葉も一切使ってないとかですかね?」
最後の方はおどけたように。
だけどアリサさん的にはもう、そうとしか考えられないくらい不可思議らしい。
「うぅん……」
ま、結局のところ。
さっきレヴィアさんが言った通り、今回は何も進展は得られず終了だ。強いて言うならハトア・アイスバーンの関与がほぼ確定して、しかもそうと知っていることが相手方にバレた。アトナリア先生とわたしたちの繋がりも。
むしろ悪化してるね。
……なんて思ってたら。瞬きの内に、アリサさんがなんかすんごい真面目な顔して立ち上がってた。
「――兎に角。今回に関しては完全にワタシの失態です。面目次第もございません」
きっちり直角に腰を折っての謝罪。流石にこの謝意を疑う余地はないと思う。
確かに結果を見れば、あそこで早々に
それに。
「……何にせよ、わたしが殴って終わりにしちゃったからねぇ」
短慮だったなぁって、反省はしてる。
ていうかそもそも、わたしの頭が悪いせいで調査が進展してないという大前提があるわけなんだから。
「次、頑張ろう。お互いに」
真面目にやってたっぽいアリサさんを、あんまり責めるのもどうかなぁって。
早期解決の意思は変わらないけど。焦り過ぎも良くないはず……っていうのはまあ、とりあえず一発殴ってすっきりしたからかもしれない。どうだろうか。
「……ええ。必ずや」
ちょっと忍者っぽい返事をしたアリサさんは、その直後にはまた座って先生に次のお酒を渡していた。切り替えが早い。
「――まあ何事も……暴力で解決できるなら……それに越した事は、ありませんからね……」
代わってマニさんからフォロー?らしきものが飛んできたけど、これは喜んでいいのか微妙なところだ。違う味のすとろんぐなあれを両手に持ってる人の発言は、あまり信用しない方が良い気がするし。
案の定、レヴィアさんがその隣から苦言を呈してきた。
「そう思うなら、こんな面倒な
「……暴力では、解決できない事も……あるんだよ……」
首に嵌められた透明な首輪を指しての言葉に、返ってくるのは全く悪びれる様子のない澄まし顔。レヴィアさんの気苦労も窺えるというものだね。面倒だから関与はしないけど。
「――
はい、そして急に叫び出すアトナリア先生。うわぁ、目の周り真っ赤っか。眼鏡どこ行ったんだろ。
「ハ、ハトアはきっと、この騒動に私を巻き込みたくなくて、それで敢えてあんな突き放すような事を……!」
んで言ってることも何というか……ちょっと痛々しい。
「……まあその可能性も、全く無いとは言いませんけど……」
なんて言ってはみるけど、アーシャの魔法にはかかってたし、あの言動は十中八九本心だろう。アリサさんも、先生の肩に手を当てながら苦笑を浮かべてる。
「厳しい事を言うようですが……先生は『あの女を』というより、『あの女が自分を好いている事を』信じたがっているように見えますね」
「……!!」
アリサさん、もう少しこう……お……おー……――オブラート――そうそう、オブラートに包んで言ってあげるとか、ねぇ?あ、枝豆?食べるー。差し出された緑の粒をぽりぽりやってたら、アーシャが姿勢を変えてわたしを膝の上に乗せてきた。そのまま斜めに抱き抱えるように、背中を肩で支えてくれる。うーん、楽。
「……う゛ぅ゛、っ、お゛え゛ぇ゛っ……!」
傾いだ視線の先で、先生がまた一段と激しくえずいている。やっぱりアリサさんの言葉がかなり効いたらしい。あの人は先生を慰めたいのか追い詰めたいのか、どっちなんだろう。
「まあ何にせよ、ヤツが『騒動』に関与しているのは事実上確定したようなもの。証拠を得て追い詰めれば、或いはその過程で、再び本心をぶつけ合う機会もありましょう」
「……え゛え゛……」
だから今後もワタシ達と共に活動しましょうね――っていう、アリサさんの言外の圧力を、アトナリア先生だって理解はしてるんだろう。だからこそ今も一緒にいるわけだし。というか一緒に居ないと、勝手に『騒動』に首を突っ込んだ奴ってことで『学院』から何されるか分からないし。表でも裏でも。
とりあえず理事長さんには、アトナリア先生も協力者ですって明言しておこう。色々言われるだろうけど、何とかしよう。明日。
作戦失敗して疲れたし、今夜くらいは英気を養う時間も必要だ。うん、きっとそう。
「アーシャ、それちょっと頂戴」
「……少しだけね」
「ありがと」
だからちょっとくらい、すとろんぐなあれを飲んだって良いのだ。
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