第68話 本性
「どうしてって……だから今言ったじゃないですか。程度の低い研究者気取りの相手をしない為――」
「そうじゃなくて!!」
二人のやり取りは全く噛み合っていない。
ハトア・アイスバーンはただシラを切る一辺倒で、アトナリア先生の欲する答えなんて返ってくるわけがないのに。
「何故……何を……っ……何処まで関与しているのですか、貴女は!?」
わたしたちの視点から見た『騒動』については、すでに大まかに先生に話してある。こんな悍ましいことにどうして関わっているのかと、問いたい気持ちは分かるけども。
「はっきり言わなければ分かりませんか?『何の事だか分からない』と」
けれどもやはり、ハトア・アイスバーンはっきりと宣言した。態度や口調からして明らかに『騒動』に関与しているはずなのに。知らぬ存ぜぬを貫きます、と。
「……どうしてっ……」
やがて絞り出された先生の声は色々な「どうして」が詰まっているように聞こえた。半端な位置で立ち止まったまま、どこか途方に暮れているようにすら見える。
「はぁ……」
そんなアトナリア先生の表情に、ハトア・アイスバーンが向けたのは溜め息だった。とても、嫌な感じの溜め息。
「僕はね……お前のそう言う愚鈍な所が、昔から大嫌いだったよ」
案の定、口を突いて出た言葉もろくなものじゃなかった。
「……え?」
「いや、そもそもの話。僕はエルフが嫌いだ。蔑如していると言っても良い。劣等種だと思っているよ」
「は、はとあ……?」
「だってそうだろう?こいつ等は魔術の行使に適した体を持って生まれてくるんだぞ?魔法の足元にも及ばない、ゴミのような技術に」
今に唾でも吐いて来そうなくらいの物言いをするハトア・アイスバーン。アトナリア先生はもう、足元も覚束ない様子。
アリサさんは表情を変えないまま静かにしていて。代わりにってつもりでもないだろうけど、久しぶりにアーシャが口を開いた。
「……私の記憶が正しければ。そう言う貴女も魔術師だった筈だけれど」
部屋中を――今も昏倒の魔術が発動しているらしいこの空間を見渡しながら、嫌味たっぷりに。
途端に憎々しげな視線が、じろりとアーシャを睨め付けた。
「ああそうさ。僕にも凡人としての伸びしろくらいはあったからね。君の持つ天賦の才とは違う、極めて汎化された忌々しい才能がねぇ」
その目にはもう、アトナリア先生は映っていない。ひと際強く……そしてたぶん、不合理で筋の通っていない恨みのようなものが、ただアーシャにだけ向けられている。
もう彼女から決定的な『証拠』を語らせるのは難しいだろう。だけど、効果が無かったわけではないらしいアーシャの魔法は、その軽くなった口からつまらない本性を垂れ流させることに成功していた。
アトナリア先生にとっては、良いことか悪いことか分からないけど。
「――魔法こそが、この世で最も優れたる才能。超常的な存在すら従え、他の誰にも再現し得ない自分だけの理によって世界に干渉する。魔法を扱える者こそが、真に価値ある存在。そんな当たり前のこと、物心付く頃には僕にだって理解できていた」
語り続けるその内容は、何だかえらく歪なものに聞こえる。魔法に優れた人ですら、そこまでは思ってないんじゃないかなってくらいに。
熱に浮かされたような、夢見心地な表情は、不健康な顔付きも相まってどこか異様な雰囲気を醸し出していた。
「――魔術などと言うつまらないモノとは大違いだ」
しかもそれが、ほんの一言の内に一転する。
「汎化?再現性?誰にでも出来る事をして、一体何の価値がある?凡百の、世界に埋没する歯車の一つでしかないと自認して、どうして正気を保っていられる?」
心底憎々しげな眼付きに戻ったその口からは、今度は魔術への侮蔑がこぼれ出ていて。こんなものを間近で浴びせられるアトナリア先生が可愛そうでならなかった。
「だから僕は魔術が嫌いだ。魔法を使えない者達がどうにか編み出した贋作以下の手慰み。魔術の才とは即ち、劣等者の証。だから嫌いだ。自分の中にあるその才も、そんなものに種族毎どっぷり浸かっているエルフも」
そこでちらりと、ハトア・アイスバーンの視線が先生に戻る。何の力もないそれに押されるように先生はよろめき、遂にそのまま崩れ落ちてしまった。床にべたっと座り込んで、子供みたいに嗚咽を上げている。
「――おっと、手が滑りましたー」
……もの凄くわざとらしく、アリサさんが手近にあった資料の束を突き崩した。うーん、あれかな?アトナリア先生がもう中和とかできない精神状態になっちゃったから、物理的に術を壊したとか、そういう。
「イヤぁ、すみませんねハトア先生。ついうっかり」
「……気を付けてくれ。貴重な資料なんだからね」
何とも白々しい会話だ。
このアリサさんの感じは多分、これ以上聞くこともないってことかな?だったら最後に、個人的に聞いておきたいことがあるんだけど。
そう目配せしたら、アリサさんは一つ小さく頷いて席を立った。わたしたちの前を通って、蹲ったままのアトナリア先生のそばへ。わたしも合わせて立ち上がって、ハトア・アイスバーンの前まで。
「まだ何か?」
「ひとつだけ」
机を挟みつつ、手が届かないくらいの距離を保つ。
「……あなたが、アーシャのことを妙に調べたがっていたのは……」
「……ああ」
視線をアーシャにやりながら。やっぱり憎々しげに、この女は口を開いた。
「劣等種でありながら魔法の才を持つなど、到底看過出来るものではないが……頭を開いてその隅々までを観察すれば、何か分かるかもしれないだろう?魔法の才を生むに足る何かが」
「……そうですか」
なんだか妙な言い回しだとは思ったけど、でもこれでもう、いよいよこちらからかける言葉は無い。
「ふんっ」
「――ごがぁっっ!?!?!?」
ので、一発殴っておいた。
しっかり一歩踏み込みながら、捻りも効かせて顔面ぱんち。
椅子から吹っ飛んだハトア・アイスバーンは、そのまま後ろの本棚にぶつかって床に落ちる。衝撃で棚から落ちた分厚い本やら資料やらが、彼女の頭に降り注ぐ。
「
あっという間にできた紙の塊に向かって、一応は謝っておく。そういう体裁は必要だから。ばさばさどさどさ言わせながら、山の中から頭が出てきた。
「……っ、ああそうかいっ……全く、田舎者は野蛮で嫌になるね……!」
埋没してしまった鼻を抑えながら、ハトア・アイスバーンが呻く。
これはあくまで、気の短い生徒が教師を殴ってしまっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。そうですよね?って視線で問えば、返ってきたのは無言の一睨み。
「……これ、謹慎ものじゃないかしら」
「そうかもねぇ」
「いやー全く困りますよご主人様」
処罰を怖がる生徒っぽい会話をしながら、わたしたちはハトア・アイスバーンに背を向ける。アトナリア先生はアリサさんに肩を抱くように支えられていて、下手するとわたしが暴力ぱわーを振るったことにも気付いていないかもしれない。
「さーほら、アトナリア先生。あんなクソカス女のことは忘れて、今日は思いっきり飲みましょうっ。今からラブホ抑えますんでっ!」
「……まあ、マニ・ストレングスは呼べば来るかもしれないわね。必然的に、レヴィア・バーナートも」
「何言ってるんですか奥方様!皆で飲むに決まってるじゃないですか!」
部屋を出るころには、なんだかもう飲むとか飲まないとかの話になってて。誰も言わなそうだから、わたしが代わりに言っておいてあげた。
「――では、ハトア先生。失礼しました」
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