第76話 なんか強そう
夏休みぃー……三日目っ。
もうそろそろ数えなくても良いんじゃないかなぁとか思いつつ、今日は今一度……いやもう今何度目?って感じの、『学院』敷地内の調査を行っていきます。わたしとアーシャの二人で。アリサさんはアトナリア先生と一緒に別行動。マニさんたちは鍛錬。レヴィアさん、無事ウルヌス教授に個別指導を取り付けられたみたい。良かったねぇ。
「──じゃあまずは、訓練場からー」
「ええ」
一応今回は、無秩序に歩き回るってわけでもなくて。今までに『騒動』が起こった場所を回りつつ、カミの気配に揺らぎや偏りが無いか探り直してみようって感じ。というわけで制服に身を包み、寮から野外訓練場に続く道を歩いていく。朝から暑くってかなわないけどまあ、仕方ない。
ちなみにわたしもアーシャも、昨日見繕ってもらった眼鏡をかけてる。特に理由はないけど、まあ、ちょっとした気分転換というか。わりと気に入ったというか。とにかく今日のわたしは眼鏡イノリ、略してメガイノリなのだ。がはは。
「なら私はメガアーシャね」
「おお、なんか強そう」
そういうわけでメガ婦婦になった二人で並んで歩くこと少し、目的地に到着。
日除けすら無くだだっ広い屋外の訓練場は人もまばらで、でも逆に言えば、レヴィアさんの言った通り、夏休み中だからこそ熱心に励んでいる生徒さんたちが確かにいる。そんな人たちの邪魔にならないように、なるべく隅っこの方を歩きましょうねー。
「えー、一番最初が確か……この辺りだったかな?」
わたしたちが初めて目の辺りにした『騒動』は、『魔術座学基礎』の教室から見下ろせる位置で起きた。あの時の景色を思い出し、校舎を見上げながら何となくの目星を付けて。しゃがみこんで意味深に地面を触ってみたりするけど……まあ当然、特に何が起きるでもなく。あいかわらず──この場所がどうとか関係なく──『学院』全体に薄っすらと、カミの気配が漂っているだけ。
「二度目と、それから四度目……レヴィア・バーナートの『騒動』も、訓練場で起きていたわね」
「だねぇ」
とは言っても訓練場は広いから、全く同じ場所、ってわけじゃないけど。
記憶を頼りに、何となくこの辺だった気がするーって地点まで行ってはちょっと意識を集中してみたり。当然ながら成果はなし。まあ今日のこれはどちらかというと、現場を見て記憶を掘り起こし、何か見落としがないかを確認する……みたいな意味合いが強いし。
「……しっかし今思い返してみても、レヴィアさんの適合度は高かったなぁ」
「そうね」
未だに薄っすらと感じ取れる、彼女の中に残った気配。それに意識を向けてみれば、なるほど言っていた通り、ウルヌス教授の研究室がある棟の辺りにいるようで。ひとまず今は、真っ当に強くなろうとしているみたい。
「……ま、訓練場はこの辺にして。次は──」
そんなレヴィアさんに触発されて……ってわけでもないけど。まあ、わたしたちも今やれることをやっていかないとね。例えそれが、無駄足だったとしても。
◆ ◆ ◆
「──んで確か、三度目がここ」
次に足を運んだのは、図書館棟から寮へ向かう途中にある校舎の裏側。ただでさえ人通りの少ない場所、その上夏休みともなればまあ、当然ながら誰もいない。ここでの『騒動』で真っ先に思い浮かぶのはやっぱり、アリサさんの不運さだろうか。
「……あの時は、あの女を疑ったものだけれど。今思えば、あのメイドがあんな杜撰な裏切り方をする訳が無かったわね」
あのあのあのあんな、とぶっきらぼうな言い振りだけど……これもアーシャなりの信用ってやつだ。あの時はごめんねぇアリサさん。
……っていうのは、今度本人に直接言うとして。今は、『騒動』なんてなかったように元通りになってるこの場をざっと眺めてみる。
ここでわたしたちに襲いかかってきた女生徒は、『学院』では初めて遭遇した言語を失っていない愚か者で。……まあ、結局自我は失くしちゃってたから、会話らしい会話はできなかったけど。それでも得られたものはあった。
「……カミは、わたしたちに会いたがってる」
女性との口を通して、はっきりと言われた。わたしたちを探していたと。レヴィアさんの『騒動』でそれが、わたしたちに祓われたがっているからだと分かって。だからこそこうやって、無為だと分かっていても探すのをやめられない。手がかりを、あるいはカミそのものを。
◆ ◆ ◆
「──んで。ここからもう、露骨におかしくなって行ったよねぇ……」
五度目、三人同時にコトが起こった最初の『騒動』。
寮近くの西校舎辺り、マニさんレヴィアさんが初めて対処に当たった事案。
「個人的には、この『騒動』にもハトア・アイスバーンの関与があったと思っているのだけれど」
「可能性はありそう」
彼女がどの程度『騒動』に関与しているのかは、まだ分かっていないけど……「三人同時に」「全く同じ適合度合いで」という点が、六度目の騒動と共通している。口封じこそなかったけれども、そもそも会話もできない程度の適合度だったのだから、口封じをする必要がなかったとも言える。
「この時点でアトナリア先生が居てくれたらなぁ……」
もう少し早く動けていたかも知れない。
言っても詮無いことだと分かっていても、思わずにはいられないよね。
「仕方の無い事よ。イノリが気に病む必要は無いわ」
「ありがとぉー」
アーシャの言葉と、頭に背中に腕に触れる手指に慰められながら、そのまま六度目の『騒動』の現場へ。五度目、六度目の共通点が他にないかとかを話し合っている内に、すぐに中央棟の入り口へ到着──っとと。
「──おお、ご主人様に奥方様」
「アリサさん。アトナリア先生も」
「ご苦労さまです、お二人共」
「いえ、先生こそ」
ちょうど同じ場所を訪れていたアリサさんたちと遭遇。二人は二人で、別口で捜査するって言ってたけど……偶然かな?それとも、わたしたちの行動も伝えてあったしわざと合わせてきたのかな?
「いやぁ奇遇ですねぇ!お二人はここが最後でしょうかあぁあぁ時間も丁度良い頃合いですしどうでしょうこの後ご一緒にランチでも!」
これは絶対わざとだね。アトナリア先生も隣で苦笑いしてるし。アーシャの小さな溜息が、隣から聞こえてきた。
「うんまあ、良いんだけど。ちょっと待ってね」
「えぇえぇ待ちますとも!」
場所が場所、起きたことが起きたことなだけに、苦笑いを浮かべる前のアトナリア先生は、とても沈んだ顔をしていたように見えた。だからといって避けられることでもないし、せめて気分転換になるようにと、わたしたちと鉢合わせるように時間を調整した……っていうのは考えすぎだろうか。アリサさんだしなぁ……善意だけじゃなくて、アトナリア先生に取り入るための策として普通にあり得るなぁ……
まあでも、改めてこの場所を調べての所感とかを先生から聞きたかったのも確かだし。ありがたく乗っからせてもらおう。
ってわけでわたしとアーシャもざっと六度目の『騒動』を思い起こし、やっぱり何にも分からないという結論に達してから。四人で連れ立ってこの場を後にした。
「……次からは」
「うん?」
「日傘を用意した方が良いかも知れないわね。もしくは、温度遮断の魔法」
「確かに」
とりあえず今日分かったこと。都会の夏は、暑い。
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