第66話 師弟
と、いうことで。
女子会から一週間かそこら、わたしたちはハトア先生の研究室に突撃することにした。
……や、勿論このあいだに、アリサさんが調べられる限りの事は調べたんだよ?でも何も出てこなかった。それが潔白を示しているのなら良いんだけど、何せこれまでも確たる証拠なんて無い中でやって来たんだから。これだけで「ハトア先生は白ですやったね」とは、調べたアリサさん自身が言おうとしなかった。
しかも間の悪いことに、明日から始まる夏季休暇期間中、客員として来ているハトア先生は王都を出てどこか遠くで実地研究とやらをするらしい。つまり自然に接触する機会がなくなる。
帰ってくるのは二か月くらい先。そんなに待ってはいられないから。
やむを得ず今日、直接腹の内を探ってみようってことになった。
「――結局、リスキーな選択を取らざるを得ないのね」
ハトア先生の研究室は、生物研究棟の隅っこの方にあるらしい。アトナリア先生と合流したわたしたちは、そのまま連れ立って目的地へ。ハトア先生と面識のないマニさんレヴィアさんには待機して貰って、わたし、アーシャ、アリサさん、アトナリア先生の四人で、堂々と研究棟へ足を踏み入れる。
「会いに行く動機自体は何もおかしくはないはずです。それで警戒してくるようなら、それこそ怪しいというモノですよ」
ほどほどに遮音の魔法を使って、何を話しているかは周囲に聞こえないようにしつつ。努めて、何もやましいことは無いですよという顔をしながら。相変わらず床はきゅっきゅと音が鳴る妙な質感だ。
「何せ、ご主人様がお世話になりましたからね。無事『魔術座学基礎』も修了したことですし、お礼の一つくらいはしませんとっ」
これは、自然な談笑の一部として周囲にも漏れ聞こえているだろう、アリサさんの声。手に持った菓子折りも、変な毒とかも仕込んでいない普通のかっぷけーきだ。
アトナリア先生経由でほとんど個人的に補習をして貰った不真面目生徒のわたしが、お陰様で座学を乗り切ることが出来た。ので、仲介人を果たしたアトナリア先生も一緒にお礼をしに行く。っていう筋書き。
ハトア先生にも事前に連絡は入れていて、『学院』の一生徒としては、さしておかしくもない行動なはずだ。研究室に入ってさえしまえば、転がし方次第で多少踏み込んだ話だってできる――というのは、今日も自信満々なアリサさんの弁。
ハトア先生が白でも変な噂なんかは広まる余地も無いし、黒だったら思う存分聞き出せる。らしい。
と、いうわけでやってきました研究室。
アトナリア先生が戸を軽く叩いて、待つこと少し。
「――はいはい、どうぞ」
静かに開いた扉の向こうから、いつも通りの……や、前よりさらに隈が濃くなってる気がするハトア先生が顔を見せた。今日も以前に再会した時と同じ白衣を羽織っていて、何となく、研究棟ではこの格好なのかなぁと思った。
「……ハトア」
「みなまで言わないで下さい。僕がなんて返すかくらい、分かってるでしょう?」
多分、また睡眠時間を~みたいなことを言おうとしたんじゃないかな、アトナリア先生。眉間にしわを寄せて、溜め息を一つ。
「研究熱心なのは良い事ですが……」
確か以前のやり取りでは……そう、睡眠は人生で最も無駄な時間~とか返していたっけ。そこはやっぱり賛同しかねるけど、まあわざわざ口に出すことでもないか。
「立ち話もなんですし、どうぞ中へ」
言われるがまま、四人でぞろぞろと研究室に足を踏み入れた。
綺麗に整頓されていたアトナリア先生の部屋と違って、色んな本やら資料らしきものがそこかしこに積み上げられて無数の塔を形成してる。一応部屋の奥には作業机らしきものがあるけど、それだってもう物の置き場もないくらい埋め尽くされていた。
客員の先生の部屋って言うには、個性が出過ぎてるような感じもするね。
「ザ・研究気質といった雰囲気ですね」
アリサさんの気を遣ってるんだかいないんだか分からない表現に、ハトア先生は肩を竦めながら少し笑っていた。
「これでも、どこに何があるかは把握しているよ。僕にとってはこれが、所謂整理された状態でね」
「すごいですね」
綺麗汚い以前に物をあまり持たないわたしからしてみれば、そんな月並みな感想しか出てこない。アーシャはけっこう綺麗好きだから、ちょっと顔を顰めてるけど。
「パイプ椅子ですまない。何せ普段はこんなに人が来る事が無いものでね」
そうこうしているうちに、ハトア先生は折り畳み式の椅子を四つ、作業机と向き合うように出してくれた。こっちから見て左からアトナリア先生、わたし、アーシャ、アリサさんの並び。本人はその机の向こうに腰かけたけど、なにせ物が積まれに積まれてるせいで、対面すると身体が半分くらい隠れて見える。
「――えっと。改めて、補習ありがとうございました。これお礼です、ちょっとしたものですが」
まずは菓子折りを渡して、それから着席。ハトア先生はどうもと言いながらそれをすぐに脇に置いた。
「礼を言われるのも、これで三度目かな?大した事をしたつもりは無いが……」
謙遜……じゃなくて、本当にそう思っていそうな口ぶりで、机の引き出しをなにやらごそごそやっている。
「……済まない、茶葉も豆も切らしていたようだ」
や、そこに入ってたモノで淹れた飲み物はあんまり飲みたくないなぁ……ある意味助かった。なんて思っている間にハトア先生は一瞬身をかがめて、机の影から水のぼとるを四つ、ひょいひょいっと放り投げてきた。
これは……未開封だし、衛生的な問題はなさそうだね。
「イノリ君が無事『魔術座学基礎』を修了したというのは、アトナリア先生から聞いている。僕も学生時代は、基礎の所で随分と苦労した覚えがあるから、少し親近感を覚えるね」
左の口角だけを上げて笑うハトア先生。そんな元問題児が今は優秀な魔術師として名を馳せているというんだから、やっぱり途方もない努力があったのだろうか。今日の本当の目的とは全然関係ないけど、会話を繋ぐには妥当な話題だろう。
そう思って話を振ってみれば、ハトア先生はますます笑みを深めながら目を閉じた。昔を思い起こすように、少し俯きがちに。
「……努力と呼んで良いかは分からないが。まあ、魔法が使えない身としては、魔術を磨かざるを得なかったからね」
少し、不思議なもの言いだと思ったけど。隣で苦笑するアトナリア先生の様子を見て、これがいつものハトア先生なんだと分かる。
「貴女は昔から、何かと魔法に対抗心を燃やしていましたね」
「体系化できない何でもありな特異な力。人智を超えているとすら、僕は思っていますよ」
一息置いて、アーシャに視線を移しながら。ハトア先生は言葉を続ける。
「しかもそれが生まれ持った資質によってのみ扱えると言うのだから……全く不公平な世の中だよ」
まるで笑い話のように言う。慣れたものなのか、アーシャが何も返さないうちに、アトナリア先生がまた小さく笑った。
「ですが、それに腐らず研鑽を積んで、今貴女はこの場所にいる。素晴らしい話では無いですか」
アトナリア先生、やっぱり教え子に甘い。寝ろだなんだと苦言を呈する割に、隙あらばハトア先生を褒めそやしている。なんだろう、惚気を聞かされてる気分だ。
「うーん……美しき師弟愛ですねぇ……」
ほら見たことか、アリサさんなんてにっこにこ笑いながら水に口を付けてるし。
「……いえ、弟子という訳では無いのですが……」
「こまけぇこたぁ良いんですよ」
いいのかなぁ……
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