第65話 協力
その一言だけで、アトナリア先生の行動原理が分かってしまった。
「……一応ワタシもあの時に、確認はしたつもりだったのですが。ハトア・アイスバーンの魔力は検知できませんでしたがね」
「巧妙に、明らかに隠蔽する意図を以って処理が施されていました。あの子の癖を良く知っている私でなければ……いえ、私だって正直、信じたくはないのですが」
理事長さんの言葉を思い出す。
『騒動』発生から短時間では、何かしらの細工をすることも、その細工を隠蔽することも難しい。けれども裏を返せばそれは、時間さえあれば、いくらでもどうにでもできるということ。
「ハトア先生が、あの三人を殺害したってことですか?」
「そんなっ――」
単刀直入に聞けば、アトナリア先生は苦しそうに首を振った。
「――……そんな事は無い、そう信じたい。ですが……」
「少なくとも、何らかの形で関与している可能性は高い、と」
「ええ……」
そのことに気付いたからこそ先生は、少しでも情報が欲しくて。直後の、わたしと理事長さんのやり取りを聞きたがった。だけど正面切って同席すると言えば、間違いなくその理由を問われるはず。ハトア先生の名前を出したくはなくて、だから選んだ方法が。
「それで、その場で盗聴までするとは。随分とハトア・アイスバーンに入れ込んでいるようですねぇ」
断片的に得られた情報から、わたしたちが何か普通ではない存在だと知って。それでもこうやって、話をしに来た。すごい熱意だ。
「あの子の学生時代の苦労を、私は一番近くで見てきました。ようやく開花した魔術の才を、不当な事に使うなんて考えられない」
「しかし、状況的にはかなり怪しい、と」
「ええ。だから、理事長には話せなかった。『学院』のトップが動けば、真実に関わらずハトアの周囲に噂が伝播してしまう。今の彼女に、一点たりともシミを付けてしまいたくはなかった……」
それほどまで、なんだ。ハトア先生が疑われることすらいやなんだ。でも先生自身は確かに、ハトア先生の関与を感じ取ってしまったから。
「イレギュラーな存在である私達となら、不要な疑念を広めること無く真実に近づける、と?」
「……はい」
アーシャの冷めた言葉に、アトナリア先生が頷く。どこか項垂れるように。
……マニさん、そーっと次のお酒を取りに行くのはやめようね。べつに堂々と行って良いから。
「……我々としては、手掛かりが得られてラッキーですし。ハトア・アイスバーンを探るにあたり、先生と協力する事もやぶさかではないのですが」
一度、言葉を切ったアリサさん。後ろ手に取ったお酒の缶を、振り向きもせずにマニさんの方へぽいっと放る。そのまま先生へとさらに一歩詰め寄って、注入器は首筋に当てたまま、唇を耳元のすぐそばにまで寄せた。
「――もしも彼女が黒だったなら。きっと先生にとっては、辛い結末になりますよ?」
露骨な脅し。というか警告、かな。
実際どうなるかは、ハトア先生がどう関わっているかにもよるけれど。もしもカミに
「…………」
苦しそうに黙り込んだ先生の視線が、もう一度わたしの方へ。
「……ハトア先生には、わたしも感謝してます。でもだからと言って、あの人に特別入れ込むほどじゃない。もしもあの人が良からぬことをしているのなら……私はあの人に、手心を加えることはできません」
はっきり告げれば、なおのこと辛そうに。先生は言葉を返すことができずにいる。そこを吞んでもらわないと、協力体制を敷くことはできないんだけど。
少し重たい沈黙。
……マニさんが缶を開けたかしゅって音が、いやに大きく聞こえた。合わせて、レヴィアさんが溜め息を一つ。
「……まあ、なんだ」
「余程の事がない限り、命を取る所まではいかない……とは、思いますが」
彼女の実体験に基づいた慰めは、けれども、アトナリア先生の表情を余計に強張らせるだけだった。
「ま、待って下さいっ。命のやり取りがある程のっ――」
「まあまあ。それは本当に最悪、向こうが命がけで抵抗してきた場合などですよ」
宥めるアリサさんだけど、その顔にはにこにこ――つまり怪しくて仕方がない笑顔が浮かんでいる。
「黒だったとしても、根掘り葉掘り
「なっ……!」
首元に突き付けられたモノの存在も忘れて、先生は思わずといった風に立ち上がりかけた。当てがった注入器で押し留めながら、アリサさんの言葉は続く。
「そう言った、いわゆる超法規的措置とでも呼ぶべき事が、我々には出来ちゃうんですよ。まあ正確には、そうする事が定められている案件……という話なのですが」
「……それは、どういった権限で?」
「無論、国家権力に基いて、です」
どんどんと情報を開示していくアリサさん。
もちろん事前に、ここまでは話して良いって線引きは決めておいたけど、それにしたって思い切りが良い。そういう大胆さ?みたいなのも大事、なのかなぁ。
感心しながら見ていれば、いよいよ畳みかけるようにして、アリサさんが先生の頬に手を当てた。
「――さて。先生は我々を信頼しますか?それとも狂人の妄言と切って捨て、自力で真相を探りますか?まあどちらにせよ、ここまで来てしまった時点で、タダで帰すという訳には行かないのですが」
アトナリア先生だって、まさかなんの危険も無いだなんて思ってはいなかっただろう。今日ここで得体の知れないわたしたちと話をするという行為自体が、覚悟を決めざるを得ないように自分を追い込むことと、同義だろうから。
静かな部屋の中に、先生が大きく深呼吸する音だけが響く。
「……貴女方がどれほどの権限を有しているのか、私は見誤っていたようです。ですがその上で、ハトアは彼女自身の才に背くような行為などするはずがないと、信じています」
視線をもう一度上げわたしを見据えるその表情は、覚悟の決まった精悍な顔付きに変わっていた。それを間近で見ていたアリサさんの、えらく上機嫌な声が響く。
「――流石はこのワタシが見込んだお方っ。その意気や良し!」
おだててるのか、本心からなのか、相変わらず判別は付きづらいけど。少なくとも、注入器をしまって隣に座り直すその様子は、やっぱり機嫌が良さそうだった。
「ではこれより我々は協力関係。協力関係となれば当然、こちらの情報も開示するのが筋というものでしょう。ねぇ、ご主人様っ?」
最後の一本だったお酒の缶をプシュッと開けながら、もう警戒を解いて良いと目線で告げてくる。アーシャはまだ妖精さんを待機させたままだけど、ひとまず先生とは対立せずに済みそうだ。
「そうだね。わたしたちのこと、
「ええ、お願いします」
お互いの位置はベッドとソファそのままに、ようやく肩の荷が下りた気持ちで、先生と向かい合う。さてどこから話そうかと考えだした辺りで、結局終始静かだったマニさんが、おずおずと手を挙げた。
「……あの、そろそろ……酒を買い足しに行っても……良いでしょうか……」
「……皆でいこっか」
「行きましょう行きましょうっ!」
アーシャとレヴィアさんが、完全に馬鹿を見る目で見てたけど。アリサさんはもの凄く楽しそうだし、先生も気が抜けたような笑みを浮かべていたし。まあ、こういう人も一人くらいいた方が良いのかなって思える。
◆ ◆ ◆
「――あ、そういえば。両隣の部屋も抑えてますので、ご主人様奥方様、もし
「気が利くわね」
「……感謝……」
道中のそんなやり取りで、先生が顔を真っ赤にしていたのはここだけの話。
あとで実際に使ってみた右隣りの部屋は、なぜかベッドが回転してて面白かった。
まあとにかく。
ラブホ女子会、大成功。じゃないかな、たぶん。
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