第64話 対話
「――で、ですね。その時に奥方様はこう仰ったんですよ。『知ってるかしら?剣っていうのは片手で振るより両手で振った方が強いらしいわよ』」
「な、何と……!」
言ってないね。
完全に捏造されたアーシャの武勇伝を、先程からアリサさんが楽しそうに話している。気持ち悪いくらいに淀みなく、アーシャを知ってるわたしからしたら有り得ないようなお話を、でもなんか妙にあり得そうな語り口で。
「……流石、アーシャさん……クレバーですね……」
「……そうか?」
先生やマニさんは完全に信じきっていて、何やらすごい人を見る目でアーシャを見てる。レヴィアさんは半信半疑だけど。
「……………………そんなことも、あった気がするわね」
当のアーシャは、お酒で少し機嫌が良くなってるおかげで、ぎりぎり話を合わせてくれていた。先生の手前、まだ下手なことを言うわけにもいかないから。
「はいアーシャ、あー」
「あー……」
頑張って我慢したご褒美に、枝豆を一つ。おつまみももうだいぶ減ってしまって、入れ替わりに空いたお酒の缶がどんどん増えていっている。夜も良い塩梅に更けてきて、アリサさんの口もぐるんぐるん絶好調だ。
「…………あの、差し支えなければ……酒を買い足して、きたいのですが……」
お話の合間、すとろんぐ?なろんぐ缶をじゃんじゃか飲んでいたマニさんが、そんなことを言いだす。あと残っているお酒なんて、わたしや先生が飲む弱めのやつがほとんどで、確かにマニさんには物足りないのかもしれない。
「おお、良いじゃないですか。酔いどれ皆で酒を買い足しに行く。これも一度、やってみたかったコトなんですよねぇっ」
誰よりも早く立ち上がったのはアリサさん。上機嫌に笑いながら、ですがその前に、と一言。
「――そろそろ腹を割って話しませんか。先生?」
またメイド服のどこからか取り出したんだろう注入器を、ソファに腰かけたアトナリア先生の首筋に当てていた。
「……アリサさん。そんなものを人に向けるだなんて、少し飲み過ぎではありませんか?」
「さて。気分が良いのは確かですが」
わたしとアーシャ、マニさんレヴィアさんはベッドに座ったまま。
わたしはそんなに飲んでないし、アーシャはこれくらい酔ってるうちにも入らない。マニさんたちは、ちょっとどうか分からないけど……とにかくようやく、本題に入るようだった。
「……そうですか。何にせよそれを下ろして……という訳には、いかないのでしょうね」
「ええ、まあ」
これ以上変に誤魔化すこともなく、先生は観念したように一度眼鏡を外した。右手の指で両目を抑え、溜め息を一つ。眼鏡をかけ直してアリサさんを見上げるその顔には、お酒の影響なんてこれっぽっちも見て取れなかった。
「どうも私は、昔から上手く探りを入れるというのが苦手なようでして」
「でしょうねぇ。滅茶苦茶分かりやすかったですし」
基本的に、会話はアリサさんを主体に進めて貰う手筈になってる。その方が上手いこと行きそうだし。わたしたちの視線を背に受けて、先生に身体を寄せたまま言葉を続けていくメイド忍者。
「さて。先生はどこまで知っていて、我々をどうしたいのか。その内容次第では、ワタシ達は今後も仲良くやっていけるんじゃないかと、そう思っているのですが」
底の知れない笑んだ声。本気で言ってるのかそんなつもり毛頭ないのか、味方であるはずのわたしにすら一瞬分からなくなってしまう。
口が軽くなる魔法、遮音の魔法、気配を断つ魔法は既に、この部屋を覆うように展開されてる。アーシャのそばには一匹、妖精さんも待機中。
「……どこまで、というのはむしろ此方の台詞です。貴女方は、『学院』に潜む何某かをどこまで知っているのですか?カミ……とは一体、何なのです」
「ほうほう、カミを知っていらっしゃると。何かは分からないが、その呼び名だけは知っていらっしゃると。妙な話ですね」
カミの存在は秘匿されている。普通に生きていれば、「良く分からないけど聞いたことはある」なんてことにはならないはずだ。
「誰から聞いたんです?まあ、候補はほぼ一択なのですが」
ここにいる者以外で、アトナリア先生と接点があって、カミを知っている。うん、ほぼほぼ一択だ。
隠し立てはできない……というよりも、カミの名を出した時点で、隠すつもりも無かったんだろう。先生は視線をわたしへと向け直し、はっきりと口にする。
「理事長とイノリさんの会話を、盗聴しました」
意外、と言えば意外だった。
「……いつ?」
理事長室はかなり強固な盗聴防止の仕掛けが施されている。これはアーシャもアリサさんも口を揃えて言っていたことで、だからわたしはてっきり、理事長から聞かされたのかと思っていたんだけど。
「先の、三人の生徒が死亡した騒動。あの直後の聴取を、です」
「……理事長室の防護を破った、と?」
「あの部屋の防護魔術は、既存の魔術に対しては非常に強い防性を有しています。いくら何でも、イチ学院の理事長室にしては過剰なほどに」
「ええ、如何にも怪しいですよね」
先生の言葉に、分かったような顔で頷くアリサさん。
ちらりと横を見てみれば、たぶん何も分かっていないだろうマニさんが、すとろんぐなあれを静かに飲んでいた。
「ですので、破ったのではなくすり抜けたという方が適切でしょうか。あの魔術に探知されない、既存外の型式を用いる形で」
「さらっと凄いこと言いますね」
「興味本位から偶発的に生まれた型式です。まだ汎化の目途も立たず、魔術として優れているとは言い難い」
「それもひっじょーに気になるんですが……今は置いておきまして」
「ええ……兎角、その魔術を以ってしても、聞き取れたのはノイズだらけで不明瞭な会話の一部のみでした」
なるほど。だからカミという言葉、それが騒動に関わっているらしいことだけ掴んだ、と。
先生はその詳細が知りたくて、だけど理事長が教えてくれるとは到底思えず……というか下手に聞いて隠蔽されたら、それこそ情報を得る機会を失ってしまう可能性もあったから。なので悩んだ末に、わたしたちに聞いてみることにした、と。
注入器を突きつけるまでもなく。今日の女子会に参加した時点で、この話は先生の方からするつもりだったみたい。
「何か秘するべきモノ、本来知るべきではないモノだという事は察しています。ですが、それでも私は……」
視線はこちらに向いたまま。落ち着いてはいるけど、どこか懇願するような色が見え隠れしている。気がする。視線を追って、アリサさんは一度ちらりとこちらを振り返った。すぐに先生を見つめ直し、わたしに先んじて問いかける。
「そもそも何故、盗聴などと危うい事をしでかしたんです?どうしてそこまで、騒動の真実を知りたがっているので?」
この問いにどう答えるか。先生が何をしようとしているのか。ここが、わたしたちにとって重要なところだ。
アリサさんと、わたしと、アーシャと、マニさんとレヴィアさんの視線が、先生を貫く。嘘を吐けば。あるいは良くない返答であれば。ここまで踏み込んできたアトナリア先生を、自由にするわけには行かなくなる。
「――あの三人の遺体から、ごく僅かにですが……」
きっとそのことも分かっているだろう先生は、少しだけ目を震わせていた。何となしに察する。今、先生が見ているのは、わたしたちじゃない。
「……ハトアの、魔術の痕跡を感じたのです」
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