第63話 女子会


 曰く、後顧の憂いを無くすために、ということで。

 女子会とやらは一部講義の修了が確定した数日後に行われた。学生的には、後は夏季休暇を待つばかり、って時期。


先生は仕事、わたしたちは講義を終えた夕方と夜の合間の時間、長い日も傾き始めた頃合いに、連れ立って王都の街を歩く。アリサさんはメイド服、先生はスーツ、わたしたち学生組は制服で。


 一応戦力は揃えておいた方が良いってことで、マニさんレヴィアさんも一緒に来てる。アトナリア先生とも一度は顔を合わせていたみたいだから、そこまで気まずい感じにはなってない……というか、アリサさんが常に喋ってるものだから、わりと姦しい一団になっちゃってた。六人って、結構大所帯だよね。


 で、辿り着いたのは、そんなわたしたちもあっさり紛れてしまうくらいに騒がしい通りの一角。全体的にがやがやしてるしぎらぎらしてる。繁華街?って言うらしいその区画の、三階建てくらいの大きな建物の前で、先導するアリサさんが立ち止まった。


「おぉー。なんか、光ってるね」


「光ってるわね」


「……は、始めて来ましたっ……」


「……まあ、わたし達には縁のない場所だからな」


 わたしとアーシャは、建物自体が放つ鋭い光に少し目を細めてしまっていて。マニさんはちょっと興奮気味、レヴィアさんはそんなマニさんを呆れたように見てる。


 この時点で来慣れていないのが丸分かりな感じなんだけど、そんなわたしたちよりもずっと、アトナリア先生が妙な反応をしていた。


 白い肌を見たことがないくらいに赤らめて、開きっぱなしの口をわなわなと震わせた、中々に貴重な表情。心なしか、眼鏡も少しずり落ちているように見える。


「こ、こ、ここって――!」


 これまた珍しくどもって声を詰まらせる先生に、アリサさんは凄く良い表情で……つまり、何か碌でも無いことをしたんだろう顔で笑っていた。


「イヤぁ、一度やってみたかったんですよねぇ!ラブホ女子会!!」


 今日の舞台はらぶほ?っていうところらしい。




 ◆ ◆ ◆




「――なるほど、本来は目合まぐわいの為の宿屋なんだね」


「ま、まぐっ……」


「ええ。ですので防音設備もしっかりしてますし、多少部屋を散らかしたりしても問題ない、そのまま寝てしまえる――と言った辺りの理由で、昨今では都市部を中心に流行っているとのコトで」


 らぶほてるで女子会。だからラブホ女子会、なんだってさ。


 六人でもまあ、狭苦しくはない程度の部屋に、大きなベッドと二人掛けのソファとテーブルが一つずつ。お手洗いにお風呂まで付いて、確かに一、二泊する分には十分に思える。台所がないけど、今日は途中で食べ物とかお酒とか買ってきてるし。


 寮のベッドよりもさらにぽよんぽよんでシーツもさらさら。遠慮なく腰かけて、アーシャと二人で感触を楽しむ。


 その間にアリサさんが、買ってきたお酒をテーブルに出していく。先生は部屋の入り口で固まったまま。マニさんとレヴィアさんは、少し迷ったあとにわたしたちとは反対側からベッドのふちに座り込んだ。


「ちゃんと風呂場はガラス張りではない部屋にしておきましたのでっ。シャワーを浴びたければどうぞっ!」


「い、いえ……」


 アリサさんがまた何か(多分余計なことを)言って、先生はもうろくに言葉を発せてすらいない。アリサさん、すんごい楽しそう。一応、後を付けてくるような輩はいなかったみたいだけど……本来の目的、忘れてないよね?


 そんな意図を込めて視線を向ければ、分かったのか分かってないのか、アリサさんはにこにこしたままテーブルの上のお酒を持ってくる。


「ご主人様と奥方様は、最初は弱めのやつにしておきましょうか」


「お任せでー」


「マニさんはどうされます?」


「……ストロングな、ロング缶を……」


「はいどうぞ。レヴィアさんは?」


「ワインを、赤い方」


「面倒ですしボトルのままで良いですよね?」


「女子会じゃなかったのか……?」


「先生はどうされます?」


「…………」


「先生?アトナリア先生ー?」


「――ぁっ、は、はい。では、弱めのものを」


「はいどうぞっ。ささ先生、おかけになって」


 缶ちゅーはいを手渡しつつ、ごく自然にアトナリア先生をソファの奥側に誘導するアリサさん。隣に座って出入口方面を抑えつつ、本人も一本、手近にあったものを見もせずに手に取る。さては酔えれば何でもいい人だな?


 この缶飲料ってやつも、山奥じゃたまにお目にかかれるかどうかの貴重品だったけど。こういう場でお酒が好まれるのは、都会も霊峰も変わらないなぁって。


「それではぁっ、ご主人様の『魔術座学基礎』修了と、我々の今後益々の交流を祝しましてっ!女子会を、始めようではありませんかっ!!」


 都会暮らしですっかり慣れたかしゅっという開栓の音と、勝手に未来のことまで祝しているアリサさんの音頭で、何となく始まった感じがした。


「…………っ、…………っ、…………っはぁ!!」


 マニさん、もの凄く勢いよく飲んでる。腰に手を当てて、まるで天を仰ぎ見るように。それでも目元は前髪が掛かったまま。


「……お前、いつか本当に死ぬぞ」


「……その時は、一緒だね……」


「勘弁してくれ……」


 溜め息を付きながらレヴィアさんもわいんに口を付けていて、何となく二人とも、折に付けああやって飲んでるんだろうなぁっていうのが分かる。

 んで、わたしはあんまりお酒に強くないから、少しずつ少しずつ。少しの炭酸と薄いぶどうっぽい味で飲みやすい。アーシャも、わたしのと似たような柄の缶をあおっているけど。


「……これ、薄いわね」


「アーシャには物足りないかもねぇ」


 母様と張り合えるぐらいには酒豪なアーシャには合わないみたい。王都に来てからはお酒なんて全く飲んでいなかったし、なおのこと物足りないのかも。


「それはわたしが貰うから、もっと強いの開けたら?」


「ありがとう、そうするわ」


 わたしに缶を渡して、アーシャはベッドから降りテーブルの方へ。

 両手に酒だぜーがははー。


「……アーシャさんも、ストロングに行きましょう……」


 ベッドの端から聞こえてきた声に、頷くこともしないまま。でも手に取ったのは、マニさんが持っているやつと同じ銘柄のもの。

 戻ってきて隣に腰かければ、柔らかベッドはずぅーって沈んで、わたしとアーシャの肩をくっ付けた。さっきのよりも長い缶が開く音。視界の端で、白い喉元がこくりこくりと蠢く。


「――粗悪でアルコール臭い、いかにも悪酔いする為の代物ね」


 ちょっと眉間にしわを寄せて、でもそのわりに結構ぐびぐび飲んでる。気に入ったっぽい。


「これ、イノリは飲まない方が良いわ」


「はーい」


 お酒にこだわりなんて無いから、アーシャの言うことは素直に従っておこう。


「……慣れていない人に、とっては……劇薬ですからね……」


「お前はその劇薬をあおりまくっている訳なんだが」


「……劇薬とは即ち……劇的にキく、薬……」


「薬には適量というものがあるのを知らんのか」


 みたいな会話を、ベッド組の四人でしている間にも、アリサさんは甲斐甲斐しくテーブルのせ、せー……


「セッティング」


 そうそれ、セッティングを再開していた。


「出来合いですが、おつまみから割としっかりしたモノまで揃えてますのでっ。何なら、足りなければ出前も取れますのでっ!」


 お酒は一部冷蔵庫にしまって、空いたスペースに食べ物をどんどん並べていく。まるでお給仕さんみたいだぁ。


「……では僭越ながら、わたくしめが……」


 そうするとまぁ、お酒が回ってきたのか少し楽しげなマニさんが、ベッドから立ち上がって。食べ物を適当に……うん、本当に目に付いたものを適当に取ってる感じで、紙皿を二つ山盛りにして持ってきた。全体的に茶色い。油っ、って感じ。


「……豆、豆を食べる」


 ベッドの上に皿を置くなんて、なんだか悪いことをしているみたいで、少し楽しい。数少ない緑色要因な枝豆を食べ……ようとして、両手がお酒で塞がってるのを思い出し。その時にはもう、アーシャが口の前まで持ってきてくれていた。


「ありがと」


 お礼を言って、さやの半分に食いついて。一粒貰ってから口を離す。残りの半分に入っていたもう一粒は、当然アーシャの口の中に収まった。


「……私たちも、やろう……!」


「やるわけないだろ……止めろ馬鹿、フライドチキンを咥えるなみっともないっ」


「いやぁ良いですねぇ眼福ですねぇっ!先生もそうは思いませんかっ!?」


「いえ、あの……」


 先生がずっとしどろもどろなのには、きっと一つならず理由があるんだろうけど。こちらもあちらも、それを切り出すにはまだ、少し早いような気がした。

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