第62話 強引
試験までの最後の一週間、アトナリア先生からの補習の打診はなかった。こちらからも何か言うこともなく、久しぶりに先生とのおしゃべりがない少しの期間。
それを経て迎えた『魔術座学基礎』の修了考査は、まあ……合格の基準は間違えなく越えただろうという自負がある。アーシャやアリサさんなんかはもう、言わずもがな。
……ちなみに、魔術座学以外にもいくつか、基礎座学系の修了考査があったんだけど。たぶん……いや、ほとんど……うん、ほとんどが駄目だったと思う。結局、わたしが多少なりとも真面目に話を聞くようになったのは、アトナリア先生の受け持つ講義だけだったし。
ま、まあ要は『学院』に籍を残せさえすれば良いわけだし、『魔術座学基礎』以外は些事も些事だ。なんて、真面目に講義に取り組んでる生徒さんや先生が聞いたら怒り狂いそうなことを思いながら、今わたしはアトナリア先生の研究室の前にいる。
なんと言ったか――『打ち上げという名の女子会』計画――そうそれ、このふざけているとしか思えない名前の作戦を遂行すべく、先生をお誘いしようというわけだ。
「――すみません、アトナリア先生。今お時間よろしいでしょうか?」
今回は立案者であるアリサさんが、矢面に立って戸を叩く。少し畏まった口調……のわりに柔らかい声音という不思議な雰囲気で、扉越しに呼びかける。この時間ならまあ研究室に居るだろうって、これまでの交流のお陰で目星も付いているわけで。案の定少しの物音のあと、扉を開けて先生が顔を覗かせた。
「――アリサさん。イノリさん、アーシャさんも。どうかされましたか?」
一見いつも通りな、だけどやっぱり、こちらを見る目付きが以前とは違うアトナリア先生。眼鏡越しに紅い瞳が少し揺れ動いていた。
「先生、アトナリア先生っ。先の修了考査、ご主人様の成長のほどは良く良くご理解頂けたかと存じますがっ!」
一方こちらのメイド忍者、テンションの乱高下ぶりといい慇懃な物言いといい、まあいかにもいつも通りのアリサ・アイネといったところ。
「えっと……まだ、あまり大きな声では言えませんが……そうですね、しっかりと点数は取れていました」
先生の小さな声にも、わたしを差し置いて得意げなどや顔を晒している。腰に手を当てふんぞり返った従者らしからぬぽーずで、大きく頷いて。わたしの小さな功績を出汁に、作戦開始。
「であればっ。ご主人様の成長を祝し!そしてその立役者たるアトナリア先生へ感謝の念を伝うべく!慰労会の一つでも開こうではありませんか!」
ばばーんっ、なんて聞こえてきそうなくらいに胸を張って。先生を『学院』の外に連れ出すための言葉を投げかけるアリサさん。
王都のどこか、学院側の横やりが入りにくい場所で腹を割って話す。そのための口実として、打ち上げだか女子会だかをしようって作戦。らしい。
「い、慰労会?突然そんなことを言われても――」
案の定、アトナリア先生は困惑している。
でもこちらとしては、この誘いにアトナリア先生を乗せるところまでは確定事項だ。絶対に了承させるって、アリサさんが豪語してたし。最初の要点は、これを受けて先生――ひいては学院側がどう動くか。
もし、『学院』の刺客やら増援やらが付いてくるようなら、その時点でアトナリア先生が『騒動』に深く関わっている可能性が高くなる。そうでなくとも、そいつらを絞め上げて情報を得るちゃんすになる。王都の街中まで尾行、待ち伏せされるようであれば間違いなく感知できるって、アリサさんが自信満々に言っていたし。
そういった手合いがいなければ、アトナリア先生が白寄りな可能性が高まるし、黒なら黒で邪魔されずに吐かせられるって寸法。らしい。そう上手く行くものか……なんて、わたしには成否どちらの所感も口にしかねるけど。だって分かんないし。だから信じるのみ。
……なんだけど。
「――んあぁ仰らないでっ。そうですよね慰労会じゃちょっとお堅いですよねワタシ達とアトナリア先生の仲ですからね!そうこれは言うならば打ち上げ!を、兼ねた女子会!!」
「じょ、女子会??いえ、ですからそんな――」
「女子会!!しましょう!!!!」
「えぇっと……」
「いいじゃないですかぁっ、行きましょうよぉ~っ!」
あんまりにも自信満々だったから、どんな風に先生を懐柔するのかと思っていたら。ただひたすらに直球かつ強引に誘っているだけだった。
アトナリア先生はずっと、困ったように視線を左右に揺らしている。急で驚いている、都合が付かない……って言うだけにしては、少し目の動きが怪しいけど。
「いえ、その、急な話ですし……そもそも教師と生徒がこう、一緒になって遊び歩くというのは如何なものかと……」
「そんな、未成年の通う学校じゃないんですからっ。お堅いコトは言いっこなしですって!」
いかにもお堅い教師って感じのアトナリア先生にそう言ってのけるアリサさんの豪胆さよ。いやまあ、先生も話してみれば良い人だって、わたしたちは知ってるけども。だからこそこうやって、仲良くなったことを盾に強気に出ているのかもしれない。うん、やっぱり豪胆だね。
――っと、おぉ。
アリサさん、先生の手を掴んだ。両手でがしっと。包み込むみたいに……って言うにはちょっと、勢いがあり過ぎるかなぁ。
「『魔術座学基礎』を修了しても、アトナリア先生とは今まで通り――いえ、今までよりももっと交流を深めて行きたいんですよっ!是非に、是非にっ!!」
思いっきり顔を寄せて、目線を逃がさないように。あれじゃあいくら揺れていたとしても、先生の視界には否応なしにアリサさんの顔だけが映る形になるはず。やったら自信満々な表情だけが。
「……えぇっと……」
「はいっ」
「……その……」
「はいっ!」
「……ですから……」
「はいっ!!」
「…………」
「…………!!!」
無言ですらうるさい。
という野暮は言わないでおく。アーシャは早くも(この女を信じたの、間違いだったかしら……?)って顔をしてた。
まあ、まあ。それでも、至近距離からのアリサさんの圧は結構なものだったらしく。
わたしとアーシャが後ろから見守ることしばらく……
「…………分かりました、参加しましょう。じょ、女子会……」
やがて観念したように、先生が小さく首を縦に振った。
女子会っていうとき、何故だかちょっと恥ずかしそうにしてる。
「――さっすが先生っ話が分かるお方っ!ではではご都合よろしい日にちなどは?ああそうだ良い機会ですし連絡先交換しておきましょう空いてる日を今日中に知らせて頂ければ大丈夫ですのでイヤぁ楽しみですねぇ!ねぇ、ご主人様っ!奥方様っ!」
「そうだねぇ」
やっと喋れた。ずーっとアリサさんが喋り倒してたからね。見てよ、アーシャなんかもう妖精さんと戯れてるよ。
「イノリさん、その……このアリサさんの熱量は一体……?」
「先生ともっと仲良くなりたいそうです。わたしも、感謝してますし」
楽しそうに通信機を取り出して、終始押されっぱなしな先生と連絡先のやり取りをするアリサさん。その背中越しに見えるアトナリア先生がどんな立ち位置に居るのか。どこまで知っているのか。
それを明らかにする第一歩が、こんな雰囲気で良いのだろうかと思わないでもないような。でも何だかんだ誘い出すことに成功した辺り、これもまたアリサさんの手腕と言うべきか。
まあ、なんにせよ。
女子会、開催決定。
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