第61話 前進


 六度目の『騒動』を経てこっちの方針が定まった……ていうのはまぁ、良かったんだけど。


 定まったのは方針だけで、心情は変わっても現状が大きく変化したわけじゃない。首謀者を抑えるに足る材料を何も得られていないという点はそのまんまなわけだし。

 だからまだ、イチ学生の振りは続けなくちゃいけないし。学生をするからには逃れられないこともある。


 ……座学の試験、だとか。


「――恐らく皆さんが待ちかねているだろう夏季休暇が近づいてきました……が、当然ながらその前に、当講義では修了考査が行われます」


 前回の補習は結局うやむやになってしまって、そのまま数日と経たないうちに、今は『魔術座学基礎』本講義の真っ最中。来週には試験をやって夏季休暇ってことで、アトナリア先生も冒頭からその話をしている。


「正直に言うと、修了認定を受けるだけならば、そこまで好成績を収める必要はありません。ですが、この講義で学んだ事を自身の糧と出来ているか、その度合いを自覚する事は非常に重要と言えるでしょう。皆さんしっかりと、試験に備えるように。では今日は――」


 凛と響くその声は、先日生徒の遺体を目の当たりにした時の硬質な声とは似て非なるもので。あんなことがあってもしっかりと講義をこなす先生の姿は、少なくとも表向きは平静そのものだ。


 対してわたしの方は。心の中に灯ってしまった焦燥感が、確実に集中を妨げているけど。


 今だって、教卓ではアトナリア先生が、わざわざ試験の為に『魔術座学基礎』全体の振り返り講義をしてくれているっていうのに。その顔を見て思い浮かぶのは、この前の聴取の時の一幕。


 理事長さんは、わたしを連れてきたアトナリア先生を退室させた。それは別に、何もおかしいことじゃないはず。「後はわたくしが」って言葉をそのまま受け取ったって、どこも不自然なところはない。

 言われた方の先生が、一瞬だけ見せた逡巡だって。単に、目を掛けているわたしを心配してのものだって考えるのが、自然なはず。


 普通に、普通に考えれば。アトナリア先生は今回の件に深く関われていない。



 『学院』が種々の『騒動』を引き起こし、そして隠蔽しているのだとすれば。それができるのは『学院』の上層部だと考えるのが自然なはず……とはアリサさんの弁で。ざっくり言うと理事長さんが怪しいって話。


 その理事長さんとは違う意図が見え隠れしているアトナリア先生は、神様カミを冒涜するような所業には関わっていないのか。ただの良い先生として、警戒対象から外してしまって良いのか。


 それともやっぱり、教師や関係者全員を疑ってかかるべきなのか。こればっかりは、アリサさんも現状決めかねているらしい。


 できれば、無関係であって欲しい。


 だけども。

 先生を見る生徒たちのうちの一人……でしかないはずのわたしに、当のアトナリア先生は時折、探るような視線を向けてくる。アリサさんがそれとなく合図を送ってくるし、アーシャも机の下でわたしの腕を撫でているから、きっと気のせいじゃないんだろう。


 その目付きの意図は何なのか。

 わたしたちを疑っているのだろうか。何を、どこまで、どういう風に。


 アリサさん(の推測)を信じた結果生まれた……と言っても良いかもしれない、新たな疑念。けれども。またいつまでも、うじうじと頭を悩ませていてもことは進まない。少なくともそれは、先の『騒動』で得られた教訓だから。


 やることを、定める。


 手を掴むアーシャの指を捉えて、わたしの指を絡める。

 握って、撫でて、指の腹を擦り付け合って。


 気持ちの面、血族の者として。

 したいこと、しなければならないことは、アーシャと二人でこうして決める。


 それを成すための方法は、信用できるメイドさんに相談しようと思う。

 ひとまず講義が終わってから、ね。




 ◆ ◆ ◆




「――腹を割って話して、こちら側に引きずり込みましょう」


 もの凄く積極的な案を出された。


「……それ、大丈夫なの?」


「――と、いう体で真意を暴こうという話です」


「……それ、大丈夫なのかしら?」


「何ですか、信用してくれたんじゃなかったんですかっ!?」


「はいはい」


 わたしとアーシャの部屋、おいおいとわざとらしく泣き声を上げるアリサさんを二人して見つめる。そういうのはいいからって視線で促せば、一応ほんとに流れていた涙は一瞬で引っ込んで、代わりににやぁっと怪しげないつもの笑みが浮かんできた。


「……ご主人様の話を鑑みるに、考えられるパターンは3つほどあります」


 理事長さんが黒だという仮定を置いて。


 一つ目、アトナリア先生は『騒動』とは無関係である。


 二つ目、アトナリア先生は『騒動』について何か知っているが、身動きが取れない状況にある


 三つ目、アトナリア先生は『騒動』に深く関わっており、わたしたちの動向を監視している


 ……って、指折り数えながらのアリサさんの言葉。一番あって欲しくないのは、もちろん。


「……動向を監視、ねぇ」


「有り得ない話ではないかと。『魔術座学基礎』の補習――即ちイノリさんとの接点を増やすような働きかけをしてきたのは向こうからですし、その後から妙な・・『騒動』が起こり始めています」


 向こう側が何か新しい――こう言うのは凄く不快だけど――実験やらを始めて。それに合わせてわたしたちの様子を密かに伺っていた……という可能性。


「先程の講義で殊更探るような目で見ていたのは、六度目の騒動の際にご主人様の様子がおかしかったから」


「……わたしたちが疑ってる、って言うのがバレてるってこと?」


「そのパターンも無くはない……の、ですが。だとしたら、先のアトナリア先生の目付きは露骨過ぎます。アレでは、気付いてますと言っているようなモノですからね」


 確かに。わたしにすら「なんか変」って分かるような真似を、向こうさんが軽々にするとは思えない。


「ですので個人的には、一つ目か二つ目のパターンかと。その上で、我々が何らかの形で『騒動』に関与していると勘付いた……という線ですね」


 その場合は、『騒動』を忌んでいる素振りに嘘はないと見て良いはずだから。協力者として引き込むか、そうでなくともわたしたちの邪魔をしないように言い含めれば良い。

 最悪三つ目だった場合はもっと簡単で、尻尾を出させてから吐かせ・・・れば良い。


 ……っていう案、らしい。


「……けっこう大胆だね」


 話を進めて、改めてそう思う。

 全容の見えない向こうさんを相手取るのは難しいけど、アトナリア先生一人なら何とかできるってことだろうか。


「これ以上の足踏みはしていられない、との事でしたので」


 確かにそう言ったけれども。

 しかしここまで(本人曰く)慎重に立ち回っていたらしいアリサさんがこんな提案をしてくるだなんて、何とも健気な忠臣っぷり。と、言って良いものか。


「……イノリ」


「うん」


 まあ、何にせよ目的は定まってる。

 だから、信用すると決めたのなら。とことんまで利用しんようしてやろうじゃないか。ほら、あれあれ、上に立つ者の器量?ってやつ。分かんないけど。


「……んで、腹を割ってって言うけど、具体的にはどうするの?」


 『学院』の目の届かず、かつ、万が一アトナリア先生が黒だった場合に助けを呼ばれない状況をどうやって作るのか。しかも、これまた確証の無い疑惑段階なんだから、無理やりひっ捕らえるっていうのもよろしくない。


「……ふっふっふっ――」


 卓を挟んだ向こう側、わたしとアーシャの視線を受けて。アリサさんは待ってましたとばかりに、もう一度怪しい笑みを浮かべている。


「――『打ち上げという名の女子会』計画、これで行きましょう!」


 言っていることの意味が、全く分からなかった。

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