第60話 信用
「――さて。お二人が自ずから気付いたのであれば、ワタシの暗躍もここまでというわけです」
自分で言っておきながら、アリサさんは肩をすくめて笑う。
「出来れば証拠を手に入れて、アイツが黒幕ですぶっ殺しましょう!!って大手を振って言いたかったんですがねぇ」
「真面目だねぇ」
や、根が真面目じゃなきゃこんな仕事できないだろうけど。
「月並みですが、信頼を得るには実績を積むのが一番ですから。ワタシはワタシが優秀である事を知っていますが、お二人はそうではありません」
「……どうだろうねぇ」
もちろん、アリサさんの能力の全てを知っているわけじゃない。本人が小出しにしてる節があるし。それでも、わたしたちはこの人の実力を認めてるって、レヴィアさんから指摘されて否応なしに自覚させられた。
普段の言動とかもあるけど、でも一番はやっぱり。
「――
アーシャの言う「それなり」は、「結構」とか「かなり」って意味。
アーシャは、指令書に記された言葉が読めないから。同じ条件のアリサさんが、あまつさえお上から直接情報を盗んできただなんて、結構な衝撃だったはず。
顔はいつも通りの仏頂面だけど、褒めてるのは間違いない。聞いてる方の三人はびっくりしてるけど。
「ドヤァッ……!と、言いたい所ですが……正直な話、結構杜撰でしたよ?せっかく 絶対に破られない
あれは年月を経て牙が抜かれちゃってますね、と続けるアリサさんだけど、それでもわたしたちにとってはずっと『得体の知れない秘密主義な上層部』だったわけで。
別にお上の秘密を暴こうだとか、一生懸命反抗しようとかってつもりはない。でも単純に、この功績がアリサさん――の能力――への信頼に繋がっている。だから。
「それでも、あなたがことを成したのには変わらない」
「嬉しいことを言ってくれますねぇ」
「…………」
「…………」
少しの沈黙が、わたしとアリサさんのあいだを通って。
代わりにと言ってはなんだけど、レヴィアさんが再び声を上げた。
「……ちょっと待て。二つほど合点が行かない事がある」
「ほう」
眉間にしわを寄せたレヴィアさんとは対照的に、アリサさんはごくごく自然体。視線だけをそちらに向けて、発言を促す。わたしもアーシャも、アリサさんも。
「一つは、秘匿された組織である神霊庁すら出し抜く実力が有るにも拘らず、『学院』が黒だという証拠は掴めていない点」
「ふむ」
「二つ目は……そもそも、騒動の解決を依頼したのは『学院』の方だろう。何故、自分達の悪行が暴かれかねない真似をする必要がある?」
「……ひよっこのくせに良い所を突いてくるじゃないですか」
もっとも……どころか、この場で一番真っ当なことを言っているんじゃないだろうか、レヴィアさん。
確かに『学院』が黒幕だとするならば、わたしたちを呼んだ理由が分からない。証拠もなければ理屈も合わない――となれば確かに、アリサさんが言っていることはただの妄想だって考える方が自然ですらある。
現状、わたし自身が『学院』を疑っているというよりかは、アリサさんが疑っているから疑わざるを得ないって感じだし。
「そうですねぇ……」
だから、わざとらしく首を傾げながらこぼしたその言葉も、きっと根拠はないんだろう。
「……例えば、対となる存在を用意して実験を更に進めたかったとか……或いは、不要になった
根拠はないと、分かっていても。
「……アリサさん、またわたしたちを操ろうとしてる?」
そんなことを言われて、霊峰の血が騒めかないはずがない。
「いえいえそんな、滅相もない」
いや。
さっきからずっと、わたしの中の血は不快だって騒いでる。
泡立って、煮えたぎって、しばらく思考がまとまらなかったくらいに。
人がカミを……という時点で薄々漂ってはいたけれど、今回ではっきりと感じ取れてしまった。黒幕は
敬意も畏れも抱いていないどころか、自分たちの方が上だと勘違いしている。
思い上がりも甚だしい。
「状況的に『学院』が疑わしいことは間違いありません。あちらさんがお二人を呼んだ理由も、ここの理念や方針を鑑みれば、あながち的外れな予想でもないと思っていますよ。その上で、文書にしろ口頭でのやり取りにしろ、証拠となるものは何一つ掴めていません」
一切臆することなく言ってのけるアリサさん。すごい自信だ。普通、証拠が全く出てこないんだったら考えを変えそうなものだけど。それでも妄言だと切って捨てられないのは、わたしが、彼女の能力を信頼しているからなのか。それとも、憤りで視野が狭まっているからか。
「相手はかなりの慎重派。外部からの察知が非常に難しい連絡手段を有しており。そして何より、神霊庁の想定以上にカミを利用する
想定以上というか、想定外だけど。
けれども「アリサさんがそう言っている」という以外に根拠のないその所感は、何となしに理事長さんの顔を想起させる。
ここで踏み出さなければ、ずっと停滞したまま。
わたしとアーシャは、変わり映えのない日々が好きだけど。
流石にもう、面倒だ何だとは言っていられなくなったから。
「……少なくとも、首謀者が
私情と言えば私情だけど、血族の総意と言えば総意だ。
故に、最早これ以上の足踏みは望ましくない。確実に事を為さなければ。
だから、ここではっきりと明言する。
「――アリサさん。わたしとアーシャは、ひとまずあなたを信じることにする。あなたの能力を。あなたの言葉を」
うやむやにしてきた、アリサさんとの関係を。
「……ひとまず、ですか」
ひとまず、ね。
「うん」
「つまり、ワタシの読みが当たっていて、この騒動を無事に解決できたらならば、その時は――」
「あなたを正式に、神伐局に招き入れたい」
落としどころとしては、まあ、こんなところだろう。
言うなればお試し期間、みたいな。
そして、わたしたち霊峰の血族は、此度の黒幕を絶対に断ずると決定した。
その為に信用する。それがどういう意味か、アリサさんが分からないはずもない。
「――フフフ……であれば、これはもう実質内定と言っても差し支えないでしょう。何故ならこのワタシ、アリサ・アイネは当代最優のメイド忍者ですからねぇ!」
「そうだと良いねぇ」
「まあ、期待はしておくわ」
もう一度、にやりと笑うアリサさん。
これが味方だと思えばまあ、頼もしいし。出来ることなら味方のままであって欲しい。
「ってわけで、なるべく早く片を付けたい……少なくとも、証拠を掴みたいわけなんだけど」
「本当に『学院』を容疑者として扱うんだな……いや、なんにせよわたしに逆らう自由なんて無いんだが」
「レヴィアさんも分かってきたねぇ」
流石に、今すぐ殴り込みに行ったりはしないけど。アリサさんの予想を前提に、確証を見つけに行く形で動いていく。
「いっその事、理事長辺りを
「さっ……すがに証拠ナシでの拷問はお勧めしかねますね……万が一無実だった場合、こちらの大義にケチが付いてしまいます」
「だよね……っていうか、それが許されるならアリサさんがとっくにやってるか」
「ですです。絞めても良さそうな、分かりやすい悪党でもいれば助かるんですが」
「その分かりやすい人たちは、向こうが先に口封じしちゃうからねぇ」
「ままならないわね」
「ねー。レヴィアさんはどう思う?」
「……いや、全体的に会話が物騒なんだが……」
引き攣った笑みを浮かべるレヴィアさんもしっかり輪の中に入れつつ、わたしたちはそれからもしばらく意見を交換していった。腹を割って、ってやつ。
喉のつかえが取れたみたいに、今までより気兼ねなく話すことができた。気がする。
あと、マニさんはいつのまにか寝てた。レヴィアさんを抱き枕にして。
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