第59話 疑惑
それから私たちは、そのまま中央棟内の面談室……のようなところに通された。全員ばらばらで。到着するまでに身振りや目配せでやり取りしてみたけど、正直アーシャ以外とは上手く意思疎通できた自信がない。
こういうところで、交流不足が響いてきた。
取った選択一つ一つを鑑みて、浅はかだったかと心も沈みかける。とはいえ、まさか命を奪ってまで口封じをするだなんて、正直思ってもみなかったからなぁ……
何だかんだやっぱりわたしは、そういうところに考えが至らないようだ。
「――さて」
テーブルを挟んで対面する人物――理事長さんの一声で、沈んでいた意識が浮上する。視界の端には、わたしをここまで連れてきたアトナリア先生が佇んでいた。
「アトナリア先生、ご苦労様でした。後はわたくしが」
「……はい。失礼します」
アトナリア先生を退席させた意味も、先生が一瞬見せた逡巡も、今は頭の片隅に置いておくに留める。扉が閉まり、二人きりになったと同時に、理事長さんの表情がふっと和らいだ。
「――イノリさん。まずは対応の方、ありがとうございます。今回は予期せぬ不慮が起きてはしまいましたが、お陰様で周囲への被害は最小限に留められたと考えています」
「……いえ。力及ばず、残念です」
「……あの三人は、心が痛む結末になってしまいました。例え許されざるモノに魂を売ってしまったのだとしても……やはり生徒の命が失われるのは、悲しいものです」
「……はい」
わたしの口数がいつも以上に少ないのをどう捉えたのか、理事長さんは殊更に優しげな声音で言葉を続ける。
「あの場に居合わせていた生徒の何名かからは、既に簡単な聴取を済ませています。貴方達が無力化した後に、独りでに苦しみだしたのだと。よほど巧妙な偽装を施していない限り、少なくとも貴方達が手を下したかどうかを調べることくらいはできます。そして教師陣が現場に駆け付けるまでの僅かな時間に、妙な事ができるとは考えにくい」
わたしを疑っていない。そんな意味合いの話を、つらつらと述べていく。
恐らく、『騒動』解決の協力者として余計な不和を生まない為に。
「ですのでこれは……聴取というよりも、いつも通りの報告。そのつもりで、安心して頂ければ」
……信じ過ぎだ。納得するのが早過ぎる。まるで「わたしを疑う必要はない」という結論ありきで考えている――真実を知っているかのように。
なんて考えてしまうのは、わたしの疑い過ぎなのかもしれない。さっきから思考が落ち着かない。顔に出さないように堪えるだけで精一杯だ。
「……ありがとう、ございます」
なんとか、俯きがちに捻り出した一言。
それに小さく頷いた理事長さんは、本人の言葉通り、いつも通りの雰囲気で報告を求めた。
「では、心労もあるとは思いますが……接触時の三人の様子から――」
そうしてあとは、本当にいつものように情報を渡していくだけ。いつもと違うのは、場所が理事長室じゃない事と、わたしの頭の中と。それから、アーシャとアリサさんがいないことくらいだった。
◆ ◆ ◆
「――どうやらお気付きになられたようですね。†世界の真実†に」
「なんか、言い方が鼻に付く」
聴取を受け終えたわたしたちは、揃ってわたしとアーシャの部屋へ。にやりと怪しげな笑みを浮かべているアリサさんも、困惑した様子のマニさんとレヴィアさんも。
「なんだ、何か面倒な事態にでもなったのか?」
「なったというか、なっていたことに気付いたというか……」
その話をする前に、一先ず全員の聴取内容を確認しておかなきゃ。例によってテーブル四面をわたしとアーシャ、アリサさん、マニさんとレヴィアさん、空座の組み合わせで囲みながら。
「わたしは相手が理事長さんだったから、いつもの報告と同じだったよ」
心境的には全然同じじゃないんだけど、伝えた内容って意味ではそうだから。今はひとまずそれだけ告げる。
「私は……友人である貴女達から連絡を受けて加勢に駆け付けた、と」
「ワタシも同じく」
「……そうでしたか、良かった……私は偶然その場に居合わせて、鎮圧を試みつつ……イノリさんたちに助けを求めた、と……」
「わたしもマニと同じようなものだな」
良かった、全員の辻褄は合ってる。
なんでわざわざわたしとアーシャを、って部分が引っかかりそうではあるけど……相手が強かったから、知ってる中で一番頼りになる友達を呼んだって感じで納得してもらえたみたい。
「……思ったより、考えを共有できてたみたいだね」
「それは勿論、このワタシが部下共をしっかり躾けておりますのでねっ!」
自信満々に言うアリサさんだけど、当のマニさんレヴィアさんは首を傾げてる。わたしの知らないところでの交流が一体どんな風に行われてるのか、そこもまあ、おいおい聞いていこう。
「じゃあ、話を戻すけど」
大事なのはここから。アーシャに背中を預けながら、アリサさんを見据える。
「アリサさん」
「はい」
「わたしたちのこと、それとなく操ってた?」
なんと表現すべきか悩んだけれど、まあ、これで伝わるだろう。案の定アリサさんは頷いて見せる。いつも通りの語り口で。
「まあ、悪く言うとそんな感じですねぇ」
「……じゃあ、良く言うと?」
「ワタシ的には、導いていたつもりなのですが」
そのわりには悪い顔……いや、わざとらしく作ったあくどい笑みを浮かべているけれども。
「……何の話をしているのか、さっぱり分からんな」
「ごめん。もう少しはっきりしたら、ちゃんと説明するから」
「……難しい話は、苦手なので……どうぞ、お構いなく……」
マニさんたちはちょっとのあいだ蚊帳の外になっちゃうけど、はっきりさせないと説明ができないというか。アリサさん自身の口からはっきりさせて欲しいというか。
「別に、教えてくれても良かったんじゃない?なんで黙ってたの?」
本人曰く、導いていた。つまりどちらにしろ、わたしたちが「そうと気付かないように」思考と行動方針を誘導していたのは間違いないわけだ。まあ、気付けなかったわたしたちが愚かだったんだけど。
「まあ、そうですねぇ……一番の理由は、お二人共嘘や騙し合いが下手だから、ですかね」
「……それを言われると弱いなぁ」
「……そうね」
アーシャと揃って、溜め息を一つ。
正直、納得はできる言い分だ。アリサさんが味方だとするなら。
「……じゃあ、次。なんで怪しいと思ってたの?」
「……実のところ、まだ確たる証拠はないんですよ。ただですね、そもそも情報が統制され過ぎてるんです。三十余年もの間『学院』では外法の噂が流れ、実際に事が起きているにも拘らずその実態は全く掴めないまま。対応してるのが余程の無能揃いか、或いは
証拠ないんかい。
「そこも話せなかった理由の一つですねぇ。証拠も無いのにお二人があちらさんを疑り深い目で見てたら、白だろうと黒だろうと動き辛くなることは間違いないですから」
「うんまあ、そうだけどさぁ……」
言い分としては分かる。疑っている理由も、わたしとアーシャに話せなかった理由も。だからこれはアリサさんに怒っているわけじゃなくて……こう、自分の不甲斐なさにしょっくを受けている感覚に近い。
「……ちょっと待て。何だ、まさか『
わたしたちの勿体ぶった会話からでも、レヴィアさんはすぐにそれを察してくれた。わたしの脳みそがレヴィアさんくらいあったら、もっと早く気付けたんだろうなぁ。
「その可能性がある、という話よ。そしてその事にこのメイドだけが思い至り、けれども黙っていた」
「理由は今話した通り、わたしたちが隠しごと苦手だから」
気付くきっかけはふとしたものだったけれど。それはつまり、多分色んな所に小さな不自然さなんかが転がっていたってことだと思う。今の今まで見逃してたってだけで。
「……お前ら、本当に上司部下の関係なのか?」
「残念ながらまだ(仮)ですっ!残念ながらねぇ!!!」
レヴィアさんの呆れ顔も、今日ばっかりは胸に刺さる。それに、(仮)だというのなら、『学院』への疑念もあくまで(仮)だ。極論、アリサさんが勝手に言ってるだけ。どっちもね。
だからそろそろ、ここらではっきりさせておきたい。
学院側が裏で、此度の『騒動』の糸を引いている。
確証の無いその可能性を信じるかどうかっていうのは、つまりそのまま。
アリサさんを信じるかどうか、って話になってくるから。
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