第58話 転換


 黒く淀んだ影たちは、宿主が息絶えるのと同時に、引きずられるようにして消えて行った。それが見えたのはきっと、わたしとアーシャだけだけど。

 事象だけ見れば、わたしが祓った時と同じ。けれども、はたしてカミは安らかに逝けたのか。そればっかりはわたしにも分からなくて、少しだけ歯痒かった。


 茫然としていられたのはほんの一瞬で、すぐにもアリサさんから声がかかる。


「……一応、聞いておきたいのですが。かの存在……カミが、人間をこのように殺めることは……」


「ない。あり得ないよ」


 神様は直接人の命を奪うような真似はしない。それはカミに堕ちたとしても同じこと。悪しきカミは人に大きな悪影響を与えるけど、それはどちらかというと、人の側が耐えられていないって感じで。神様は基本、人類のことが大好きだから。


 問いも答えも、すでにアーシャの魔法でわたしたちにしか聞こえないようになっている。その分周囲の、より一層大きくなっただろうどよめきも、分厚い壁を隔てたように聞こえてこない。


「……となると、ですが」


「うん」


「これは十中八九、裏で糸を引いている者の仕業でしょうね」


「口封じ」


「ええ。用が済んだら末端を切り捨てて情報を秘匿する。よくある話です」


 アリサさんは、肯定した。


「口封じが必要だって、分かってるんだ」


「ええ、恐らくは」


 口を封じる必要がある、黙らせないとまずい、そのことを黒幕は知ってるんだと。間違いなくそう言った。

 それはつまり、こんなことをしでかした輩が、血族わたしの存在を少なからず認識してるってこと。


 三人目の『騒動』やレヴィアさんの時には、カミ自身がわたしを探し求めているように思えた。落ちた自分自身を祓って欲しくて、それができるわたしへ近づこうとしているように。騒動全体が人為的なものである事とは別に、神様の意思として。実際、それも間違いではないんだと思う。


 だけども、今回で確定した。

 血族わたしを知り、それを踏まえて動いている存在がいるって。

 この学院内で霊峰の血族の知る人はほとんどいない。単純に、四月からこれまでの『騒動』で勘付いたか。或いは――


「魔法か魔術か遅効性の毒物か。できれば遺体を調べたいところですが――」


 わたしの思考を遮るように、アリサさんの言葉は続いて。さらにはその言葉すら遮るように、喧騒がわたしたちの耳に戻ってきた。

 アーシャが遮音の魔法を解いたみたい。なんでかって言うとまあ、こっちに走り寄って来る人影に気付いたからだと思う。


「イノリさん、アーシャさん!アリサさんも、どうしてここに――っ!」


 ほんとだったら今頃、補習を教わっていたはずのアトナリア先生の声。

 他の先生たちもちらほらと姿を見せ始めていて、多分この『騒動』が起きた際に急行するように言われてるんだろうなって。アトナリア先生なんかは、前も講義中断して対応してたし。


 いち早く駆け寄ってきたアトナリア先生は、三つの遺体を確認するや否や、静かに問いかけてきた。


「……イノリさん、これ・・は貴女達が?」


「いえ、鎮圧だけしようとしてたんですけど。急に苦しみだして、そのまま……」


 嘘は言っていない。

 だけども、僅かに喉を震わせた先生の姿に、どうにも座りの悪い心地にはなった。


「そうですか、怪我は……無いようですね。良かった……」


 少しのやり取りもしないうちに、他の先生たちもすぐにやってきて。一瞬驚いて、それからわたしたちを見る。反応としては誰も同じようなものだった。


「その、非常に心苦しいのですが……状況が状況ですので、皆さんへの聴取が必要になるかと思います」


「まあ、致し方なし……でしょうね」


 アリサさんの言葉に頷きながら、アーシャと少し目配せ。

 血族云々カミ云々を伏せつつ辻褄を合わせるには……って考えて、そこではたと気付く。

 引っかかることがいくつかあって、こう、喉のつかえが無視できなくなった、みたいな。


 遅すぎた、って言っても良いくらいだけど。



 ――そもそもなんで、ここまで学院側に隠し立てしようとしてるのか。理事長からの救援を断ってまで、何でわたしたちは、教師にさえ素性を隠そうとしてるのか。



 お上の意向?

 まあ確かに、存在を大っぴらにはするなと言われてるけど。


 アトナリア先生が怪しいから?

 これは現状証拠もなく、アリサさんの動向を見てて勝手に思ったことに過ぎない。言ってしまえばただの妄想だ。



 諸々の行動を取るにあたって、わたしたちは当たり前のように。

 理事長以外の教師陣に対してすら、潜入・隠蔽の意識を以って相対していた。


 どうしてだろう、と考える。

 一度疑問に思ってしまえば、濁流のように。整理しきれないはてながわたしの頭を掻き回す。


 まるで、自然とそうなるように誘導されていた気さえしてくる。


 『アトナリア先生と仲良し』計画。


 よくよく考えれば、別に協力関係を形成したって何の問題も無いはずなのに。なのにこの計画は、先生を懐柔して情報を「引き出す」ためのもので。

 はなっから疑ってかかるかのように、まるで先生たちを信じてはいけないと知っているかのように、わたしたちは敷かれた道を歩いていた。


 ちらりと、アリサさんを見やる。

 相も変わらず、何を考えているのか分からない。


 難しいことを考えるのは苦手だ。

 急にいろいろな可能性が提示されて、頭がこんがらがってしまいそう。


 だからこそ。


「――理事長と調整が付きました。イノリさん、アーシャさん、アリサさん。マニさん、レヴィアさんも。申し訳ありませんが、ご同行願います」


 アトナリア先生の声で思考を遮られたのは、むしろ丁度良かったのかもしれない。心苦しそうに言う先生の表情が本当のものであるのか、今のわたしには分からなかったけど。

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