第57話 六度目
六度目の騒動は、ちょうど六回目の補習に向かっていたその瞬間に起きた。
「――アーシャ」
「……大事になりそう、かしら」
「もしかしたら」
わたしの声音から読み取ってくれた通り。
今回は少し、騒ぎが大きくなるかもしれない。
「出ましたか」
アリサさんも察してわたしの隣、アーシャとは反対の方に並んで歩いている。すでに足の向かう先は、カミの気配が出現した方へ。補習をサボっちゃうことになるけど、一瞬だって逡巡は湧かなかった。それくらいに、大きな気配だったから。
「中央棟の入り口辺り、レヴィアさんほどじゃないけど……かなり深くまで適合してる」
「ほう」
「それが三人」
「ほうほうっ」
能天気に頷くアリサさんと違って、アーシャはコトの異様さに顔を顰めている。
強さで言ったらまだ、苦労するほどの相手じゃない。レヴィアさん以下だし。でも、このくらいの適合度だってそうそう出てくるものじゃないし、しかもそれが三人、今回もまたせーので計ったように全く同時に。明らかに異質だ。
気配の揺らぎ具合から見て、結構派手に暴れてるっぽいし。
「マニさん達を先行させますか?今回もあの子らの方が近いですが」
わたしの足はもうとっくに駆け足になっている。
ぴったり横に付いているアリサさんからの提案に、すぐには返事を返せなかった。
「…………」
恐らく一対一なら、マニさんが拮抗できるとは思う。でも相手の戦い方が分からないし、何より単純に頭数で負けてる。レヴィアさんは、身を守るくらいはできそうだけど……
「……我々が到着するまで、耐えられないと?」
「死にはしないと思うけど……まあ、勝ち目は薄いだろうねぇ」
わたしたちだってそう離れてるわけでもないし、足止めや防戦に徹すれば酷いことにはならないと思う。だけど、本人らにとって二回目のお仕事でこれは、なんというか、荷が重いんじゃないかなって。
そう逡巡していたら、アリサさんがすっと言葉を挟んできた。
「これは一つの進言に過ぎませんが。命までは取られないというのであれば、一度格上と戦わせておくのもアリかと」
さっきよりは真面目な顔をしていうものだから、こちらもしっかり耳を傾ける。
「その心は?」
「気を引き締めさせる、という意味合いもありますし……そもそも神伐局の創設は、人里でも散見されるようになった彼の者らの脅威に対抗する為、と理解しています」
「うん、確かそんな感じ」
「であれば状況に応じて、鎮圧は適わないながらも周辺への被害を抑える、という立ち回りも必要になってくる可能性があるかと」
「……確かに」
言われてみれば、それはそうだ。
人里でカミが暴れ出すってことは、そのまま人里へに大きな被害が出ることに直結するわけで。そんなこと分かっていたつもりでも、やっぱり今までの「最終的に倒して祓えば終わり」って考え方が染みついてしまっている。正直、霊峰にいた頃は被害を抑えるとかあんまり考えなくて良かったからなぁ……
「……一理あるわね。勝てない相手でも、私達が来るまで持ち堪えるくらいはして欲しい所だわ」
アーシャも納得したみたい。
わたしたちにも、マニさんたちにも、こういう考え方を浸透させて。時には、多少の無茶は頑張ってもらわないといけなくなりそうだ。
「……うん、だね。アリサさん、二人を向かわせて。でも、死なない程度にって」
「かしこまりましたぁっ!」
折角できたお友達 兼 部下を、あんまり早く無くしちゃうのもいやだからねぇ。
いのちだいじに、ってやつ。
「――オラァひよっこ共!仕事じゃ仕事!!場所は中央棟入り口――」
即座に通話を始めたアリサさんを横目に、わたしは色濃く感じる気配たちの元へと急いだ。
◆ ◆ ◆
で、マニさんたちに先行させてから数分と立たないうちに、その姿が見えてきた……ん、だけど。
三人中二人を相手取り、辛うじて食い止めているマニさんを見るに、やっぱり押されている様子。昼下がりの、少し暑いくらいの良い天気だっていうのに、中央棟のすぐ外は悲鳴といやな喧騒に塗れていた。
「アーシャ!」
「ええっ」
一声で察してくれたアーシャの魔法がわたしの背中を強烈に押し進める。まるでわたしだけ、重力の方向が縦から横に変わったみたいに、ぐいーんってマニさんの方へ。
「――
満身創痍であと一人を引きつけているレヴィアさんにも助けが入ったことを、アーシャの声で把握しながら。
「――おまたせ!」
マニさんと組み合っていた二人をまとめて殴り飛ばす。
ばりんばりんって、何か障壁的なものが割れる音がしたけど、当然ながらわたしの拳には何の抵抗もかからなかった。ついでに生成途中だったっぽい別の魔術も、まとめてかき消しちゃった。
中央棟一階、入り口の扉前まで転がっていった男子生徒二人は、よろめきながらもすぐに立ち上がる。その奥、建物の中から様子を窺っていた生徒さんたちが悲鳴を上げるのが聞こえた。怖いなら早く逃げればいいのに。
「来たか」
「ああ、来たな」
色濃く揺れる黒色の中から、二対の瞳がしっかりをわたしを捉えている。
隣から全身に紋様を浮かばせたマニさんが、警戒しながらも声をかけてきた。
「アーシャさんっ……すみません、手こずってしまって……!」
「ううん、今回は相手の方が強かったから」
なんて気の抜けた返事ができたのは、ほんの少しだけ遅れてきたアリサさんが横を通り抜けて、注入器をぷすっとやってるのが分かったから。物理的な干渉を阻害する障壁を私が破壊した以上、お薬注入であっさりおねんねだ。
さすが、仕事が早いね。
アーシャも既に魔法で、レヴィアさんが抑えてた女子生徒を無力化、拘束してるし。偉そうな言い方になっちゃうけど、わたしたちが出張れば、やっぱり鎮圧は一瞬で終わった。
で、その上で。
「現着まで抑えててくれてありがとう。お陰で見た感じ、そこまで酷いことにはなってないみたいだし」
ところどころ地面が抉れてたり壁が砕けてたり、中央棟の内外に避難途中の怪我人なんかも見えるけど。でも人が死んでたり、凄惨な遺体が転がってたり……あとは……なんだろ……建物が倒壊しちゃってたり?とか、そういうのはない。相手の適合度から考えれば、むしろ被害は少なく済んだ方だと思う。
まあ、それでも辺り一帯は恐怖に満ちた騒めきで今も揺れているし、三人を無力化したわたしたちも含めて、周りの生徒さんたちは怖がって遠巻きに見ているだけ。
「……いえ……力及ばず、申し訳ないです……」
そんな状況に、さすがのマニさんも肩を落としてる。ちょっと自信を無くしちゃった、のかなぁ。少し離れたところでアーシャの
でもごめんだけど、二人を慰めるのは後まわし。
今考えるべきことは二つ。
一つは、会話できる程度には自我を保っていたこの愚か者どもから、どうにか情報を引き出すこと。
もう一つは、この注目を浴びちゃってる状況を何とかすること。
前者はまあ、学院側に回収してもらった後に、処置室でなんやかんやすれば良いとして。後者は――なんて、呑気に考えていたら。
「――ぐっ……!ぎ、ぃ゛……!」
間違いなく昏倒していたはずの男子生徒が、突然濁った呻き声をあげ始めた。
「っ、まさか!」
何かに気付いたようなアリサさんの言葉ももう遅く、残りの二人も同じように苦しみ、喘ぎ。白目を向いて、縛られた身体のままエビ反りにもがくこと、わずか数秒ほど。
二度、三度と大きく身体を震わせたのちに、鼻から赤黒い血を垂れ流して。
「「「――っ――、――……」」」
まるで、せーので示し合わせたみたいに。三人は絶命していた。
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