第56話 類似


 補習、五回目。


 もはや勝手知ったるといった様子で、コーヒーも紅茶もアリサさんが淹れている。そんなアトナリア先生の研究室。


 ここでの復習のお陰で次の講義が前より理解できるようになって、そうなればその次の補習もよりすむーずにこなせるようになる。予後補習の時間はどんどん短くなっていって、その分終わった後の雑談の時間が長くなって。


「――では、今日の補習はここまでとしましょう。お疲れ様でした」


「「「ありがとうございました」」」


 気が付けば、補習:お喋りの比率は2:1くらいになってた。


「さて、一先ずお茶を淹れ直しましょうかねっ」


「すみませんアリサさん、生徒にこのような事を」


「いえいえっ、ワタシが好きでやってますのでっ。コーヒーの濃さも良い塩梅でしょう?」


「ええ、ありがとうございます」


 立ち上がって準備する間にも、アリサさんは得意げにそんなことを言ってる。

 アトナリア先生は濃いめが好きみたいで、実際アリサさんはその好みを的確に再現してるらしい。他にも淹れ方とか色々、細かい拘りがあるみたいだけど……まあわたしにはさっぱり分からない。先生が満足してるんなら良いんじゃないかな。

 紅茶もおいしい。ありがとー。


「では今日も、よろしければお話・・を聞かせて頂きたいのですが……」


 アリサさんが席に戻ると同時に、先生が静かな調子で言う。でも耳はぴこぴこ動いててちょっと面白い。

 まあもう、本人の結婚がどうっていうより、単純にお話として聞きたがってるだけな気もするけど。


 確か前回、四回目の補習の時は、アーシャとの初対面の話をしたんだったかな。

 すごく不愛想で冷たくて、自分からは名乗りもしなかったちっちゃい頃のアーシャ。アーシャのお父さんががははーって笑いながら背中をばしばし叩いて、ようやっと、渋々こぼした「……アーシャ」って声は今もよーくよーく耳に残ってる。


 先生の前で真似したら、ほっぺたつねられたけど。

 全然痛くなかった。むしろ隣で「コォッ……!」って叫びながら盛大に仰け反ってたアリサさんの方が痛そうだった。正直今でも、どこが琴線に触れたのか良く分からない。この人がこういう、女性同士の恋愛話?が好きっぽいってのは読み取れるんだけど……


 まあとにかく、アトナリア先生もアリサさんもめちゃくちゃ聞きたがるから、こっちもついつい調子に乗ってしまうというか。惚気?っていうやつ、今までしたことなかったから、ちょっと面白くなってきたというか。


 だから今回もすんごい聞きたそうにそわそわしてる先生に、続きを語って聞かせる流れかなーって思ってたんだけど。


「ちっちっちっ……」


「「「……?」」」



「……アトナリア先生、今日は貴女の話を聞かせて頂きますっ!」



 なんていうアリサさんの言葉で、本日の語り手が変わった。


「私、ですか?」


「ええ。情報が欲しくば相応の対価を用意するのが筋ってモノですよ、先生?」


 いやいやアリサさん、対価っていうならこの補習自体が惚気話程度じゃとても釣り合わないくらいのものなんですけど。でもそれを言わせない……というか、アトナリア先生がそんなこと言うはずも思うはずもないって見越してのこの台詞な気もする。


 案の定、先生の顔に浮かんでるのは困ったような表情。


「それはそうですが……いえしかし、私の話なんてしても何も面白くは……」


「ふっふっふっ……実はワタシ、先生に関してとみに気になっている事がありましてね?」


「えっと、答えられる範囲であれば……」


 普通にしていればいいのに、いちいち怪しげな笑みなんて浮かべるものだから、先生が露骨に警戒していらっしゃる。ぐいっと身を乗り出して、演出のように影の深くなった顔で、アリサさんが問うたのは。



「――ズバリ、ハトア先生との関係についてっ!」


 だった。



「……は、ハトア、ですか?」


「おぉー」


 確かに、気になると言えば気になる。

 凄い先生らしいし、そんな人にほとんど私的な補習の講師を頼めるくらいの間柄とは一体?みたいな。教え子だったとは言ってるけど、にしたって仲が良いように見えた。結構砕けたやり取りもしてたし。


 でもこのタイミングで話題に上げたのはあれかな、ちょうど昨日、研究棟で会ったからかな。


「実は昨日、講義終わりに生物研究棟で会ったんです。アトナリア先生によろしくって」


 言ってたような言ってないような。

 まあわたしも話を聞きたかったので、それらしいことを言って援護してみる。


「いえ、関係と言っても……元教え子というだけなのですが……」


「その割には随分と仲良さげではないですか。ただの教師生徒の関係で補習を任せられるような相手ではないでしょう?あの方は」


「う、うーん……」


 おお、珍しく先生が弱ったような顔をしてる。言えないのか、本当に本人的には語れるようなものがないのか。


「ほらほらっ、なぁんかあるでしょう、なんかっ」


 アリサさんの方は凄く楽しそうだけど。

 アーシャはねぇ、わたしの耳たぶをもにゅもにゅしてる。あ、指でだよ?でもちゃんと話を聞くつもりではあるみたい。流石のアーシャも、アトナリア先生はそこまで蔑ろにしないんだよねぇ。


「「…………」」


 そのままアーシャと二人、耳を揉みつ揉まれつ待つこと少し。アリサさんの期待に満ちた眼光に気圧されたのか、やがてどうにか捻り出すようにして、先生が口を開いた。


「……仲の良し悪しは分かりませんが――恐らく、考え方が近いのだと思います」


 紅い瞳は、考え込むように斜め上を向いていて。


「私が魔術の基礎座学を受け持っているのは、それが多くに人にとって役に立つ知識・技能であるからです」


 ゆっくりと、まずは先生自身の考え方から。


「人類種において最も汎化しやすい技術。魔法という特異な才能を持たずとも、妖精という特異な存在に気に入られずとも。知識と修練によって、誰もが様々な事象を引き起こす事が出来る体系化された学問」


 前にも言ってた。人が誰かを傷付けようとしたとき、物理的な暴力なんかより魔術の方がよほど習得しやすい力になる。や、これはまあ、もの凄く悪い例だけど。要するに魔術は、その気になれば誰だって身に付けることができるってこと。


「その点において、私は魔術を現行の技術の中で最も優れたものだと認識しています。勿論、魔法の才は希少で素晴らしいものではありますが……希少であり、また体系化・分類化が殆ど出来ないが故に、どうしても人類種全体の発展には寄与し辛い」


 魔法は、そう。

 個々人の感性だとか、才能の度合いだとか、妖精さんからの好かれ具合だとかに大きく左右される。唯一あるのはざっくりとした深さの層って概念だけ。それだけ。

 だから凄い魔法使い(らしい)のウルヌス老の講義ですら、あんなぶっつけ本番だらけな形式になっちゃうわけだし。アーシャの魔法だって、わたしは具体的に何をどうやってるのかはよく分かっていない。それは言わば、本人だけの世界だから。


 そういう意味で、人類種全体への利益って点で。

 魔術は汎用的だからこそ、魔法に勝る。先生はそう言いたいらしい。納得。


「彼女も――ハトアも同じ。彼女は在学中から、魔法がいかに特別な――言い換えれば、汎化出来ないものであるかを意識していました。それを扱えない自分は、魔術を以ってそれを越えるしかないのだと」


 んでその考え方をハトア先生も持ってる、と。

 だから仲が良いように見える、と。


「魔術、特にその基礎の重要性を理解してくれているからこそ、同じような考えを持つ私の依頼を聞き入れてくれた……の、ではないかと」


 言ってる先生自身もまあ、ちょっと首を捻りながらだけど。

 アリサさんは大袈裟なくらい、ふんふん言いながら頷いてたけど。

 アーシャはわたしの耳をもにゅもにゅしっぱなしだったけど。


「なるほどー」


 あるいは。もしくは。

 その「大切なこと」を教えてくれたからこそ、アトナリア先生を慕ってるんじゃないかって。教師と生徒の関係だったんなら、そういうこともあるかもしれないなぁって。

 思ったりなんか、しちゃったりして。


「……な、なんでしょうか……少し恥ずかしいですね」


「いえいえそんな、大変素晴らしいお話だったかと」



 そんな感じで今日は、先生の話をちょっと聞くことができた。

 ちょっとずつだけど、いい感じに仲良くなれてきてるんじゃないかな?どうかな。

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