第55話 再会
「――おや、誰かと思えばハトア先生じゃないですか」
対ワイバーンの講義も終わって、研究棟内を素通りー……しようとしたら。アリサさんがそんな声を上げた。
確かに目の前、たくさんある部屋の一つから出てきたのは、ぼさぼさじゃぎじゃぎの緑髪。間違いなく、補習講義をして貰ったハトア先生だった。苗字は……なんだっけ……――アイスバーン――そうそう、アイスバーンね。
先生の方も声で気付いたのか、こっちに近寄ってくる。相変わらずの猫背に目の下の隈。すごく眠そう。何なら隈、濃くなってる気もするし。
今日はローブじゃなくて白衣?みたいなのを羽織ってるけど……こっちもやっぱり、純白って言うには随分とくたびれて見えた。
「――やあ、イノリ君。二人も」
目の前まで来たハトア先生、声をかけたアリサさんのことはちらりと一瞥するに留めて、わたしの方へ顔を向ける。
「こんにちは。この前はありがとうございました」
「何だい改まって。しかしこんな所で会うとは奇遇……いや、そういえば君達は戦闘実技の上位クラスだったか」
意外そうな顔、からの得心が行ったような表情。一人で何やら納得してる様子。
「ワイバーンの処分、助かったよ」
「?えと、はい……?」
確かに、つい今しがたまでそんなことをしてましたけども。なんで分かったんだー、って、たぶん顔に出てたんだと思う。
「ああ、アレは僕がその辺で捕獲してきたものでね。少々数が多かった気もするが……まあ、これも研究上必要な事だ」
「……あー、そうだったんですね」
なんとなんと、あの群れはハトア先生が用意したものだったらしい。結構いっぱいいたと思うんだけど。
数頭の群れを一人で狩れれば云々って言ってたし、講義で使えるくらいの数を単独で、ってことは、やっぱり凄い人なんだなぁ。
少なくとも、ただの眠そうな人ではないんだなぁ。
「あの数を一人で、ですか?流石、新進気鋭のハトア・アイスバーン先生はフィールドワークもお得意なようで」
ほら、アリサさんも賞賛の言葉を口にしてる。してるけど……
「……そこはかとなく棘を感じるのは気のせいかな?」
「いえいえまさか」
わたしも同じこと思ったよ。
やっぱりというかなんと言うか、アリサさん的にハトア先生はまだ警戒対象っぽい。
ちなみにアーシャは最初っから会話に参加するつもりが無いみたいで、例によってわたしの髪を解いて手櫛で梳いてる。きもちい。
「しかし、マッケンリー教官がぼやいてましたよ。また愛護団体から苦情が来てたと」
「あぁ、研究調査の重要性を理解できない愚鈍な輩共だ。捨て置けばいい」
ひと際冷たい言い草で、ばっさりと切り捨てるハトア先生。じとっとした目付きを窄めて、しっしって手まで振るおまけ付きだ。
「そんな事より」
そんなことより。
ほんとにどうでも良いんだ。や、わたしも別に「ワイバーンさんが可哀想!」なんて言うつもりもないけど。
「アトナリア先生とは仲良くやっているかい?」
んで、次に出てきた話題はちょっと意外というか、あ、その辺気にかけてるんだって感じのやつだった。
「はい、おかげさまで」
ハトア先生との三日間が、のちの継続的な補習に繋がってるんだから、これはあながちお世辞ってわけでもない。小さく頭を下げたら、髪の毛の先がするっとアーシャの手を抜けていった。きもちい。
「うむ。あの人は少々口酸っぱい所はあるが、基礎を教わるには良い相手だろう」
「はい」
その通り過ぎて面白みのない返事しかできない。いや、いつものことかも。
「まあ単位は落とさないようにね。後が怖いぞ」
どういう意味で怖いのか聞きたいような聞きたくないような……でもそれ以上話を膨らませる前に、誰かがハトア先生を呼んだ。
「む、もう時間か。すまないが失礼するよ。ではまた」
「あ、はい。また」
慌ただしく……は無いんだけど、名残惜しさも全然感じない淡々とした口調で。先生は出てきたのとは別の部屋へと消えていった。
「やはり、多忙な人なんですねぇ」
「みたいだねぇ」
わざわざ補習をしてくれたことに、ちゃんと感謝しなくちゃね。
そんな人の時間を三日も確保してくれたアトナリア先生にも。
「ん」
「ありがと」
髪を結びなおしてくれたアーシャが、最後にきゅって
◆ ◆ ◆
――って、いうことがあってねー。
「……それをわざわざ、わたしに話す必要はあるのか?」
「世間話ってやつだよ」
「少なくとも、講義中にするものではないと思うが」
とかなんとか、呆れたふうにレヴィアさんは言ってるけど。
わたしとアーシャ、レヴィアさんが『魔法実技』でなんとなーく一塊になってるのは、もはやウルヌス教授にも他の生徒さんたちにも周知の事実。最初の頃はみんなびっくりしてたけどね。あのレヴィア・バーナートが抜け殻みたいに……って。
もちろん講義の邪魔にならないように、適度に遮音の魔法とかも使いつつ。わたしたちが何やらもごもごやってたって、今更だれも咎めやしない。ウルヌス教授がアーシャの遮音に気付いてるかは、分からないけど。
「レヴィアさんは、一人でワイバーン倒せる?」
「……一頭なら、経験がある。恐らく三頭までなら、ギリギリ何とかなるだろうが……」
強者としての一つの基準、「少数の群れ」を一人で狩るのは無理。って感じかな。僅かに浮かんだ苦々しい表情からするに、やっぱりマニさんならできるんだろうなぁって。
「ふーん」
「聞いた割にどうでも良さそうだな」
「まあ、世間話だし」
興味の有無じゃなくて、半分話すために話してるようなもんだし。
あ、アーシャは視線はウルヌス教授の方に向けたまま、わたしの手の爪を撫でてる。きもちい。
「……わたしとしては。あの女がドラゴンを討伐したという話、どうにも噓臭く感じてしまうんだが」
「……そう?」
あの女、っていうのは言うのはもちろん、アリサさんのこと。母様のことじゃないよ。
「大人数だったとはいえ、諜報員が龍を殺傷せしめるほどの戦闘力を有しているとは、どうにも信じがたい」
まあ確かに、アリサさんは怪しいし胡散臭いし何考えてるか分かんないし怪しいけど。
「あの人なら、何だかんだやりかねないかなぁって」
「お前、あの女の全力を見た事は無いんだろう?」
「うん。でも、できそうじゃない?」
「……何だ。あれこれ言っても結局、信頼してるんじゃないのか」
「……あー……」
言われて気付いた。
左手を握るアーシャの指が、ぴくって動く。
「……少なくとも、実力はね」
だからこそ信じきれない――怖がってるのかもしれないね。わたしたちは。
「――さて、次はバーナート嬢の番じゃ。今日の調子はどうかの?」
「……まあ、いつも通りでしょうか」
「うむ」
終わったような終わらないような話半ばに、レヴィアさんは教授に呼ばれてみんなの前に出て行った。
今日も今日とていつも通り。
四層よりの五層の魔法を披露して、本人は何の感慨も無さげに戻って来る。
アーシャは、わたしの手の爪をぜーんぶ堪能してた。
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