第54話 亜竜
「――さて、今日諸君らには、こいつらと戦って貰う」
腕を組んで仁王立ち。
いつも通りのグラント教官夫妻の後ろには、おっきなおっきな半球状の、半透明な壁が揺らめいている。まあ、結界ってやつ。生物研究棟の裏手、開けた屋外の空間にそれは形成されていた。
こいつら、って言われた今日のお相手はその中にいて。
蜥蜴みたいな体躯に太い後ろ脚に大きな翼と見るからに気性が荒そうな、しかも結界のせいで逃げられなくて苛立っている生き物たち。いっぱいいる。
「ワイバーンを見て顔を強張らせた者、もっと精進しろ。慢心した者、もっと精進しろ」
実力不足も慢心も、マッケンリー教官は一緒にばっさり切り捨てちゃう。隣でヴェルナ教官がわたし、アーシャ、アリサさん、マニさんあと他数人を注視しながら続けた。
「普段通りの者は……あたしからは、もっと精進しろとしか言えないわね……」
だよね。講義なんだから、なに言ったって結局は精進しろに帰結するわけだし。
「……んで、わいばーん?って怖いの?」
周りの反応を見るに、少なくとも並み以上には強力なモンスターって感じだと思うけど。わたしもアーシャも初めて見る生き物……なので、こっそりアリサさんに聞いてみる。
「数頭の群れを一人で倒せるなら、ハンターとして食いっぱぐれる事は無いだろうとされていますね。中堅……の中でも上の方に位置するでしょうか」
「へぇー」
「一応、龍種の末席……の、かなり遠い近縁種だとはされていますが」
「近いのか遠いのか分からないわね」
ねぇ。木っ端の龍もどきってことで良いのかな?
「因みにお二人共、龍種を見たことは?」
「
「飼ってるわね。小さいけれど」
「えぇ……」
どうやらこれは、アリサさんもドン引きしちゃう話だったらしい。
どうしよう、言わない方が良かったかな?って思って、話題を逸らすように聞き返してみた。
「アリサさんは?見たことあるの?」
「過去に一度、里で討伐を請け負ったことがあります」
「おぉー」
さすがに龍の一族がすごく強いってことは知ってるから、自然と称賛の声も上がってしまう。アリサさんも得意のどや顔……かと思いきや、まるで嫌なことでも思い出したみたいに、うんざりした表情を浮かべてた。
「ほんっと無茶苦茶でしたよ……いや、それこそワイバーン程度なら群れでこようが問題ないんですよ?いやいやしかし、とはいえそうは言っても、ワタシたちはどちらかというと対人、それも暗殺や諜報を主とした組織なわけでして。なぁのに功を欲しがった上層部が「狩れます
長い。
愚痴が長い。
それでもまあ、これも一つの判断材料になるかもって、少しのあいだアーシャと二人で聞いていたんだけど。
当然ながらその間にも、講義は進んで行く。全部聞き終えないうちに、いよいよ実際に相手をさせられるってことで、ヴェルナ教官が最初の一人を選ぼうとしていた。
「さてこの中で、単独でワイバーンを狩った経験のある者は?」
手を挙げたほんの何人かの中に、マニさんもいて。そうなったら当然、彼女がお呼び立てされる。
「マニ・ストレングス!手本を見せてみなさい!」
「……はい……」
返事と同時に歩き出したマニさんは、何の気負いもなく結界の中へ。半透明な膜が一瞬だけ水面のように揺れて、それが収まった頃にはもう、マニさんは鳥かごの内側にいた。
「一頭で良いわ!狩って、結界の外まで戻って来る事!」
「……はい……」
さっきと同じ返事。既にワイバーンの内の一頭が、獲物を見定めるように彼女を見ている。少しだけ、群れの塊から外れての滞空。見上げて、前髪越しにそれを視界に捉えたマニさんが、跳んだ。
「……――っ……!」
飛行じゃなくて、跳躍。
ほんの一瞬でワイバーンの顎下にまで飛び上がって、豪快に顔面を鷲掴み。
そのまま自由落下――っていうには、明らかにワイバーンの浮力を力尽くで抑え込みながら、地面に着地。いや、激突かなぁ。
もちろん空中で身体を反転させて、ワイバーンが下敷きになるように。
少しの振動と土煙の後には……全身強打、特に頭を強かに打ち付けて絶命したモンスターの姿が。ていうか頭ちょっと潰れてる。中身出てるって。
「…………」
確実に死んでることを素早く確認したマニさんが、入って行った時と同じようにとことこ結界から出てきた。他のワイバーンたちは上空や離れたところに留まっていて、完全にマニさんを格上だと判断してるみたい。
「「「…………」」」
生徒さんたちの多くも、同じような感じ。
ちょっと引いちゃってる。他に手を挙げてた人たちも漏れなく。
「……彼女のように出来る者はそれで良い」
マッケンリー教官の静かな言葉に、みんな首を横に振ってた。
んー……何か、アリサさんはできそう。わたしとアーシャも、もう少し低く飛んでたらできるかも。やりたいとは思わないけど。
「出来ない者は工夫しろ。頭を使え。諸君らの中には魔法や魔術が使える者も多いだろう。それらを使えば対処出来る、という者も。だがこれは近接戦闘の実技講義だ。それらを用いない――いや、使えない状況下を想定し、その身一つで討伐して見せろ」
結構な無茶苦茶を言ってるような気もする。でも王都に名高い『学院』の、近接戦闘の、最上位のクラスってなると、これくらいは求められて然るべき……なのかもしれない。
「さて、一人で一頭狩る自信のある者は?」
ヴェルナ教官の呼びかけに手を挙げたのはわたしとアーシャ、アリサさん、他数人。さっきワイバーンを見てもいつも通りだった面子だ。
「良いわ、呼び上げた順に挑戦してもらう!安心しなさい、一頭ずつ隔離して戦わせてあげるから」
珍しく優しいことを言う教官だけど……わたしたちの後、複数人でも一頭に苦戦してた人が結構居たのを鑑みると、わりと妥当な対応だったのかもしれない。
とにかく。
そんなわけで今日は、生まれて初めてワイバーンを狩った。
もちろんわたしは殺せないから、昏倒させるに留めたけど。こう、短刀投げて翼膜を破いて、高度が下がったところをマニさん方式で。
アーシャとアリサさんもそんな感じ。やってみるとあれ、結構ありな戦法なんだなぁって。
できない人たちは、みんな引いてたけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます