第53話 観察


 『アトナリア先生と仲良し計画』と並行して、わたしとアーシャにはやらねばならないことがある。


 すなわち、『アリサさんの腹の内を探ろう作戦(名:わたし)』っ。

 

 信頼して良いのか、それとも切り捨てるべきなのか。それを良い加減、見定めなくちゃならない。まあ正直、あの人の腹の内を探るなんてわたしたちにはできそうもないけど。でもやらなくちゃいけない。


 というわけで、わたしたちがまず最初に行ったのは、アリサさんを観察することだった。普段の言動から何か読み取れないかって、つぶさに様子を窺う。相手を知る上で基本中の基本。だと思う。


 例えばアリサさんは必ず、わたしたちが朝……というかお昼ご飯も食べて、準備を終えて、そろそろ出ようかって時に部屋の戸を叩いてくる。


「おっはようございますご主人様、奥方様っ!そろそろ講義のお時間ですよぉっ」


 って感じで。

 何で部屋を出るタイミング?っていうのを完全に把握してるのか、さっぱり分からないけど。とにかくきっちりしっかり制服に身を包んだ姿で、わたしたちの前に現れる。

 ……気配を感じ取ってるのかなんなのか。流石にアーシャの遮音が突破されてるとは思えないんだけどなぁ。だってあれ、結構深い層の魔法だし。


 移動中は大抵、わたしとアーシャの後ろを歩いてる。

 でも必要に応じて右に左に、音もなくぬるっと並んでることもある。


 講義中は、静かで真面目そのものだ。少なくとも表面上は、ね。

 剣術や格闘術で本当の実力を隠してるっているのは確実。座学もまあ、わたしたちに合わせて基礎系を受けてるだけで、ほんとはもっと頭が良いんだろう。自分でも言ってたし。

 魔法の適性がないのは間違いないとして、魔術については……知識があるというのなら、それなりには使えそうだけど。どうだろうね。使っているところを見たことはない。


 寮に戻ってくると、少しだけわたしたちの部屋に入り浸る。本当に少しだけ、今日あったことの振り返りみたいな話をして、すぐに退散。


 以前は消灯ぎりぎりまで居座ってたんだけど、『マニ×レヴィア騒動』以降は「ご婦婦の部屋に入り浸るなど畏れ多い」とか言うようになった。本心なのか、それとも裏で何かやってるのか。

 一応聞いてみたら、自室で待機してるか、マニさんレヴィアさんと親睦を深めてるか、らしい。そのわりにはあの二人、アリサさんに興味無さ過ぎな気もするけどね。


 『偶の食堂の日』には、これまたそろそろ行こうかなってタイミングで戸を叩いてくる。メイド服で。それで、食べるのは毎回カレーうどん。少なくとも、食堂の日は必ずカレーうどん。しかも毎回おすすめしてくる。味濃そうだから断ってるけど。


 お夕飯を済ませたら、解散。


「今日も一日お疲れさまでした。それでは、良い夜をっ」


 って、最後まで機嫌良さげに笑いながら、部屋に引っ込んでいく。

 足音を聞く限りでは、真っ直ぐ部屋に戻ってるっぽいけど……夜中に抜け出すなりしてたら、わたしたちには分からない。と思う。


 終わり。


 ……うん。

 全部、改めて観察するまでもなく分かっていたことだね。だってこの人、基本わたしたちと一緒にいるしね。それはそうだ。



 まあ一応、こうやって観察するようになってから気付いたこともありはする。


 アリサさん、わたしたちに対する奇抜な言動のわりには、案外目立たない顔立ちをしてるんだなぁって。整ってはいると思うんだけど、なんと言うかこう、意識しないとすぐに人込みに紛れて行ってしまいそうな。

 例えばアーシャなんかは、魔法使いのエルフで、戦闘実技も好成績で、座学だって真面目に受けてて、しかも凄い美人さんで……って感じで、結構注目を集めがちだったりする。で、そのアーシャを側に引っ付けて、戦闘実技はアーシャ以上、座学はてんで駄目駄目なわたしも、まあそれなりに視線を感じることがある。

 だというのに、わたしたちのそばにいるアリサさんは、驚くほど人の目を集めない。静かに、違和感なく、まるで影のように。そこにいるのは分かってるけど、わざわざ目をやるほどでもない、みたいな。誰もがそんな風に、アリサさんにはさして関心を示さない。


 ……だというのに、マニさんレヴィアさんアトナリア先生からは――もちろん、わたしとアーシャからも――、ばっちり変な人として認識されてる。


 制服着てるあいだは22歳に見えないし。下手するとアーシャより年下に見えるくらいだし。


 まあ、何が言いたいかっていうとつまり。


 アリサさんは場に溶け込むのが上手い。

 だから、わたしたちに見せてる変人みたいな一面も、作られたものなのかもしれない。根拠はないけど。あれが本性で、気を許してくれてるって可能性もあるんだけど。

 でもやっぱり、存在そのものが謎の多いところがあるから。ちょっと変に見せて、気を許してるって思わせようとしてるのかもしれない。でもそれにしては、ちょっと胡散臭すぎる気もする。どっちだろう。分からない。


 結局、そういう風に――今までと同じ印象に、帰結してしまった。


 アーシャと二人で観察してみても、信じられるかな?いやいや、やっぱり怪しいかな?でも。でもでも。って。

 堂々巡りでびっくりするくらい進展がない。


 やっぱり直接、腹を割って話し合おうかって。

 でもそれで、アリサさんの言うことを素直に信じられるのかって。


 どうしたって、疑うことをやめられない。


 なんだか段々、自分たちがすごくみみっちい人間なんじゃないかって思えてきちゃって。それすらもアリサさんの策略の内で、罪悪感を抱かせて取り入ろうとしてるんじゃないかって。


 そんなことすら考え始めて、疑心暗鬼が加速する。


 信じるに足る、或いは信じないに足る決定的な何かを。

 少なくとも普段のアリサさんからは、未だ見出せずにいる。


 困ったねぇ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 本文中に失礼します。

 今週からしばらくの間仕事が少し忙しくなりそうでして、申し訳ありませんが更新を週一回、毎週月曜日に変更させて頂きたく思います。ペースは落ちてしまいますが、ゆっくりでも続けていけたらなと。すみません。

 というわけで次回更新は8月29日(月)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。


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