第52話 関心


「――ただ、きっかけって言っても。うーん……」


 話す、とは言ったけど。面白おかしく話せるかはまた別。


「……わたしとアーシャが幼馴染だっていうのは、知ってるんですよね?」


「ええ、以前アリサさんから。とは言っても「昔から仲睦まじく」だの、「まさしく幼馴染の鑑」だの、今一つ具体性に欠ける物言いでしたが」


 わたしたちがデートした日に、かな。因みにあの日以来街には行ってない。進んで人混みの中に入っていくだなんて、やっぱり面倒だし。


「ワタシの口からは、そうとしか形容できませんのでね」


 いつもの得意げな顔で、悪びれもせずにアリサさんが言う。

 まあ、実体を知らないんだから、具体的な話なんてできるはずもない。むしろ、そんなざっくりした感想みたいなものだけで数時間持たせられたのが凄いというべきか。


「えーっとですねぇ……」


 だけどそのおかげで、ここで早速一つ問題が。


 ここ数年はともかく、昔――つまり出会ってから何年かのわたしたちは、口が裂けても仲睦まじくなんて言えたもんじゃなかった。

 いや、わたしはわりと最初からアーシャのこと好きだったけど。や、好きというか、興味があったって感じかな?それまで集落にはいなかった、歳の近いお姉ちゃんって感じで。でもアーシャの方は、もうすんごい素っ気なかった。何だっけ、お酢?胡椒?――塩ね――そうそう、塩対応ってやつ?


 とにかくそんなわけだから、特に小さな頃のことを正直に喋ると、アリサさんの話と齟齬が出てしまう。かと言ってそっちに合わせて上手く嘘を吐けるかというと……わたしにはちょっと荷が重いかもしれない。


「…………」


「……あの、やはり話しにくい事でしたら……」


「あ、いえいえ、そういうわけじゃないんですけど」


 アトナリア先生の表情は少し怪訝そう。あまり唸っているのも良くないかなって、方針を定める。


「……アリサさんは正直ちょっと大げさに言ってるっていうか……会ったばっかりの頃なんかは、アーシャ結構冷たかったなぁと」


 アリサさんは誰かにわたしたちの話をするとき、大抵いつも大仰だから。今回もそうだったってことにしちゃおう。ごめんアリサさん。……いやアリサさんが勝手に色々言ってたのが悪いのでは?……いやいや、その辺りのすり合わせをしてないのが良くなかったのかな。やっぱりこう、こみゅにけーしょん不足で噛み合わない部分があるというか。

 ……まあ、それは今は置いておいて。


「……あの頃は、その……少し斜に構えていたというか……」


 そんなことより隣のアーシャがかわいい。

 気まずそうに視線を斜めに逃がしてる。眉も少し下がっていて、なんと言うかこう、弱ったーって感じ。かわいいねぇ。お手てにぎにぎしましょうねぇ。


 机の下で、アーシャの左手を握る。いつもとは逆の構図で、何かに勝った気分だ。がはは。


「今のアーシャさんからは想像も付かない……いえ、イノリさん以外に対しては、その……クールな対応ではありますが」


 先生も言葉を選んで苦笑してるけど、あの時のアーシャはこんなもんじゃなかったんだよ。


「もっともーっと、素っ気なかったですよ」


「……」


 にぎにぎしてた指に、アーシャの指が絡められた。先生から見えてないのを良いことに、大胆に、むぎゅむぎゅっと。半分太ももに挟むみたいな感じで。

 無言の抗議、と捉えるけど。これは紛れもない事実なので聞き入れてあげません。話を続けます。


「でもそれが、その頃のわたしにとっては新鮮でもあったんですよねー。わたし結構、甘やかされて育ったもので」


「……ええ。正直、そんな気はしていました」


 あはは、先生も遠慮がなくなってきたね。


 ですよねーって笑いかけつつ、要するに、あんなに露骨に寄るな触るな話しかけるなーって雰囲気出されたら、逆に気になっちゃうよねって話。あまのじゃくー。


「しかしその口振りからするに、アーシャさんは幼い頃に何処かから移り住んで来た……と言った所でしょうか?」


「そうそう。わたしが七歳くらいの時、住んでるしゅう――町に、アーシャとアーシャのお父さんが流れ付いてきて」


 またもや怪訝な表情をされたけど、ほんと、流れ着いたって表現がしっくり来るというか。急にふらっと現れて、そのまま居付いちゃったからねぇ。


「最初はアーシャ、いつも不愛想で不機嫌で。触れるものみな傷つけるー、って感じだったんですけど。こっちから一方的に話しかけたり、勝手に後ろを付いて歩いたりしてるうちに、まぁなんやかんや仲良くなりまして」


「個人的には、そのなんやかんやが非常に気になる部分なのですが……」


 そこは……正直半分くらい、大したことのない山人の日常生活ーって感じだし。もう半分は霊峰の血族としてのあれやらこれやらだから、話すに話せないし。


「段々と、ご主人様が奥方様の氷の心を溶かして行った……というワケなのですが!まぁワタシに言わせてみれば、奥方様も満更ではなさそうでしたねぇ!」


「……」


 普段なら「黙りなさいメイド」とか言われそうなアリサさんの台詞だけど、今日のアーシャは無言で睨むに留めてる。

 ある意味ありがたいフォロー?ってやつだしね。


「で、まあ……ざっくり言っちゃうとその流れで。わたしが十五になった時、そろそろ良いかなぁって感じで結婚しました」


「な、流れで、ですか……」


「はい」


 確かに集落は、半分治外法権的な部分はある。でも、それでもみんな一応、大雑把には国の法に従って生きてる。大雑把にはね。

 神様関連になると超法規的な集団になっちゃうけど。年がら年中四六時中好き勝手やってるわけじゃないし。好き勝手やったとしても、人の寄り付かない山奥だからそんなに問題は無かった。


 つまるところ、結婚可能な年齢っていう意味で十五歳が、一つのきっかけだったってだけ。


 もちろんそれ以外にも、そう決心するに足る出来事はあったけど。これは神様絡みだから、あまり詳細には語れない。


「えっと。ほんとに、いつの間にか結婚するくらいの間柄になってたっていうか。うん、なんか、そんな感じです」


 うーん。結局わたしも、あんまり要領を得ない語り口になってしまった。

 こういうの人に話したことないから、どう喋ればいいのか良く分からないなぁ。


 アーシャも、最後までほとんど口を噤んだまま。これは後で意趣返しを食らいそうだ。楽しみだね。


「……その間柄・・になるに至る過程が、私には気になって仕方が無いのですが」


「たぶん特に面白くもない上に、長いですよ?」


 何せ、毎日のちょっとした積み重ねだから。起伏に乏しい長話になること間違いなし。


「ですよね……残念ながら今日は、この後所用がありますので……よろしければまた、次の補習の後にでも少しずつ聞かせて頂ければ」


 それでも聞きたいっていうアトナリア先生。予想以上に食い付いてきたなぁ。

 自分の婚活?とやらの参考に、っていう以上に、単純にわたしたちに興味があるような雰囲気。

 かっちりしっかりした人だと思ってたから、こうやって雑談に聞き入ってる姿は何ていうか、新鮮な感じはする。


「はい、ぜひ」


「是非に是非にっ」


 まあ、これで仲良くなれるなら、それはとても良いことだと思うし。

 アリサさんの方も同じくらい乗り気なのは、もしかしたらあちらも、わたしたちともっと交流を深めたいと思ってくれてるからだろうか。分かんない。


 とにかくこの日から、補習の後にちょっとしたお喋りの時間が追加された。

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