第51話 興味


 予後補習、三回目。


 もうと言うべきかまだと言うべきか、とにかく三回目ともなるとアトナリア先生もわたしたちも、だいぶお寛ぎもーどになってくる。


 二回目の時には先生がコーヒーとお菓子を用意してくれたんだけど、これがまた苦い。甘い。どっちにしろ味の濃いものが苦手なわたしとアーシャは、よっぽど渋い顔をしていたんだと思う。今日は紅茶も用意して頂いて、至れり尽くせりと言った感じだ。お菓子も気持ち、甘さ控えめ。

 紅茶は飲めるよ。王都に降りてきてから飲めるようになった。何も入れなければ、だけど。


 教師にここまで気を遣わせてしまうのはさすがにちょっと申し訳ない……って、生徒としてのわたしは言ってるんだけど。素のわたし的にはありがたい。

 だから遠慮は一回だけ。先生の「気にしないで下さい、私が好きでやっている事です」って言葉で、改めて肩の力を抜いた。


「――えっと、つまり。数分配式が重宝されている理由は、数字が誰にとっても変わらない指標であるから、だと思います」


「ええ、まさしく。故にこそ数分配式は、同じ組み合わせを使った際の個人差が――良くも悪くも、ですが――殆ど無いという特徴を備えています。例えば――」


 慣れてきてるっていうのは、勉学そのものについても同じで。

 アーシャとアリサさんのお陰で、「恐らく先生がしてくるであろう質問」たちにちゃんと答えられるようになってきてる。まだ完璧に、とはいかないけど。復習のコツっていうか、先生が講義中に重視してる部分が分かってきたっていうか。



「――では、前回の講義分はこれで終了となります。お疲れ様でした」


「「「ありがとうございました」」」



 だから今日の補習は、今までより少し早く終わってしまった。

 用意していた時間はまだ余っていて、ただ勉強を教わりに来ただけなら、そのまま帰っちゃっても良いんだろうけど。なんとなく、ちょっと雑談って雰囲気になった。


「しかしイノリさん、どんどん要領が良くなっていきますね。アーシャさんとアリサさんは……元から優秀ですが」


「ありがとうございます」


「いやぁ、アトナリア先生のお陰でご主人様もすっかり勤勉になられまして。ありがたい限りですよっ」


「……私は切っ掛けを作ったに過ぎません。イノリさん自身の、心構えの賜物でしょう」


 先生の言葉は謙遜以上に、露骨に持ち上げてくるアリサさんへの戸惑いから来ていそう。口元は、持ち上げたコーヒーカップで隠れて見えないけど。


「いえいえいえいえ。こう言っては何ですが、ご主人様方は普段いちゃいちゃだらだ……失礼、寛いで過ごしてばかりいらっしゃるものですから。まさかここまで勉学に興味を示そうとは、このアリサの目を以ってしても見抜けませんでしたよ」


 急にちくっと刺してくるじゃん。

 そりゃああなた発案の作戦が掛かってますからね。多少なり真面目にもなりましょうよ。この補習の時間が結構楽しいっていうのもあるけど。


「確か、『ご主人様は自由人です故』等と擁護していた気がするのですが」


 そうだそうだ。言ったれーアトナリア先生。


「ええハイ、それは勿論素晴らしい事でございます。現代人は何かと慌ただしいですからねぇ。お二方くらいゆるりと生きている方が、見ている側としても息がしやすいというもの。しかしそれはそれとして、学問を修めようと励むお姿は素晴らしい。そうでしょう?先生?」


「ええ、それはまさしく」


 結局褒めるんだ。や、嬉しいけど、恥ずかしいというか何というか……アーシャはともかく、わたしは未だに一般的な「勤勉な生徒」とはかけ離れた頭の出来だし。

 ちょっと座りが悪い。紅茶を飲む。アーシャに頭を撫でられた。


 アトナリア先生はそんなわたしたちの様子を見て口を開きかけ……でも躊躇するように、またコーヒーカップに口を付けた。


「……先生、何か聞きたいことでもあるんですか?」


 って、少し踏み込んで聞いてみる。

 聞き出して踏み込ませて、あわよくばもっと距離を縮めようって魂胆。

 それから、先生が何を言おうとしたのか気になるっていう、純粋な疑問もあって。


「……いえ、その、プライベートな事ですので」


「答えられる範囲なら答えますよ?先生にはお世話になってるから」


 これはわたしも、少しわざとらしい持ち上げ方だったかなって一瞬思ったけど。アリサさんに向けるような視線は飛んでこなかった。日頃の行いぱわーだね。


 先生はそれでも少し躊躇って、その間にわたしが一つ、お菓子を開けて食べる。しっとりしていて、ほんのり甘いクッキー。おいしい。ので、アーシャにもおすそ分け。ちょうど半分齧ったから、残り半分ね。


「……ありがとう。美味しい」


「ね、おいしいよね」


 アーシャは咀嚼中も口の動きが小さくって、そういうところお上品だなって思う。別に、特別偉い生まれってわけでもないんだけど。生来の性格ってやつ。


「……お二人は、本当に仲が良いんですね」


 またしてもわたしたちのやり取りを見つめていたアトナリア先生が、おずおずと切り出してきた。これが言いたかったこと?なのかな?


「まあ、結婚してますし」


「その、お二人ともまだ若い……というか、イノリさんは確か結婚可能年齢丁度だったと記憶しているのですが……」


「はい、なのでまだ結婚してそんなに経ってないです。新婚さんです」


 わたしが十五になってすぐだったからね。そろそろ一年経つけど。

 新婚さんって言葉に、アトナリア先生が一瞬目を輝かせた。気がする。


「その、差し支えなければで良いのですが……お二人の、ご結婚の切っ掛けなどは……」


 先生にしては珍しく、もにょもにょしてて歯切れの悪い言い方だ。なるほど、これを聞きたかったのか。コーヒーのカップをしきりに回してるし、視線もちょっと揺れてるし、耳も時々ぴくって震えてる。気持ち、ほっぺたも赤いような。少しだけね。


 アリサさん曰く、先生もそろそろ結婚を考えるようなお年頃で、でもそういう好きとか嫌いとかお付き合い?とかに縁が無かったから、どうしたら良いか分からなくって密かに困ってるらしい。

 よくまあそんな個人的な悩みまで調べたものだなぁって、感心するような怖いような。


 前にわたしとアーシャの関係にも興味を示してたらしいし、仲良くなってきた頃合いだし、意を決して聞いてきたって感じかな。別に隠すようなことでもないから、そんなことで良いならいくらでも話すけど。あ、もちろん霊峰とか血族の云々はぼかしつつね。


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