第50話 不明瞭
補習が終わって。ゆっくりお昼ご飯を食べて。昼下がり。
他の講義もないし、無駄足と分かりつつも学院内の調査を――とでも思ったんだけど。そうするとアリサさんが付いてきちゃうから、今日は見送った。何せ彼女についてアーシャと話し合いたいわけだから、付いてこられると困る。
夜にも時間はあるけど、寝所の中でまで余計なことに頭を悩ませたくないし。
てわけでまだ明るい今の内に、二人でごろごろしながら考えるわけです。どっちにしろベッドの上な気はするけど。
それはそれ、これはこれ。
「アリサさん、めちゃくちゃアトナリア先生に取り入ろうとしてるよね」
「そうね」
あの人の言動は大体全部怪しいけど、目下一番気になってるのはこれ。
今日の補習、アリサさん、もの凄く積極的だった。講義そのものにも、アトナリア先生とのこみゅ――にけーしょん?ってやつにも。『アトナリア先生と仲良し計画』への熱意が半端じゃない。
「……うーん……」
確かに、色々と聞き出せる可能性はあるだろうけど。正直その気になれば、あの人なら誰からだって情報を抜き取れると思う。この作戦一本にここまで入れ込む理由が分からない。
そう、分からない。本人が何も言ってくれないから。
「……まあ、私達が信用するそぶりを見せないから、話そうとしない……という可能性もあるわ」
確かに。わたしたちの態度が悪いって線。無くはないと思う。誰だって、尽くしてる相手に邪険にされたら面白くないよね。
解決策は簡単で、アリサさんを信じればいい。でもこれは、アリサさんがわたしたちを騙したりしていないって前提があってこそ。信じた結果裏があった場合、どんなしっぺ返しを食らうか分かったもんじゃない。だからこそ信じられないし、信じられないからこそアリサさんが――味方だったとしても――心を開いてくれない。
堂々巡りだ。
「どちらにせよ……アトナリア先生に執心する理由がある事は確かだわ。彼女から確たる情報を引き出せる確証があるのか……或いは……」
「……アトナリア先生自身が、今回の件に噛んでる可能性」
あんまり、考えたくはないけどね。わたし個人としては。
でも霊峰の血族としては、疑えるものは疑わざるを得ない。
何もかもが分からない現状じゃ、わたしたちにはそんな妄想みたいな可能性しか思い浮かばないから。
この辺りをはっきりさせるためにも、やっぱり『アトナリア先生と仲良し計画』と並行して、アリサさんの真意を探っていく必要もあるんじゃないかって思う。
でもわたしとアーシャだけじゃ。
山籠もり人生で見識の狭い二人じゃ、ご覧の通り煮詰まっちゃってるから。
◆ ◆ ◆
「――というわけで、呼び出してみましたー」
「……急な招集が掛かったかと思えば……」
マニさんとレヴィアさんに来て頂きました。
溜め息吐かれたけど。
いや、ちゃんと空いてる時間を見計らってのことだよ?配慮が行き届いてるよ?きっと。
なのでレヴィアさん、どうぞ。
「……その前に、一つ良いか?」
「お、なになに?」
いつも通りアーシャに背中を預けて座るわたしに、駄目な人を見る目を向けながら。レヴィアさんの有り難いお言葉。
「前々から思っていたのだが……お前の魔女は、お前の椅子か何かなのか?」
「おぉー、それは難しい質問だねぇ……」
アーシャがわたしの背もたれなのか。それともわたしがアーシャの抱き枕なのか。この難題の答えは、わたしたちの中でも未だに出ていない。
「……聞いたわたしが馬鹿だったよ」
「……ちなみにレヴィアは、私の抱き枕です……一方的で、逆転不可能な……」
「うん。それは知ってる」
「言っておくが、了承はしていないぞ」
「それも知ってる」
まあ、各々の抱き枕事情はこの場の主題じゃないわけで。
仕切り直すつもりでお水を一口。レヴィアさんも溜め息交じりに本題に戻ってくれた。
「――はっきり言うが、わたしもマニもお前達以上に奴の事など知らん。さして興味もないというのが正直な所だ。どう転んだとしても、わたしの処遇には何の影響も無いだろうからな」
確かに。
マニさんも隣でこくこく頷いてる。
「となればこの件に関して、建設的なアドバイスなんてしようがない。我々の頭はお前だ。意思決定はお前の役割だろう」
「おごぉ」
「は?」
「あ、これはねぇ、正論で殴られた時の――」
「ああ分かった分かった」
肩をすくめて口を噤むレヴィアさん。むぅん、今回は負けを認めてやろう……だからアーシャ、そんなに睨まないであげて。言ってることはまさにその通りだから。
「ただ、まあ……」
お、なに?敗者に鞭打つつもり?
「……どちらにせよ、あまり中途半端な振る舞いを続けるのは止めておいた方が良いぞ。遠ざけるなら徹底的に、当てにするなら信頼するなり話し合うなり……」
一息、右手をゆっくりと持ち上げて。
「……どっちつかずを続けていると、
自嘲気味な笑みと一緒に、首元を親指で指す。
見えないけれど、きっとその指の腹には、首輪が引っかかっているんだろう。
「……説得力があるわね」
「だろう?」
おお、レヴィアさん、自虐的なしたり顔なんていう珍しい表情をしてる。
そんなものを見せられて、アーシャが呆れないわけがないんだけど。アーシャ、大体何にでも呆れるし。まあ根っこのところが傲慢だからしょうがない。これも遺伝ってやつだ。たぶん。
……ていうかレヴィアさん、結構マニさんに冷たかった気がするんだけどなぁ。あれでも本人的には中途半端だったらしい。わたしがアーシャにあんなのされたら、たぶん卒倒して二度と目覚めないと思うけどなぁ。
……あー、でも。出会ったばっかりの頃のアーシャは、ちょっとあんな感じだったかもしれない。
「…………」
レヴィアさんを睥睨する冷たーい眼差し。昔はこれが、いやこれよりもっと冷え切った目が向けられていたと思うと……いやどうだろ?そもそも視線を向けられることすら稀だった気もする。
まあそれでも「すごく冷たい眼付きのアーシャ」を覚えている辺り、わたしはとことん、アーシャを一方的に追いかけ続けてたんだろうなぁ。
「……どうかした?」
「んーん」
まあ、今はこんなに優しい雰囲気になってくれてるから、何でも良いんだけどね。
「っ…………!」
「……おいマニ、何だその射殺すような目は……」
「……私たちも、視線でやり取り……」
「無茶を言うな」
「……
「向こうに道理が通ってないだけだ」
酷い言い草だ。
……えーっと、なんだっけ。あ、うん、そう。中途半端は良くないって話ね。
助言できないなんて突き放しておきながら、中々大事なことを教えてくれるレヴィアさんだ。なるほど確かに、甘いと言えば甘いのかもしれない。
当たり前だけど、大事なことだ。
「……うん、ありがとう。よく考えてみるよ」
「……あの人に、さして興味はありませんが……上手くいく事を祈っています……興味は、ありませんが……」
二回も言わないであげて。
アリサさん泣いちゃうかもしれないから。
――で、その後も少しお喋りして。
良い頃合いだし折角集まってるしってことで、夕食時はみんなで食堂に向かった。アリサさんにも声をかけたら「ワタシ抜きで楽しくお喋りしてたんですかぁ……」って泣かれた。
ごめんなさい。
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