第49話予後補習


「――ではイノリさん。前回の講義で話した、魔術と魔力の関係性について。どうぞ」


「……えーーーっとぉ……」


 『魔術座学基礎』の講義から――つまり五度目の騒動から数日後。

 わたしは約束通り、アトナリア先生の研究室で補習を受けていた。アーシャと、アリサさんも一緒にね。

 三人いるっていうのにわたしに問いを投げかけてきたのは、当然、この集いがわたしの為に行われてるから。アーシャもアリサさんも講義成績は何の問題もなし……っていうかアリサさんに至っては、その辺の研究職くらいには魔術の知識あるって豪語してたし。

 それでもこの一対三の席に一番乗り気だって言うんだから、この人がいかに『アトナリア先生と仲良し計画』に力を入れてるかが分かるってもの。絶対何か裏あるよね。しかもたぶん「何か裏がありますよ~」って、わたしたちにそれとなく伝えてきてるよね。これはあれだ、匂わせ?ってやつだ。


「……イノリさん?」


「……あ、はい、えーー……」


 ……しまった、また思考が明後日の方向に飛んで行っちゃってた。

 対面からのアトナリア先生の声はちょっと訝しげ。右隣からはアーシャが机の下で手をにぎにぎしてるし、左隣ではなぜかアリサさんがにこにこしている。


 とにかく答えなくちゃ。大丈夫、ちゃんとアーシャと復習もしたし。ちょっとだけ。


「……魔術は、人類種の内なる魔力を使って発動する……ん、だったと思います」


 復習の成果、終わり。


 絶対に色々足りてないだろうわたしの回答に、けれどもアトナリア先生は少し嬉しそうに頷いてくれた。

 うんまあ、以前のわたしならこれっぽっちすら答えられなかっただろうからね。先生的には成長してるってことなんだろうね。


「非常に大雑把に言うとその通りです。ではアーシャさん、イノリさんの回答に対して、何か補足出来る事はありますか?」


「人類種の内なる魔力は総量が限られています。魔術は様々な術式を用いてそれを効率的に事象へと変換し、少ない魔力量で大きな結果を引き起こす為の手法」


 対してお隣のアーシャ、聞かれて即座に答えてみせる。

 淡々と、滔々とした声が耳に入ってきて、そこでようやくわたしも、そういえばそんなこと言っていたような気がするなぁー……なんて思うような。思わないような。


「ええ、その通りです。基礎的な知識ですが、その基礎をしっかり学ぶのが基礎座学ですからね。魔力を効率良く使う――その基本思想を頭に留めているかどうかは、座学・実技を問わず魔術を学ぶ上で非常に重要になってきます」


 アトナリア先生もご満悦。

 後半の言葉は、わたしを見ながらのものだったけど。


「――そしてぇっ!」


 ぐいーん。

 飛び出すアリサさん。


「一般にエルフが魔術に優れているのは、ヒューマンと比較して内包魔力量が多く、また遺伝的に魔術式への理解度が高い傾向にあるからとされていますねっ!」


「……ええ、まさしく」


 わざわざ先生の方へ身を乗り出してまで、補足の補足を挟んできたメイドさんに、ちょっと先生が身を引いてる。うんまあ、急にぐいぐい来られたらね。引いちゃうよね、そりゃ。


「ついでに言うと妖精は内包魔力量の高い生物を嫌うため、妖精に好かれ魔法の才に秀でた人物は内包魔力量が極端に少ない場合が殆どですねっ!」


 うわ、知らない話まで出てきた。

 わたしにもこれは、講義で言ってた範囲じゃないって分かる。妖精の話なんて、魔術の講義じゃしないだろうし。


「……特別高度な知識というわけではないですが、『魔術基礎座学』の領分は優に超えていますね。それから『内包魔力量』は殆ど研究用語のようなものなので、ここでは『内なる魔力』で構いません」


「あ、そうだったんですね。これは失敬」


 てへ……何だっけ?てへ……――てへぺろ――そうそう、アリサさんのてへぺろ顔。先生は呆れと困惑が混じった表情で見てる。


「いえ……しかしアリサさん。貴女は少なくとも、知識においては補習はおろか基礎座学の講義すら不要に思えるのですが」


「いえいえそんなとんでもないっ!今しがたアトナリア先生が仰られたじゃないですか。基礎は大事だとっ」


「まあ、そうなのですが……」


 今一つ納得の行っていない様子。

 まあどう見ても、主人に合わせて実力以下のクラスに入ってきてる、って感じだしねぇ。王都に名立たる教育機関『学院』としては、微妙な顔の一つもしちゃうものなのかも。

 や、じゃあ最初っからボロを出さないように、もう少し無知な振りをしておけばって話なんだけど。戦闘実技系の講義みたいに。でもどうやらこの補習講義中は、あえて少し賢しらに振る舞うつもり、みたいだ。


 これもアトナリア先生の興味を引くため、なのかなぁ?


 全部を話そうとはしないアリサさんの真意を考えている間にも、アーシャは手も指もにぎにぎしてくるし。アリサさんとアトナリア先生の会話は続いている。


「……しかし。貴女自身はそれだけ勤勉でありながら、イノリさんが勉学を不得手としているというのはやはり……」


 痛いところを突かれた、って顔になるアリサさん。

 凄い演技力だ。なんて言うかこう、「個人の能力は高いけど従者としてはまだちょっと未熟なメイドさん」の振りがすごく上手い。


「ワ、ワタシは教育係ではありませんのでっ……」


「専属ともなれば、ある程度はその辺りも兼任するものなのでは……」


「う、うちは放任主義なものですからっ……」


「放任主義、ねぇ……」


 胡乱げな声。眼鏡越しの視線もジトっとしてる。


 どことも知れない辺境のお嬢様。その嫁さんの仏頂面な魔女。なーんか胡散臭いメイドさん。改めて考えると、これで訝しむなっていう方が難しいかもしれない。

 やっぱりわたしたち、潜入捜査下手くそだね。



 ……でも、まあ。普段の講義と違って、こうやって雑談交じりに先生の指導を受けられるのは、中々楽しい気もする。そんな、予後補習の時間だった。

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