第47話 五度目

 本文中に失礼します。この第47話、マニが『格闘術実技』の講義を当たり前のようにサボり散らかしているというミスがありましたので、前半部分を大幅に書き直しました。構成が甘く申し訳ありません。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 補習から数日。


 わたしたちにとっては久方ぶりに。『学院』にしてみれば十分早過ぎるくらいに。

 それは起こった。


 これで通算……五度目、かな?『マニ×レヴィア』騒動も含めて。


「――ん。んー?」


 小さく上げた声に、アーシャがすぐに反応する。

 同じくらい小さな声で、顔は正面を向いたまま。


「……出たの?」


「出た、ん、だけど……」


 わたしの勘違いじゃなければ……三つ・・、気配が立ち昇った。

 そう告げるとアーシャも、わたしと同じ怪訝な表情に。


「……三人同時にって事?」


「うん、ほぼ同時」


 まるで、せーので合わせて解き放ったように。同じ場所から、三つ。


 カミが複数の人間に力を与えること自体は、別に珍しい話でもないけど。この騒動全体が人為的なものって前提を置いてみれば、なーんかこう、気持ち悪い感じがする。一つ一つの気配は別に、濃くもないけど。


「……うーん……」


 それに、問題はもう一つあって。


「――となるとどうします?抜けますか?」


 今、講義中なんだよねぇ。『魔術座学基礎』の真っ最中。だもんで、アリサさんもかなり声を潜めている。ていうか唇が全く動いてない。すごい。ちょっと不気味だけど。


「んー……」


 勿論、わたしたちの役目は騒動の解決なわけだから、現場急行が講義より優先されるのは当然のこと。ことなんだけど、やる気のあるそぶりを見せた矢先に講義を途中で抜け出すだなんて、まあ、アトナリア先生の心証は悪くなっちゃうかなぁって。


「――即ち魔力とは、魔術と魔法両方のエネルギー源となるもの。あまり詳細に語ってしまうと、魔術基礎の範囲を超えてしまうのですが――」


 いつも通りの淡々とした声を耳に、ちょっとだけ考えてしまう。


 いや、行くよ?行くけどさ。

 先生をがっかりさせちゃうことに、思ってた以上に心が痛みかけて……それでも優先順位は違えられない。気持ちを切り替え、手を挙げて退席を申し出――ようとしたところで、アリサさんから再び声がかかった。


「因みに、場所はどこなんです?相手さんの強さは?」


「寮の近く、西校舎の外……あんまり適合できてないから、強くはないと思う」


 少なくとも、アリサさんが前に捕縛した女生徒よりは弱い、はず。つまり会話が成り立つ可能性は低い。

 ってことを伝えると、我らがメイドさんは素早い手付きでエプロンの裏から通信機を取り出した。アトナリア先生からは見えないように、うまーく机の下に隠したまま。講義中の通信は基本的に禁止されてるからね。


「その位置ですとマニさんとレヴィアさんが近いですが、先行させましょうか?」


 ……なるほど、そういうのもありか。

 確かに今、レヴィアさんは寮にいる。彼女の中にはまだ、僅かとはいえカミの片鱗が残っているわけだから、わたしは常に大まかな位置を感じ取ることができる。マニさんは絶対にレヴィアさんの近くにいるだろうし。


 まあ、神様の気配なんて感知できないはずのアリサさんが、なんで二人の現在地を完璧に把握してるのかは……聞かないでおこう。今はね。


 とにかくあの二人……特にマニさんがいれば、このくらいの相手を抑えるには十分だろうし、確かに案としては良いと思う。こっちも講義自体はもう少しで終わるし、実地体験も兼ねて戦って貰って、厳しそうならわたしたちもすぐに向かう。


 せっかく頭数が増えたんだから、偉い人として「部下を使う」って行為に慣れておいた方が良いかもしれない。

 わたしってば霊峰の血族当代当主だけど、あんまりこう、あれしろこれしろって指示を出す経験はないんだよねぇ。皆代々やること決まってるからね。言わずともやってくれるし。神様との接触時は結局、当主が矢面に立つわけだし。


 うん、良い機会。かな?

 マニさんの実戦と。わたしの、人に任せるってことと。

 それから、レヴィアさんが我慢できるかの。


 というわけでここは、アリサさんの提案にありがたく乗っかることにする。


「……そうだね。アリサさん、連絡お願いしていい?」


「おまかせ下さい」


 待ってましたとばかりに、凄い勢いで通信機を操作しだすアリサさん。

 指先だけたんたんたんって、だけど視線も姿勢も正面を向いたまま全くぶれてない。のーるっく?ってやつ。


 ちらっと手元を見てみると、


〈オラァひよっこ共ォ!仕事だ仕事!――〉


 とかなんとか書いてあった。


 わたしへの態度とマニさんたちへのそれが全然違うことに呆れつつ。でもやっぱり、居ると助かりはするんだよなぁって思わずにはいられない。


「「…………」」


 アーシャと一度、顔を見合わせて。それからわたしは、気配へ意識を向けなおした。何か動きを感じたら、すぐにでも向かえるように。



 ……あ、一応アリサさんを一人で行かせるっていうのも一瞬考えたんだけど。

 口には出さなかった。




 ◆ ◆ ◆




 ――で、講義が終わってから現場に到着。

 そう、講義が終わってから。

 つまり大事なく、マニさんとレヴィアさんは生徒たちを制圧してくれた。


 ……ちょっと、一瞬だけ、レヴィアさんの中の気配が揺らめいたけど。我慢できたっぽい。えらい。


 最初に感知した場所から少し移動して、ちょうど寮の裏手に二人はいた。

 場所も場所だし時間も時間だしで、見られて騒ぎになったりっていうのはないみたい。や、それはそれで何か怪しいけどね。


「お疲れ様、大丈夫だった?」


「……ええ、問題なく……」


 分かってはいつつも安否を問えば、マニさんはどこか拍子抜けしたような声音で応えてくれた。言葉の通り怪我一つなく、足元にはぼこぼこにされて延びちゃってる男子生徒が二人。


「レヴィアさんは?」


「……あぁ」


 こっちは少し息が上がってる。鎖の魔法で縛られ、口も塞がれてる女子生徒を見下ろすその顔、眉間にはばっちりしわが寄っていた。

 ところどころ浅い傷なんかもあって、やっぱりレヴィアさんは余裕綽々とはいかなかったみたいだ。


「……こうして肩を並べると、やはり力の差を痛感させられる」


 ちらりとマニさんの方を見て、苦々しく呟く。


 きっとそうだと見込んではいたけれど、やっぱりマニさんは強い。すごく強い。

 地面に転がってる男子生徒はざっくり見て、以前レヴィアさんが敗れた女子生徒――確か二回目の騒動かな?――とそう変わらないくらいの適合度。それを二人同時に相手取って一方的に倒せてしまえるんだから、力量のほども分かるってものだ。

 ……つまりそのマニさんを圧倒するほどに、レヴィアさんの適合度が高かったって話でもあるんだけど。まあそれは、今は置いておいて。


「……はぁ……」


「……レヴィア……」


 レヴィアさんの口から漏れる溜め息は、まさにそんなすごく強いマニさんとの差を見せつけられてのもの。


 でも、そうやって気落ちしてるってことは。ズルをしないで、自分自身の力で戦ったってこと。


「マニさん」


「……?……はい……」


 ちょいちょいって呼んだマニさんに、そっと耳打ちする。


「レヴィアさん、を使うのを我慢してた。頑張って、我慢してた」


 少なくとも今回はね。

 ……なんて野暮なことは言わずに、それだけ伝えれば。


「…………レヴィア……」


「……?なん――」


「――レヴィアは偉い、とても偉い……弱くて偉い……それで良いの……良い子、良い子……」


「な、んっ……おい、止めろっ、撫でるな……離せっ……!」


 マニさんは横から抱き着きながら、頭を撫で繰り回す。

 耳から脳に沁み込ませるみたいに、弱くて良い、弱くて良いって。


「……中々悪くない絵面ですねぇ……!」


 アリサさんは大喜び。

 レヴィアさんは、ほんっとに嫌そうな顔してるんだけど、そのわりにはされるがまま。

 アーシャはいつもの、馬鹿を見る目。


 なんだか締まらない気もするけど、とにかく今回は部下たちの働きのお陰で、何もすることなく事態を鎮圧できた。


 うむ、楽。

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