第42話 饒舌


 補習は数日後、すぐに始まった。客員の先生にも話は通してあったみたいで、アトナリア先生、その辺りの日程調整も上手みたい。

 まあ見るからに仕事出来そうな人だもんね。講義ちゃんと聞いてなくても分かるもん。


 その間にも神様カミ関連の騒動は全く起きなくて、どうも妙に静かな感じはするけど……そもそも春先から『マニ×レヴィア』騒動までの頻度が異常だったって話。普通はこれくらいには平和なもん……らしいよ?


 まあとにかく。

 わたし一人だけの補習はアトナリア先生の研究室で行われることになってて、ちょっとお喋り・・・でもできないかなぁなんて、時間の少し前にお邪魔してみちゃったり。

 あ、補習を受けてる間、アーシャとアリサさんは部屋の外で待機。マニさんとレヴィアさんはまあ、そこまでがっちり行動を縛ってるわけじゃない。学院内にいてさえくれれば、大体は把握できるから。


「良い機会だから、盗聴の魔法でも調整してみるわ」なんて言ってたアーシャが、腕組みしながら壁にもたれ掛かったのを横目に、研究室の戸を叩く。


「――失礼します」


「ああ。イノリさん、早かったですね」


 アトナリア先生の部屋はそんなに広くもない上に、左右の壁には難しそうな本がびっしり入った本棚がいっぱい並んでて、物理的にも精神的にも凄く狭苦しく感じちゃう。部屋の主はいつも通りのスーツ姿で奥の書斎机に腰かけていて、いかにも真面目な教授先生って感じだ。たぶん。集落にはそんな人いなかったけど。

 「かっちりスーツで眼鏡で飾り気のない髪型=お堅い教師」って印象がもう出来上がっちゃってる辺り、わたしも何だかんだ人里の文化に染まりつつあるのかもしれない。


 あ、ちなみに客員の先生はまだ来てない。


「今日から三日間、お部屋をお借りします。よろしくお願いします」


「……何だか、イノリさんにしてはえらくかしこまっていますね」


 立ち上がって出迎えてくれたアトナリア先生。


「――それと、ごめんなさい。今後はもう少し、真面目に講義を受けようと思います」


「えっ」


 とりあえず、最初に謝ってみた。反省してるってのはほんとで、でも半分くらいは、先生の心証を良くしようって魂胆もある。日の指す小窓を背景に、先生は何だか面食らったような表情をしてた。


「……え、ええ、そうですね、とても良い心掛けだと思います。ほら、遠慮せず座って下さい」


 びっくりの奥から、じわーって嬉しそうな雰囲気が滲み出てきて。ちょっとぎこちない身振りで、部屋の真ん中にある長机を指す先生。

 正直わたしだったら「じゃあ最初っから真面目に受けとけよー」ってなると思うんだけど。やっぱりあれだね、駄目な子ほど可愛いみたいだね。


「補習までまだ少し時間があります。折角ですし、少しお話でもどうですか?」


 あら、向こうからそう言ってくるとは。

 わたしの対面、上座に腰かけた先生の言葉に頷いて返す。


「今後は講義をきちんと聞いてくれる、との事でしたが……そもそも、イノリさんが勉学に苦手意識を持っている理由は何なのでしょうか?差し支えなければ」


 何かと思ったら、振ってきた話題すらわたしの為みたいだ。アトナリア先生、凄く良い人っぽい。


「実技成績は良いと聞いていますが……失礼ながら、イノリさんはそこまで身体を動かすのが好きという風にも見えません……であれば、運動は良くて座学は駄目という理由が見えてこなくて」


 確かに。わたしの性格を客観的に見れば、運動も勉強も面倒臭がってやらなそうだもんね。ただの学生イノリならまさしくその印象通りなんだけど……まあ、カミと戦う上では身体が動かないと話にならないからねぇ。言えないけど。


「……うーん……育ったのがわりと辺境の地で、家訓が自分の身は自分で守れ……みたいな……モンスターに遭遇することも良くありましたし」


 田舎のご令嬢?だっけ?もううろ覚えだけど、とにかくそんな感じの設定を鑑みながら、それっぽいことを言ってみる。嘘は言ってない。霊峰にもモンスターはいるし。


「だから自ずと、戦う術は体が覚えて行ったんですけど。椅子に座って勉強ってなるとどうにも……アーシャとアリサさんもいましたし」


「成程……生活の上で必要だったか否か、と」


 小さく頷くアトナリア先生。

 何だろう、講義の時と違って少し肩の力が抜けてるように見えて、あんまり怖くない。


「イノリさんは魔法にも長けているという事で、その分魔術の運用が不得手だというのは理解しています。市販レベルの魔術具程度なら術式構造なんて理解せずとも普段使い出来る、という世間一般の認識も間違ってはいないでしょう。だからこそ特に魔術座学に身が入らないというのも、分からない話でもない」


 ですが、と一拍置いて。


「それでも理論を――少なくとも現行の殆どの魔術の基盤となる基本三型を理解しておくことは、必ず貴女の人生においてメリットになるはずです。イノリさん、人類種と殺し合いレベルの戦闘をした事は?」


「……ないです」


 微妙なところだけど、私には生き物を殺すつもりがないから無しってことで。


「戦闘技能を活かした職に就くのであれば、ならず者、凶悪犯罪者の類を捕縛ないし殺害しなければならない状況が訪れる事もあるかもしれません」


「はい」


 先生の言葉を、よくよく噛み砕いていく。

 確かにわたしの成績とかを考えれば、その手合いの職に就くっていうのは有りがちな話だろうから。そういう前提で先生が話している、っていうのを頭に入れて。


「魔術は人類種の有する最も普遍的な力。大多数の、魔法を使えない者達が他者を害するという視点を持った時。下手な格闘技能よりも、魔術の方がよほど習得しやすい武力になってしまうのです。翻せば、そんな者達と戦う上で魔術への理解は必ず役に立ちます。必ず」


「はい」


 先生の言うことは最もなんだろう。

 集落の環境とか、学院で仲良くなったマニさんレヴィアさんが「普遍的」じゃなかっただけで、普通、人類種は魔術を使う。


 だからわたしも、できるだけ真面目な顔して頷いて。

 講義真面目に受けます補習頑張ります、って雰囲気を出しておいた。


「――ですので、こうしてイノリさんが補習の提案を受け入れてくれた事。受講態度を改めると誓ってくれた事は、とても喜ばしい話です。重ね重ね、私も出来る限り協力しますので、頑張っていきましょう」


 ……誓った覚えはないんだけどなぁ。

 随分と饒舌な先生の様子に、流石にそんなことは言えなかった。


「……はい、頑張ります」


「結構……ところで話は変わるのですが、アーシャさんとは――」


「――失礼します……」


 ほど良い、うん、たぶんほど良いところで。

 戸を叩く音と一緒に、気怠そうな女性の声が聞こえてきた。

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