第34話 デート?


 でーと、というやつらしい。

 昼間っから外を出歩く、このよく分からない行為は。


 今日は講義もなかったし、お上との諸々の調整が終わったばっかりでくたびれてたから、一日中部屋に籠っていようと思ってたんだけど……アリサさんが、それはそれはもうわざとらしく外出を促してきた。


 『学院』からほど近い、王都民に人気のれすとらん――お昼も開いてて個室もある。偶然・・招待券が手に入ったので是非!


 ……なんてにこにこ笑うアリサさんが何をしようとしてるのか、流石にわたしでも分かったよ。今頃、マニさんとレヴィアさんとお話し合いでもしてるんだろうなぁ。


「……面倒ね」


「ねぇ」


 外に食事に出るのも、部下――厳密には違うけど――の意図を汲み取るのも。


 もしもアリサさんがわたしたちを完全に欺いていた場合は、マニさんらにあることないこと吹き込んで厄介なことになっちゃう可能性もあるけど。ここで頑なに断っても、どうせどこか別の折に密会を企むんだろうし。だったら今回の内に、まだ把握できてるうちに動いておいて貰おうかなって。

 結局、手練手管ではあの人には敵わないだろうから、どうしたって受け身にならざるを得ない。


「まぁ、さっさと済ませて帰ろう」


「そうね」


 半ば諦めの気持ちを抱きながら、来た時以来出歩いていなかった王都の街を、目的地に向かって真っすぐ歩いていく。寄り道とか、あっちこっち見て回るとか、そういうのは疲れるからね。


 幸い天気は良かったけど、その分初夏の日差しが少し暑い。見た目の割に通気性の良い制服で助かった。制服デートですか良いですねぇ良いですねぇ!――とか何とか、アリサさんは楽しそうだったけど。単純にこれと山から持ち出した貫頭衣しか持ってないってだけの話。

 制服、つまり所属を表す服なら、少なくともいつもの貫頭衣へやぎよりは目立たないだろうと思って。実際、街中でも同じ格好で歩いてる人がいたし。


「賑やかだねぇ」


 うるさいのは苦手だから、遮音の魔法でわたしたちとそれ以外とを隔てて貰ってる。でも声は聞こえなくとも、目に映る人たちの身振り手振り表情だけで、街の活気というものは伝わってくる。

 食事処や屋台とやらが多く立ち並ぶ区画は、お客さんを呼び込む声や、どこに入るか悩む人たちの声で溢れかえってるんだろう。たぶん。聞こえないから分かんないけど。


「もうすぐ着くはずよ」


 土……のはずなんだけど何か混ぜられてるのか、かなりしっかり踏み固められた街道は、真ん中は自動車が通るってことで空けられてる。確かに時折、あの小さな四輪の箱が行き交っているのを見かけた。それでも土煙も立たない道の端っこの方を、わたしとアーシャは歩いて行く。


 この、ゆっくりお散歩する時間自体は嫌いじゃない。欲を言うなら森の中とか山の中とか、人がいないところが良いけどね。




 ◆ ◆ ◆




「――なぁなぁご主人っ!あのアヤシイ女、見張ってなくて良かったのカ?」


 レストランに入って、個室に案内されて。


 牛肉を主菜に据えた、何だか見栄えの良過ぎるようならんちめにゅーがテーブルに届いた辺りで妖精さんたちが姿を見せた。

 昔っからわたしたちに付いてる、何人かの光の影。正直、未だに誰が誰だか良く分かってないんだけど、本人たちも別に気にしてないみたいだし、まぁいいかなって。


「あんた達に見張らせても意味ないでしょう」


「……まァそれもそっカ!奥方の言うとーりだナ!」


 アーシャの素っ気ない言葉に気分を害した様子もなく、みんなけらけら笑ってる。

 他の妖精さんたちは知らないけど、うちのは大体いつも楽しそうだ。


 ……ご主人とか、奥方とか。

 どこで得た知識なのやら、彼ら彼女らはもう何年も前からわたしたちのことをそう呼んでる。っていう話をしたら、アリサさんも真似し始めたけど。まあ、好きに呼べばいいと思う。今は、それはどうでも良い。


 妖精さんが言いたいのは、そのアリサさんの不審な行動を、自分たちに見張らせてみたらどうかってことだったんだけど。


「みんな、何言ってるか良く分かんないしねぇ」


「アタシらも、ご主人たちが何言ってるのか分かんないときあるゼ!」


「あるゼ!」


「ゼ!」


「お互い様だねぇ」


 今みたいに、日常会話くらいなら成立する。意思疎通自体はできる。

 でもやっぱり、妖精さんは妖精さん独自の価値観でモノを見るから。監視して貰ったとして、わたしたちの欲しい情報を、わたしたちに分かるように拾ってきてもらうのは無理だと思う。そもそも、レヴィアさんには見えちゃうわけで。

 だからこの案は今までも出てこなかったし、今だってすぐに却下された。

 そもそも妖精って魔法が好き過ぎて、それ以外のことはてんで駄目だし。だから魔法に長けた人のところには自ずと妖精が集まるし、強力な魔法を使う時なんかは、野良の妖精さんたちが勝手に手伝いに来てくれる。


 まあ兎に角、妖精さんを諜報員扱いする、っていうのは土台無理な話で。その代わりとばかりに、アーシャが少し考えるような仕草を見せた。


「……でも、そうね。盗み聞きの魔法でも身に付けておいた方が、良かったかしら」


「かもねぇ」


 こういうのは案外、必要になるまで思い浮かばないものだ。

 山に居た頃は、そんなの使う場面が無かったからねぇ。遮音とかはともかくとして。


「まあひとまず今回は、後でマニさんレヴィアさんから聞いてみる・・・・・ってことで」


「ええ」


 今のあの二人なら、まだ口が軽くなる魔法もかかるんじゃないかなと思う。たぶん。確か、寮のマニさんの部屋にレヴィアさんも入居したとか言ってたかな。一人部屋にもう一人なんて結構な話だけど、成績優秀者は多少の無茶を通せちゃうのがこの『学院』の魅力でもある。らしい。


 こっちとしても、一緒に居てくれた方が目が届きやすくて良い。

 アリサさんみたいに信用してないってわけじゃないけど、やっぱり監視の目は必要だろうから。マニさんもレヴィアさんも、それぞれ別の意味で危ないし。


 ……とか何とか、飲み物の氷が少し溶けちゃうくらいまで少し話し込んで、はたと気付いた。


「……ねぇ。これって、デートってやつなんだよね」


「そうね」


「わたしたち、仕事の話ばっかりしてない?」


「そうね」


「……公僕っぷりも、だいぶ板についてきちゃったねぇ……」


「……そうね」


 二人して、小さくため息を吐く。

 霊峰で、時折流れ着いてくるカミを祓っていれば良かった頃は、こんな気苦労は背負わずに済んでいたのに。

 何ともままならない話だ。


「……」


「……」


「……食べよっか」


「ええ。頂きましょう」


 配下の調整とか管理とか監視とか、そういう面倒なこと全部、誰か代わりにやって欲しい。現実逃避気味に話を終わらせて、いい加減お昼ご飯に手を付ける。


 白いパンはもっちりふわふわで、確かに人気なお店なのも頷ける味。

 妖精さんたちはいつの間にやらまた、どこかの層に潜っていってた。

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