第二章 初夏――『学院』は学び舎です

幕間 メイドニンジャ・コンスピラシー


「――さて、そろそろ気持ちの整理は付きましたかね?」


 いつもは静かな、悲しき我が一人部屋。

 しかし、なんと今日は客人を招いているのです。


「……付くわけがないだろう」


 不貞腐れたように言う片割れは、硬質な赤髪赤眼が目を引く少女、レヴィア・バーナート。目には見えませんが、今もその首には『契約の首輪』が嵌められているのでしょう。


「……私は最初から……心は、決まってましたので……」


 対して、その一方的極まりない契約の主たる少女、マニ・ストレングスの佇まいは、目元が隠れていても良く分かるほどに自然体です。むしろ今までの――レヴィア・バーナートと共にいなかった彼女の方が、普通ではなかったということなのでしょう。


「結構、結構」


 この二人を渦中に据えた騒動から数日。

 気持ちの面でも、霊峰の血族側の後処理の面でも落ち着いたこの頃合いに、ワタシはこのひよっこ共を呼び出しました。わざわざイノリさんとアーシャさんに高級ランチの招待券まで用意して。


 めちゃんこ渋ってましたけどねあの二人。外出たくないとか面倒臭いだとか。完全個室だから、めっちゃいい店なんで一回は行ってみた方が良い、アーシャさんにご褒美あげるって話なんですよね等々、宥めすかしてどうにか席を外して頂くことができた次第。


 できる中間管理職ってのはねぇ、上司のいない間に部下を躾けておくものなのですよ!知らんけど!


「……ですが、わざわざ私たち三人で集まって、とは……どういった用件で……?」


「それは勿論――上下関係をはっきりさせる為です!」


「……はぁ……?」


 む、おかしいですね。

 何故か首を傾げられています。


「――上下関係をはっきりさせる為です!!」


「聞こえなかったわけではない」


 レヴィア・バーナートに溜息を吐かれました。生意気ですねこの女。まあワタシは寛大なので許してやりますが。里の重鎮共を反面教師にして育ったのでね、懐は一人暮らし向けのワンルームくらい広いですよ。


「……レヴィア、失礼だよ……」


 とか何とか言ってる脳筋女がワタシを差し置いてスカウトされたのは許せませんがねぇ!面白い百合モノを見せて貰って無かったら、それとなくっちまってる所ですよ。


「しかしそうは言ってもだな……そもそもの話、わたしたちはお前がどんな立ち位置にいるのか、良く分かっていないのだが」


「……アリサさんについては、詳しく聞いていないもので……一応、本当はメイドではなく忍者……というところまでは……」


「ふーむ、そこからですか」


 どうやらイノリさんもアーシャさんも、ワタシについてはきちんと説明されていないようですね。お二人の感じからするに、説明するのも面倒臭いといった塩梅でしょうか。自分で言ってて悲しくなってきましたが。ワタシ、リソース割かれ無さ過ぎじゃないです?何で?こんなに優秀なのに。


 ……ま、まあ兎に角、いつだかイノリさん達にしたような説明を、かいつまんでこのひよっこ二人にもしていきます。どうせこの子らはもうこっち・・・側の人間ですし、信用を得るためにもここは腹を割って話すのがベターでしょう。


 ま、イノリさんとアーシャさんには何故か信用されなかったのですがね!何で!?


「――と、いうワケでして。ワタシはお前たちに先んじてあのお二人の傘下に入った、言わば先輩、否さ上司と言っても過言ではない訳です。お分かりで?」


 嘆きは心の内に追いやり、分かりやすーく説明してやることしばし。

 ある程度は理解できたのか、二人共小さく頷きました。


 ……ワタシがスカウトされていない、という点は黙っておきましたが。


 どうせすぐにバレるでしょうが……今はひとまず、ワタシがこの子らより上のポジションに居ると思わせるのが重要です。

 現段階からそうやって擦り込んでいき、この仮組織内にワタシが居るのが当たり前だという状況を構築してやります。自然に、自然に、しかし気付いた時にはもう、ワタシは部隊長くらいの要職としてなくてはならない存在になっている、ハズ。

 現状スカウト待ち――プランAは難航気味ですからね。スカウトを待たずして自ずから組織内に入り込むこのプランBも同時進行でいこうという算段。やはり天才ですねワタシ。


「……概ね理解しました……私としては、レヴィアと一緒に居られるのなら……別に何でも良いです……」


 無関心というか、こっちもこっちで失礼な女ですねぇ。まぁ?ワタシは寛容なので?許してやりますが??


 現状に臆する様子も全く見せませんし、追いかける側のか弱い女かと思ってましたが、蓋を開けてみれば中々どうしてイカれてます。

 踏ん切りさえ付けば相手の意思も無視し、犯罪行為さえ厭わない。『契約の首輪』の使用が露見すれば、重い刑罰は元より、社会復帰なんて到底できないほどの侮蔑の目を周囲から向けられるでしょうに……一切躊躇わなかったですからね、コイツ。


 大体マニ・ストレングスは、あの夜ワタシが乱入も首輪の使用も見逃してやったことをもっと感謝すべきだと思うのですが。いえ、口には出しませんが。

 理由は勿論、その方が面白いモノが見られそうだったからに尽きます。実際見られましたし。言うとアーシャさんに間違いなくぶち殺されると思うので、墓場まで持っていく所存です、ハイ。


 兎に角このひよっこ一号、幸いにも幼馴染との関係さえ引っ搔き回さなければ扱いやすい相手ではありますが……問題はそのひよっこ二号の方。


「――いや、理解はしたが納得は到底できんぞ。何だ諜報員とは。神霊庁しかり、国がそんな後ろ暗い事をしていて良いわけがないだろう」


「……はぁ」


 レヴィア・バーナートという女、メンタルが常人過ぎるんですよねぇ……


 イノリさんも言ってましたが、矛盾や葛藤を抱えた……良く言えば人間らしい、悪く言うと潰れやすい女です。コイツが駄目になるとマニ・ストレングスが暴走し始めちゃうんですが……現状最も負荷をかけているのがそのマニ・ストレングス自身というのだから面倒臭い……いや悪くないですが。うん、悪くない。


「ではどこだかに訴えかけますか?恐らく信じて貰えないでしょうし、そもその前にワタシかアーシャさんに処分・・されるのがオチですよ」


「……そうだよ、レヴィア……いい加減、現状を受け入れて……」


 あの夜以降、二人でどんな話し合いをしたのやら、ひとまず関係性は落ち着いているように見えますが。明らかに、マニ・ストレングスが言うことを聞かせている・・・・・・状態ですからねぇ。円満に仲直りとは程遠いでしょう。


「取り合えず、マニさんさえ納得していればそれで良いでしょう。レヴィアさんの自由意思なんて殆ど無いようなものですし」


「……チッ……」


 霊峰の血族からの監視、マニ・ストレングスからの束縛。

 二重に縛られた彼女には、もはや基本的人権というものがあるのかさえ疑わしい状況です。超法規的措置の産んだ悲劇、とでも言えましょうか。見ている分には、喜劇以外の何物でもないのですが。本人もしでかしたことの報いだと思っているからか、本気で反発する様子はありませんし。


「ハイ、では良いですね?表向きワタシはお二人を『ご主人様、奥方様のご学友様』として扱いますが、実際の所はこちらの方が上の立場です。努々、お忘れなきよう」


 最後に釘を刺し、この話はおしまいです。しばらくはこの二人の手綱を握ることも、タスクに入れておいた方が良いでしょうね。イノリさん達からの信用度も稼げそう。


 神霊庁神伐局なんてなんていう、懐にさえ入ってしまえば他からの干渉は軒並みシャットアウトできそうな胡散臭い部署。逃すわけには行きません。

 イノリさんとアーシャさんもいい感じに緩い雰囲気出してて、何より婦婦ですからね!上司が美女同士の婦婦とか、これ以上ない労働環境でしょう!少なくとも腹の真っ黒な古狸ジジババ共よりは絶対に良いハズ!


 切った張ったのサツバツアクションも嫌いではないですが……寝ても覚めてもそればっかり、しかも気に食わない上司に顎で使われて、というのは面白くありません。できることなら、人生楽しく過ごしたいですからねぇ。


「……何度でも言うが、納得はしていないからな」


「……今のレヴィアは、口だけ女なので……気にしないで下さい……」


「おい」


「……何……?……ズルくて弱っちい、レヴィアちゃん……?」


「ちゃん付けはやめろ――」


「――失礼、少々お静かに」


 ヒートアップしかけたレヴィア・バーナートを制します。

 折角始まった痴話喧嘩を止めるのは忍びないですが、部屋の外からこちらに近づいてくる気配がしたもので。


 足音歩き方からしてこれは、アトナリア先生ですね。

 隣の――イノリさんとアーシャさんの部屋の前で立ち止まり、ノック。少し待ち、もう一度ノックして、また少し待ち……ドア前に居座ってますね、居留守かどうか見極めようとしてるようです。


 ……そういえば『魔術座学基礎』、今日が提出期限の課題があったような。

 ワタシとアーシャさんは早々に終わらせていたのですが……


 成程。わざわざその催促に、とは。

 薄々勘付いてはいましたがこの方、「駄目な子ほど可愛い」タイプの教師ですね。家庭教師などには向いていると思いますが、このような大きな教育機関の教員としては、何とも気苦労の絶えなそうな性格です。


「……ふむ、お二人はそのままで」


 ひよっこ共に一言断ってから、ワタシは立ち上がりドアを開けました。音に反応し此方を見やる彼女へ、声掛けをば。


「――おやアトナリア先生、こんにちは。ご主人様と奥方様でしたら、今は不在ですが」


「……そうでしたか。イノリさん、提出課題も放り出してどこに――主人?奥方?」


 よし、釣れましたね。

 まあ、イノリさんには後できちんと課題を仕上げて頂くとして。今はとりあえずこの場をどうにかするのが、従者たるワタシの務めでしょう。こうやって普段から、地道にポイントを稼いでおくのが肝要なのです。


「……おっと、これは口が滑ってしまいました。どうかお忘れ下さい」


 お二人が婦婦だということはジッサイ、秘密にしておく必要もないのでしょうが。ワタシ達には伝えたつもりでいたようですし。


「いえ流石に無理がっ、え、あ、あのお二人、結婚されてたのですか?」


 ノルン・ヒィリ・アトナリア、54歳。ヒューマンの二倍ほど生きるエルフとしても、そろそろ婚期がアレコレで焦り始めるお年頃。堅物で通り色恋のいの字も知らない貴女が、近頃密かに焦燥感を抱いているというのはリサーチ済みですよ。


「……あー。この失態は、どうかご内密にして頂きたいのですが……」


「それは……この状況では判断しかねます。詳しい事情を聴いてからでないと……」


 知人の、しかも自分よりうんと年下である教え子の婚姻事情ともなれば、気になってしまうのも致し方ないでしょうね?ええ、そうでしょうとも。


「……中へどうぞ。話せる限りではありますが……」


 わざとらしく周囲を窺ってからそう声をかければ。お堅い顔に好奇心を見え隠れさせながら、アトナリア先生は我が悲しき一人部屋へと足を踏み入れてしまいました。

 何と愚かなことか。一度入ったら最後、イノリさん達がデートから帰って午後のシエスタと洒落込むまで、出ることは適いませんよ。

 そしてその頃にはもう、何の目的でお二人の部屋を訪れたかも忘れてしまうことでしょう。


「失礼しま――あの、そちらの二人は?」


「「??」」


「ああ、ご主人様と奥方様のご学友です。このお二人は件の話を既に知っておりまして――」


 このワタシ、アリサ・アイネにかかれば、敵は手中に落ちたことすら気付かずに息絶えるのですから。


 ……いや別に、殺しませんけどね?

 我が明るい転職計画の邪魔さえしなければ――

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