第31話 圧倒


「妙な肩書きだ――妖精様!」


 肩をすくめるのと同時、レヴィアさんは真正面から火球を放ってきた。

 近いけど決して至近ではない距離でのそんな攻撃、当たるわけないって本人も分かってるはず。

 こちらが避ける前提の囮。


 それをわたしは、手で祓っ……間違えた、払った。


 こう、ぺいっと。


「……は?」


 普通に当たってたら大火傷では済まないだろう高密度の炎の球。

 それが手の甲ひとつでろうそくの火みたいにかき消えたもんだから、さすがのレヴィアさんも、ぽかーんって大口を開けてる。


「次は?」


 挑発するように、余裕を見せつけるように。

 構えも取らずに言えば、はっとレヴィアさんの表情が歪む。


「……どういう仕掛けか、見極めさせてもらおうかっ!!」


 後ろに大きく飛び退りながら、両腕を広げなにやらやっているレヴィアさん。

 細かく動く指先に合わせて、いくつもの火球がこちらへ飛んでくる。


 正面左右はおろかわたしの真後ろにすら生成されたそれらは、やっぱりその一つ一つが、普通だったらわたしの身体を丸焼きにしてたくらいの高火力。


「よっ、と」


 いくつかは躱して、無理そうなのは手で払い除けていく。

 別に避ける必要もないんだけど、服が焼けるのはいやだなぁって。


 何巡も何巡も、わたしをその場に釘付けにするように、常に四方から飛んでくる火球たち。

 案の定、少しもしないうちにまた別の魔法の予兆が感じられた。


 場所は、わたしが居るこの空間。

 魔法は使えないけど妖精さんは見えるし、何となくこう、力の流れとかは感じ取れる。


「えい」


 わたしの胸の前くらいで起こる爆発――の、その発生の瞬間を握り潰す。


「っ!!」


 息を呑む声が聞こえたのは、既にすぐ近くにまで走り寄っていたから。

 本人的には間違いなく当たると踏んでいたらしい攻撃が不発に終わって、火球の精度が一瞬乱れた。

 そのくらいの隙があれば包囲を抜けて接近するのは簡単だ。

 あちらに倣って、真正面から。


「行くよー」


 拳を握り込み、突き出す。


 マニさんほどじゃないけど、一応これでも殴り合いには覚えがある。

 駆ける力をそのまま膂力に変換して、まずは一撃。


「――!?!?」


 当然、障壁なんてものは無いも同然。


 ばりんって砕ける音と一緒に、レヴィアさんが後ろに吹き飛んでいく。触れた瞬間に爆発した気がするんだけど、それも一瞬でかき消えた。


「さて」


 顔は流石に後でマニさんに文句言われるかもしれないから、お腹にしておいた。どうせ魔法で身体機能も強化してあるはずだから、これくらいでは死なない。はず。


「こっ……はっ……!!」


 少しの土煙の中に、お腹を押さえて倒れ込んでいるレヴィアさんが見えた。

 苦しそうにえずき、唾か胃液か分からないものを吐いている。血が混じってない辺り、しっかり内臓も補強していたらしいけど……障壁が何の意味も成さないとは思ってもみなかったのか、心構えはできてなかったっぽい。


「だいじょうぶ?」


 聞きながら、伏せた顔を覗き込む。

 そりゃ、これだけ隙を晒してくれたら、目の前まで行けるわけで。


「ぐっ……!」


 顔面をこう、左手でがしっと掴んで引っ張り上げ。

 もう一度、右の拳で腹部を殴る。


「ごぁっ……!!」


 もう一度。


「ぅっ……!!」


 もう一度。


「がっ……!!」


 もいっちょ。


「ぉえぇっ……!!」


 拳を振るうたびにばりん、ぼふって障壁と爆発が壊れていく。

 手のひらで口を押さえてるから、吐瀉物が飛び散ったりはしないけど。あ、でも鼻からちょっと逆流しちゃってる。苦しそう。


 だけど、その赤い瞳の闘志はまだ消えてはいなくって。

 もう何度か殴られながらも、レヴィアさんは魔法を構築して見せた。


「ぐ、ぅぅぁっ――!!!」


 苦痛に眉根を寄せながら放たれたのは、マニさんを拘束したものと同じ黒い鎖。


 左右から伸びてきた五本のそれが、両手両足と胴体に巻き付いて、わたしの自由を奪おうとする。


「えいっ」


「ごっ、ぉっ……!!?」


 まあ、駄目なんだけど。


 今までと同じように拳を振るって、それに合わせて全ての鎖が、何の抵抗もなく千切れて消えた。


「このままだと、これで終わっちゃうよー?」


 もう二発、三発、淡々と拳を撃ち込む。

 絵的にはすんごい地味だけど。


「…………っ!!」


 呻きすらあげなくなったレヴィアさんは、それでもまだ、戦意を手放さない。

 手足は痙攣して、もう力も入らないみたいだけど。それでも、まだ。


 腕一本で繋がれたわたしと彼女の間に、どんどんと力が圧縮されているのを感じる。

 やろうとしてることはさっきと同じ、至近距離での爆発の生成かな。

 でもその密度と威力は、溜めに溜めてる分こっちの方がずっと上だろう。


「そろそろかな?」


 鼻からの逆流物に血が混ざり始めた辺り。

 限界が近いだろうその辺で、レヴィアさんは魔法を解き放った。


「――――っ!!!!」


 とんでもない爆音。

 レヴィアさんの声は、自分諸共に焼くそれを受けての悲鳴。


 立ち込める黒煙に、掴んだままの彼女の姿すら目視出来なくなる。



「――けむたい」



 でも、わたしには何の影響も及ぼさなかった。


 ……いや、正確に言うと服が吹き飛んじゃったんだけど。

 次の瞬間にはアーシャが修復してくれてた。ありがとー。


「……っ、…………」


 一方のレヴィアさんは、もう死に体だ。

 障壁でいくらかは軽減されたとはいえ、あの規模の爆発を至近距離で食らったら、まあ、それはそうなると思う。

 もうアーシャと戦うとか関係なく、相打ち覚悟だったみたいだし。


 意識はどうにか保ってるみたいだけど、流石にその目にもう闘志は無く。

 代わりに、何か埒外のモノを見るような恐れ――いや、畏れ混じりの恐怖が浮かんでいた。

 やっぱり。こんな目にあっても、わたしをそんな目で見られるんだね。 


 手を離したら、そのまま力なく地面に崩れ落ちるレヴィアさん。

 ひゅうひゅうと声も出せずに苦しむ彼女に、これで終わりと目線をやる。


「――六層。七層に近いけど、まだ六層」


 爆発の威力なんかは、生き物を殺すに十分なものだけど。

 あの鎖だって、並大抵の膂力じゃ太刀打ちできないだろうけど。

 でも、威力とか規模とかじゃないんだよ。六層と七層の隔たりは。


 わたしは魔法が使えない。

 でも、気付いた時には妖精さんが周りに居たし、何よりアーシャを見て育ったから。感覚的には多少なりとも分かってるつもり。


「まあ、わたしに効果がないのはそれ以前の問題だけど」


 レヴィアさんの魔法が効かないのは、もっと別の所に理由がある。

 這入られたカミと、わたし自身との間に。


 カミを討つ霊峰の血族。


 カミと戦い、祓うことだけに特化した一族の。

 ただそれだけの為に世代を繋いできた一族の。


 わたしはその、当主当代。


 カミの力が混ざっている時点で。

 魔法だろうと魔術だろうとそれ以外だろうと何だろうと、わたしの血はその全てを滅却する。


 だから、堕ちしカミの片鱗程度では、わたしには傷一つ付けられない。



 ……神様本体が出てくるんならともかくとして、ね。

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