第30話 血族


「――そういう理由だったんだねぇ。んで、その結果がこれ、と」


 力を求めたわけ。手にしてしまったもの。


 ぜーんぶ見せてくれたレヴィア・バーナートの背中に声をかける。


「……ああ、すぐに後悔したがな」


 怒鳴らずに答えてくれたのは、マニさんとの会話が終わった――って、本人は思ってる――からなのかな。


「だから言ったのに。使わないで欲しいって」


「……お前は、コレ・・が何なのか知ってるみたいだな」


「そうだねぇ。たぶん、結構詳しいよ?」


 少なくともわたしの知る限りでは、血族以上に彼の者らを見てきた人はいない。

 ゆっくりと振り向いたレヴィア・バーナートは、すごく怪しい人を見るような目でこちらを見ていた。

 うん、失礼だね。まあわたしは寛大だから許すけどね。寛大だからね。


「あなたはどう思った?それだけ聞きたいなって」


 彼女が見せた表情の、その真意は聞いておきたくて言葉を重ねる。

 レヴィア・バーナートのしかめっ面は、いつにも増して歪んでいた。


「人の身に余る力だ。触れてはいけない領分だ」


 そう。


「すぐに分かったよ。わたしはそれを、土足で踏みにじったんだと」


 そう、そう。


「きっとコイツ・・・は、わたし達なんかより遥かに強大で恐ろしい存在なんだろう?」


 そうだねぇ。

 呼び方は、時代によって変わったりするけど。

 悪鬼とか、自然意思とか、天罰とか。


「今のわたしたちは、カミって呼んでるよ」


「カミ……神、か」


 にわかに信じがたいって思考と、きっとそうなんだろうと信じる感情。

 相反する二つに、彼女の顔付きはますます歪んでいく。

 すぐ後ろでは、マニさんも驚いたように身動ぎしていた。


 レヴィア・バーナートや今までの生徒たちに憑いてたのは、その片鱗でしかないけれども。


「事由様々堕ちた神様、それを総称して、カミ」


 実際、本当に神様なのかは分からない。

 ただ、そうとしか思えないほどに大きく、他の生物とは隔絶した存在。

 だから神様って呼んでる。


 その中でも、特に人が関わってはいけない淀んだ神様たち。

 不可逆的かつ人に悪影響を与える形に変わってしまったカミを、祓うのがわたしたちの役割。


「神などという存在は架空のものだと思っていたが……成程。そうと言われても納得してしまうほどに、恐ろしい」


 随分と素直になったもんだ。

 アーシャの魔法の影響か、いやそれ以上に、身を以って知ってしまったからか。


「惜しかったねぇ。手を触れる前に、気付いて欲しかった」


「無理だったろうな」


「残念」


 随分と追い詰められていたみたいだし。

 それが言い訳になるだなんて、霊峰の血族としては口が裂けても言えないけど。


「さて……わたしはお前の魔女と戦いたい。この意思はまだ変わってはいない」


 仕切り直すように、視線を外すレヴィア・バーナート。その目はわたしを越えて、ずっと後ろで待ってるアーシャに向けられていた。


 アーシャの存在が、彼女の焦燥に拍車をかけてしまったのは間違いないだろう。

 勿論、アーシャが悪いだなんていうつもりは毛頭ない。ただ、ままならないなぁって。


「駄目って言ったら?」


「……まあ、そうなんじゃないかとは思っていた」


 こればっかりは約束を違えた――というか守るつもりが無かったわたしが悪いから、ちょっと心が痛むけど。

 連れてくるとは言ったけど相手させてあげるとは明言してないし、許してほしい。


「しかし人間とは浅はかなものでな。後悔もしているし、畏れも抱いてはいるが……それでも手放せない。身に余る力も、それで成したいことも」


 自嘲気味に、ふっと笑う声。

 

「ちっぽけなことだと笑うだろうが、わたしは一位になりたいんだ」


 マニさんをぼこぼこにした今、『魔法実技』の成績云々はもうどうでも良い気もするけど。

 それでも一位に拘るのは、たぶん、マニさんとお揃いになりたいからなんじゃないかなあ、とか思ったり。


 確かに小さいことだ。そんな理由でカミの甘言に乗って良いはずがない。

 って、霊峰の血族的にはね。


「お前の魔女を倒し、この学院で最も優秀な魔女になる」


 無茶言うねぇ。

 あーでも、お前の魔女って表現は、うん、悪くないね。


「……そう。わたしのアーシャはすごく強いから、今のあなたも倒せちゃうけど。でもこっちにも、事情ってものがあってね?」


 わたしが出張る理由は二つ。

 一つはアーシャの――ひいてはわたしたちの力を隠すため。

 派手に魔法を使っちゃうと、人払いを貫いて誰かに感知される可能性があるけど……カミを祓うわたしの力は、誰にも知られることは無い。


 もう一つの理由は、レヴィア・バーナートの後ろにある。

 今の会話を聞いて、漠然と頭に入ってきてるだろう神様の存在を。幼馴染を狂わせたカミの存在を。それを討つわたしたちの存在を。

 マニさんに強く植え付けるため。


 これ、血族的には絶対言っちゃ駄目なんだけど。

 正直、レヴィア・バーナートとマニ・ストレングス両者の暴走は、わたし的には都合が良かったのかもしれない。

 起こらないに越したことはなかったっていうのは、前提としてね。


「だから。わたしと戦って勝てたら、アーシャと戦わせてあげる」


 アーシャと戦いたければまずはわたしを倒すんだなーがはは。


 ……なんていうわたしの考えを読み取ったわけではないだろうけど、レヴィア・バーナートはまたしても、怪しい人を見る目を向けてきた。


「お前に対して抱いていた嫌悪感の正体が分かったよ。向上心の無さが気に食わないだけかと思っていたが……いやそれもあるんだが……お前からは、人間味というものをあまり感じない」


「……そうかなぁ?」


 怠惰は人の性だと思うけどねぇ。

 楽はしたいし、降って湧いた幸運は利用するに限る。

 それこそ、レヴィア・バーナートがしたことと同じだ。


「性格の話じゃない。纏う気配、存在そのものが、どちらかというとコイツ・・・と近く見える」


「一応言っておくけど、わたしは人間――王都風に言うとヒューマンだよ」


「どうだかな」


 あんまり信じてはいなさそうだ。

 神様の存在は認めたくせに。


「確かにわたしにはただの人間にしか見えないが、コイツ・・・は酷くお前を恐れている。しかし同時に、お前に殺されることを望んでもいる」


 「あの女と戦いに来た」っていう、さっきの言葉。

 レヴィア・バーナートはアーシャを指してたんだろうけど、彼女に憑いたカミはきっと、わたしを指して言ってたんだろう。


 前の女子生徒の時もそう。

 あの時は、何でわたしを狙ってたのか分からずじまいだったけど。


 レヴィア・バーナートが仲介してくれたおかげでこの神様の、少なくともわたしに向けての意思は理解できた。


 祓われることを、消えてなくなることをこそ、救済だと思って。

 それができるわたしの来訪を、待ってたんだ。


「そっか。じゃあわたしとしては是非とも、その願いを叶えて差し上げないと」


「……お前、わたしに興味ないだろ」


「そうでもないよ。今はね」


 同じクラスの知り合いで、マニさんに取り入る為の布石で、わたしのことが嫌いな人。レヴィア・バーナートの印象なんてそんな程度で、カミに憑りつかれてからはただの愚か者にまで成り下がった。


 でも。


「魅入られて這入られて、力から抜け出せなくなって。それでもカミに畏れを抱けたのなら。レヴィアさんはきっと、清廉な人だったんだろうなって」


 もう、潔白ではないけどね。


 経験上、憑かれてなお神様に敬意を払える人はごく稀だ。そもそもほとんどの場合、そんな意思は残らないし。


 なるべくなら助けてあげたい。

 マニさんの為にもね。


「……喋り過ぎたな。さっさとやろう」


 わたしの言葉がそんなに意外だったのか、強引に会話を打ち切るようにして、目尻を細めるレヴィアさん。

 わたしももう、言うことは大体言ったし……あ、そうだ。


 分かりやすく印象付けるっていうんなら、改めて名乗っておくのは大事。かもしれない。


「――霊峰の血族当代、王立政府直属神霊庁神伐局局長(予定)ともがらの 祈理いのり。堕ちたカミの片鱗よ、畏れながらここで祓わせて頂く」




「――うひょーっ名乗りきたぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 後ろがすごくうるさかった。

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