第29話 吐露


「……レヴィア、どうしてなの……」


 もう一度、さっきと同じような問いを投げかけるマニさん。

 言い方は殊勝なものだけど、実際には、地を蹴って飛び掛かりながら。


 地面が抉れるほどの踏み込みで、ほんの一瞬のうちに再び距離を詰めて。

 やることはさっきと同じ、殴る蹴るの純粋な暴力だ。


 煌々と輝く紋様――ストレングス家に代々発現する詳細不明なそれが、その四肢に人並み外れた破壊力を付与してる……らしい。

 アリサさんが言ってた。


「マニ、お前は強い。今までも、そしてきっとこれからも、ずっと強くなり続けるんだろうな」


 さっきと違って、攻撃してくる部分だけを防ぐように、小さな障壁を都度展開するレヴィア・バーナート。

 マニさんの拳はかなりの速さだから、たぶん意識して防ぐんじゃなくって、半ば自動的に展開されるようになってるんじゃないかな。

 そして、その半透明な壁に触れるたび小さな爆発が起こり、マニさんの拳は黒く染まっていく。


 それでも、手を緩めることは無い。

 あれだけ派手に動いてても制服のスカートが捲れないのは……やっぱり重たいからなのかな?


「……褒めても……そう簡単には許さないから……!」


 黒煙や煤を浴びれば浴びるほど、群青の文様が夜闇に映える。

 ひときわ力強く放たれた右手の掌底が、障壁にひびを入れた。


「妖精様――!」


 簡略化された呼びかけ。

 放たれた魔法はやっぱり、以前とは比べ物にならない威力で。


「くっ……!?」


 先よりも小さく圧縮された火球が、その分より爆発的に、炎と破壊をまき散らす。

 結構距離を取っていたわたしたちの方にまで、火の粉が飛んでくるくらいに。


 またしても吹き飛ばされたマニさんは、それでも身構えていた分、さっきより態勢を整えるのが早かった。

 膝をつくこともなく、すぐに距離を詰めようとして。


「…………!!!」


 そのときには既に、無数の火の矢が彼女を取り囲んでいた。


「――やれっ!!」


 号令を受けて、我先にと殺到する火の矢たち。

 何発か――いや、何十発かは躱せていたけど……取り囲まれて前に進むこともできないまま、遂に一発、左足の甲に刺さって。


 爆発。


「うぁっ……!」


 一瞬でも動きが止まっちゃえば、後はもう恰好の的。


 次々と矢が刺さり、刺さったそばから爆発を起こす。


「――――!!!」


 悲鳴すらかき消されるような爆音の連鎖と、濃く深い黒煙。


「――――っ…………」


 煙が晴れたその場には、抉れ焼け焦げた爆心地に倒れ伏すマニさんの姿があった。

 それでも五体満足、どころか普通に意識を保ってる辺り、やっぱり凄いと思うけどね。


「……ぅ…………ぁ……!」


 紋様の輝きは弱弱しく点滅していて。

 でも、まだ、立ち上がろうと足掻く。



「――ワタシだったらあんなの余裕で全部躱せますがね!っていうか撃たれる前に注入器でズドンですがね!!」


 ……うるさいよー。

 っていうか睡眠薬をずどんの勢いで打ったら多分死んじゃうよー。


「――うるさい、黙れっ……!!」


 ほら怒られた。

 ……って言おうとしたんだけど、レヴィア・バーナートが声を向ける先は、当然ながらこっちじゃない。マニさんでもない。


「分かってるあの女と戦いに来たっ!だがっ……今はっ!わたしはマニと話をしてるんだ!!黙ってろ!!!」


 適合したとはいえ、彼の者の意思は確かにレヴィア・バーナートの中に這入りこんでいる。

 きっと頭の中で響いているんだろうカミの声を振り払うように、彼女は大きく頭を揺らしていた。


 それにしても、さっきと言ってることが真逆だ。邪険に扱っていたはずのマニさんに、すっかり執心している。


 まぁ、本心を曝け出すのは良いことだと思うよ。ね、アーシャ。


「……レヴィアっ……」


「……人の心配を――している場合かっ!!」


 前に翳した両手から、鎖のようなものを射出。

 黒く染まったそれは幾筋も伸びて、ふらつくマニさんの元へ。


 何とか立ち上がって伸ばしたその手を、縛り上げる。

 次いで逆の手、両手両足、胴に至るまで。


「……レ、ヴィア……」


 空間に磔にされたような恰好で、マニさんが遂に捕らえられた。

 僅か灯っていた紋様も消えて、少なくともこれ以上戦うことは難しそうだ。


「――お前と別れてからの一年間、研鑽を積んだつもりだった」


 ゆっくりと近寄って行ったレヴィア・バーナートが、言葉を吐き出す。

 まるで懺悔のように。俯きながら。


「……別れてからって言い方、なんか女々しいですねぇ」


 ……後ろがうるさいので、ちょっと睨む。

 遮音してるから聞こえはしないだろうけど、茶々を入れるのはあんまり良くないと思う。静かに聞こうね。


「入学式で再会した時、悟ったよ。お前とわたしの差を」


「……なに、言って……」 


「そういえば、まだ言って無かったな……戦闘実技試験成績一位。おめでとう。流石だよ、マニ」


 視線を戻した先で、じゃらんと、鎖が小さく鳴った。

 自嘲気味なレヴィア・バーナートの笑いを、かき消すように。


「対してわたしは、何一つ成長しなかった……この一年間で、何も。離れていた時間を無駄にして。魔法実技の試験成績は二位……二位だった」


「…………、…………」


「……それでも、すぐにお前に追い付こうと、追い付けると思ってたんだ。権威たるオウガスト・ウルヌス教授に師事すれば、きっと」


 一拍一拍置きながら、滔々と語るレヴィア・バーナート。

 隙だらけなその背中をわたしたちが襲うなんて、欠片も思い浮かんではいないんだろう。

 いや襲わないけど。マニさんにとどめを刺そうとしない限りはね。


「……追い付きたかった……お前は武道で、わたしは魔法で、ずっとトップを走り続ける……」


 とにかく、今はマニさんしか見えてないんだろうレヴィア・バーナートは、そうやって滔々と滔々と語って。


 そして、爆発した。



「――それがわたし達の関係だったのに!!!」



 硬質な赤い瞳が、大きく見開かれる。


「わたしにはもう、伸びしろが無いんだ!ここで終わりなんだよ!!!」


「……そ、んな……」


「お前はこれからも強くなっていく!わたしを置いて、ずっと先にまで!!」


 じゃらりじゃらりと鳴る鎖の音なんて、まるで聞こえないかのように。

 連続して、幾度も爆ぜる。


「強いわたしで居続けたかった!!お前のライバルとして見劣りしないようなっ、優秀なレヴィア・バーナートのままで!!!」


 でも、当然それは無限に続くわけじゃなくて。



「……弱いわたしを、マニには見せたくなかった……」



 本人の魔法と同じだ。

 爆発して、燃え上がって、後には残滓しか残らない。





「――良ぃーいですねぇー拗らせてますねぇっ!ワタシはそういうのもイケる口ですよ!」


 ……で、なんでこのメイドさんはこんなに楽しそうなんだろう。

 ついさっきまではマニさんに対抗心燃やしてたのに。


「あんなひよっこに先を越されるのは噴飯ものですが……こういう、『見てる側からしたらしょうもないけど本人にとっては大切な事で気を病んで暴走し、結果として大事な相手を傷つけてしまう』みたいな関係性は悪くないですよ!ええ、悪くない!85点!!」


 饒舌だねぇ。全部説明してくれるじゃん。

 見てよアーシャのこの、救いようのない馬鹿を見る顔。ここまでの呆れ顔は流石にちょっと貴重だよ。えすれあ?くらいだよ。たぶん。


「……それはそうと」


 この人が仕切り直すのは何か釈然としないけど、真面目な顔になったしそれなりに真面目なことを言うつもりなんだろう。たぶん。


「バーナートの息女はここに来て随分と饒舌になりましたが……あれもアレ・・の影響ですかね?」


「どうだろうねぇ」


 どうもこうも、アーシャの少しだけ口が軽くなる魔法が絶賛発動中だからなんだけどね。

 以前のレヴィア・バーナートに対しては、効果はほとんど見られなかった。でも今の――色んな感情に揺さぶられてるだろう彼女に、それを跳ねのける意志の強さはない。


 だから、こんなにもあっさりと。


「……だが今はもう、わたしの方が強い」


 言う方も言われた方も絶対にそんなこと思ってなさそうな、寂しい言葉を口にする。

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