第28話 思惑
わたしたちの脇を駆け抜けていくマニさん。
先と同じ、とても人を殴ったとは思えないような轟音が響く。
「……っ!」
振り返って見れば、その褐色の拳はレヴィア・バーナートに触れる直前に半透明な壁のようなものに阻まれていた。しっかりと待ち構えていたからか、今回は吹き飛ばされることもなく。
「今はお前の相手をしている場合じゃないっ!」
憎々しげに、マニさんごしにこちらを見ながら言うレヴィア・バーナート。でも今のマニさんはもう、そんな程度で止まりそうには見えない。
「レヴィアの都合なんて……もう、知らないっ……!」
二発、三発と拳を打ち込み、その度にレヴィア・バーナートを一歩一歩後退させていくマニさん。正直どっちが身勝手なのか、ちょっと分からなくなってきたけど……うん、折角だし気が済むまで戦って貰おうかなぁ。
なんて、わたしの呟きに。
「はて、その真意は?」
アーシャと違ってわたしの考えが分かるわけでもないアリサさんは、当然首を傾けて不思議がる。幼馴染とはいえ、一般人を巻き込んでいるような状況なわけだから、その疑問も当然ではあるけど。
「……たぶん、マニさんじゃ今のレヴィア・バーナートには勝てないと思うから……死なない程度に負けて貰って、アレの恐ろしさを知ってもらおうかなって」
身を以って知るっていうのは大事。
大切な幼馴染が何に手を染めて、どう堕ちて。そして、今の自分ではそれを救えない。無力感を存分に味わってもらってから、開示する。
正直な話、急いで割り込む必要はない。
「……レヴィア・バーナートは適合し過ぎているわ」
アーシャの言う通り。
もう、どうにかなるよう段階じゃないんだから。
彼の者に憑かれた人のほとんどは、自我を失って操り人形のようになる。不明瞭な言葉と虚ろな瞳、誰が見ても異常だと分かる自失状態に。
稀に適合して、表面上は意思疎通ができそうに見える人もいる。前回の女子生徒のような。でも結局あれも、本人の意識はあってないようなもの。思考のほとんどを彼の者に支配されてる。
そしてさらにごく稀に、深く強く適合してしまう人がいる。意識も思考も明瞭で、でもだからこそ致命的に。その手合いの人は理解できてしまう。自分がいかに強大で、人の身には過ぎた力を手に入れたのかを。
もとより彼の者の誘いに乗るような輩なんだから、力に溺れるのはあっという間だ。力への依存が、段違いに強くなってしまえば。
「仮に、綺麗に祓うことができたとしても。彼女自身がまた求めてしまう。一度手に入れた過剰な力を、もう一度欲してしまう」
そうなれば結局、廃人も同じ。
そもそも、深く適合してるってことは剥がすのも難しいってことだし。
失敗するか剥がしきれないかで、結局廃人のようになってしまうことも多い。
憑かれた直後に浮べた、畏怖の感情は気になるけど……
「……どちらにせよ、マニさんが深く傷付く結末になると思う。だからこそ」
彼の者――カミの存在とその恐ろしさ、力に溺れる愚かさ悲惨さを植え付ける。
レヴィア・バーナートの末路を無駄にしない為に。彼女のような犠牲者を出さない為に。そういう語り口で、神伐局に勧誘する。
既に彼女の瞳に――見えないけど――わたしたちはもう映っていない。今はまだ守りに徹するレヴィア・バーナートへ、幾度も幾度も拳を打ち付けて。その度に届かなかった激情が、轟音を響かせていた。
それで良い。
幼馴染を救えない、その後悔が、彼女をこちら側へと引き寄せる。
「気が済むまで戦って貰って、ほど良い頃合いで割り込もう」
って、そこまで言ったところで、アリサさんが叫んだ。
「……え、あの女をスカウトしようってんですか!?」
あの女て。
すかうと――勧誘したいって言うのは、その通りだけど。
「うん、まあ」
「このワタシを差し置いて!?」
「うん」
「あんなぴよぴよのひよっ子を!?」
「うん」
ぴよぴよ。
「何故!?!?!?」
「強そうだし、素直だし、御しやすそうだし。何より怪しくない」
「ワタシが怪しいみたいな言い草じゃないですか!!!」
「怪しいよ」
「怪しいわね」
「そんな……!この前の
何でそう思えたんだろう。
ただただ怪しいままだったけど。
というか冷静に考えて、こちらの重要機密を勝手に入手してたような人をどう信頼しろと?
「とにかく、アリサさんは口出ししないでね。これはわたしたち神伐局の案件なんだから」
むしろ、説明してあげただけ優しいと思って欲しいくらいだ。
「ぉ、おごごごごぉ……!」
ほら、突っ伏してないで捌けて捌けて。
マニさんの邪魔になっちゃうでしょ。
「……レヴィア……!どうして、こんな紛い物の力なんか……!!」
まあ、こっちが馬鹿やってるあいだも、あっちは真剣そのもので。
幾度も拳を叩きつける音に混じって、マニさんの声が聞こえてくる。
その紛い物を砕けない怒りが見て取れるけど、言われた方のレヴィア・バーナートも、負けず劣らず苛立っているようだった。
「どうしてだと……?ああ、お前には理解できないだろうさ!才に恵まれ、努力が報われるお前にはっ!!」
守り一辺倒だった彼女が、遂に反撃のそぶりを見せる。
妖精様、と短く呟き、何やら指先をくいっと動かした。
次にマニさんが拳を打ち付けた瞬間、爆発が。
「――ぐ、ぅ……!?」
炎と黒煙に巻かれて、後ろに吹き飛んでいくマニさん。
わきに避けてて良かった、なんて思うあいだにも、レヴィア・バーナートの魔法は続いていく。
爆炎、爆発、火柱。
赤黒いそれらが、連続的に闇夜を照らして。
マニさんが転がっていった場所を二度、三度と焼き払った。
地面が微かに揺れるほどの威力と轟音だけど、そういう直接的な刺激はアーシャの
「……ほらな。この程度ではお前は倒れない。わたしだったら、もう満身創痍だよ」
残り火を映すレヴィア・バーナートの瞳には、色々な感情が乗っているような気がした。
嫉妬も羨望も。称賛も信頼も親愛も。
「…………やっと、こっちを見てくれた……」
黒煙の中から抜け出したマニさんにも、それはよく見えているみたいで。
でも、会話が成立してるかって言うと、微妙なところだった。
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