第27話 対話


「……何でお前がここにいる」


 振り返らないまま、レヴィア・バーナートが言う。

 頑な過ぎるくらいに強張った顔で。


「……ずっと、後をつけてたから……」


 アーシャの人払いまほうはちゃんと発動してるはず。ということはマニさんは、最初からここに居たんだろう。

 彼女の幼馴染と一緒に。本人には気取られずに。


「何で、よりによって今日――」


「今日だけじゃない……ここ最近、ずっと……」


 …………


 後ろで、アリサさんが息を吸う音が聞こえた。

 スゥ――――みたいな音。わざとらしい、「今から言ってやりますよ」って感じの呼吸音。無視無視。


「……これ、イノリさんのせいでは?」


 言いやがった。


「……わたしは悪くないよ。そうだよね、アーシャ?」


「ええ、悪くないわ」


「ほら」


「いや、アーシャさんは貴女の全肯定マシンですし」


「アリサさん」


「ハイ」


「あんまり、わたしの機嫌は損ねない方が良いんじゃない?」


「……ハイ、スイマセン」


 勝った。わたしは悪くない。


 マニさんが勝手にすとーかーになっただけで、決して、決してわたしが冗談で言った後を付け回す云々を本気にしたわけじゃない。


 いや、確かにわたしもやったけどさ。

 年端も行かない幼子がちょこちょこ後ろをついて歩くのと、分別のある17歳がこんな夜遅くまで監視してるのとでは、全然話が違うわけで。



 で、話と言えば、レヴィア・バーナートは普通に会話ができているわけで。


「……お前、正気か?」


「……私は大真面目、だよ……」


 正気か?はこっちの台詞だよって所だけど、実際、レヴィア・バーナートの言葉や態度は、普段の彼女と同じもの。彼の者に憑りつかれてもなお、確かに正気を保っている。

 姿を現した彼女の妖精さんも、影に囚われてはいない。すんごい複雑そうな顔はしてるけど。


 つまり。


「適合してる、わね」


「そうだねぇ」


 かなり深く、強く。

 少なくとも、今までに『学院』で見た人たちとは段違いで。


「確かに、頭ヤられてそうな感じじゃないですね」


 何となく、直感めいた予兆はあったんだけど。だからこそ、わたしが戦う可能性を考慮してたんだし。


 別に、アーシャじゃ勝てないなんて言うつもりはない。

 でも、流石に隠蔽はしきれないと思う。普段の講義で見せてる以上の力は間違いなく必要になるだろうし、そうなれば、誰にとは言わず気取られるかもしれない。


 一応、潜入任務、だからね。

 引き抜き候補者を見繕うために上位クラスに入りはしたけど、必要以上に目立ちたくはない。複雑な潜入捜査員おとめ心ってやつだ。


 まあ、そんな事を考えている間にも、マニさんとレヴィア・バーナートのやり取りは続いている。


「……レヴィア、何だかいつもと違う……さっきのは、何……?」


「話す必要はない」


 関係ない、とは言わないんだねぇ。

 まだわたしたちの方を向いたままのレヴィア・バーナートに、マニさんが一歩一歩近づいていく。


「……良くないもの、なの……?」


「…………」


 素っ気なくとも返事はしていたその口がきゅっと結ばれたのは、したことの愚かさに自覚があるからだろうか。でなければさっきの、後悔とか罪悪感とかに塗れた表情は、浮かんでこないはずだから。

 わたしとしては、その中に混じっていた畏れ――畏怖の真意を問いたいところなんだけど、その前に。当人が答えてくれない質問をどうにかしてあげようかな。


「マニさん」


「……イノリさん、これは――」


「『学院』で度々起こってる騒動、知ってるでしょ?前にレヴィア・バーナートも巻き込まれてたし」


 その件で揉めてたわけだから、知らないはずが無い。


「……危険な薬物か、或いは外法か……」


「そうそれ。彼女はそれに手を出した。たった今ね」


「…………」


 レヴィア・バーナートの肩越しに見える、マニさんの姿。

 目元は相変わらず、前髪に隠れて見えないけど。その唇は、夜闇に浮いて見えるくらい白く噛み締められていた。


「……言っちゃって良かったんです?」


「薄々勘付いてただろうしねぇ」


 小さく聞いてくるアリサさん。

 マニさんは、レヴィア・バーナートが自我を保っていようとも、すぐにいつもと違うと見抜いた。例え正気を失わずとも、どうしたってやっぱり、決定的に変質してしまうものだから。深く適合しているんだから、なおのこと。


 勘付いているのなら、はっきりさせた方が良い。

 彼女の幼馴染が、どれだけ愚かな行為に身を染めたのかを。

 予想外の闖入者だけど……むしろ見ようによっては、わたしたちにとって都合が良いかもしれない。あとはどの辺りで、彼の者の存在を知らしめるか。やっぱりそれと見て分かる……


「……そうだとして、お前にとやか――!?」



 急に、ごしゃぁっ!!って感じの音がした。

 わたしたちのすぐ横を、勢い良く吹っ飛んでいくレヴィア・バーナート。

 ほんとに急なことで、一瞬思考が止まっちゃう。



「――ぼ、暴力系幼馴染……!」



 何やら興奮した様子のアリサさんの言葉通り、目の前に残ったのは、右の拳を綺麗に伸ばしきったマニさんの姿だけ。


「お前……!随分な挨拶だなっ……!」


 後ろから聞こえる感じからして、食らった方も大した怪我はしてないみたいだけど。流石にこの状況でいきなり手を出すとは思ってなかったみたいで、声には困惑と怒りが乗っていた。

 いや、わたしたちもびっくりだよ。


「……考えたけど、分からなかった……」


 こちらの戸惑いも、レヴィア・バーナートの言葉も知らないとばかりに、心の内を吐露していくマニさん。


「……見守ってても、やっぱり分からなかった……」


 その褐色の肌に、薄明りが灯っている。

 髪色と同じような群青の紋様が、渦を巻くようにしてその腕に現れていて。


「……何でこんな事をしたのか……何で私に話してくれなかったのか……レヴィアが何を考えてるのか……だから……」


 一瞬で戦闘態勢に……というか、なんだろう……最高潮?うん、急に情緒が最高潮に達したって感じなマニ・ストレングスさん17歳。



「……だから…………殴ってでも、全部聞き出す!!」



 アーシャやレヴィア・バーナートが彼女を馬鹿呼ばわりした理由が、少し分かった気がした。

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