第25話 愚痴


 結局、アリサさんがあの女子生徒を嗾けたかどうかの真実はうやむやなまま……というか究明のしようがないまま、何となくお流れになった。


 まあ、多分やってないんじゃないかな。うん。多分。知らない。


 アリサさんの素性が――本当かどうか分からないけど――語られた日から数日と経たず、わたしとアーシャの部屋にはまた別のお客さんが来ていた。



「――だからぁ……!……レヴィアは本当に酷い女なんですよ………!!」


 随分と熱の籠った声音で愚痴をこぼす、マニさんが。




「うんうん。そうだねぇ」


 ちゃぶ台――もといテーブルを出して、四人で囲む昼下がり。

 正確には、アーシャはわたしを背もたれにして本を読んでるけど……まあとにかく、皆今日は講義がないからってマニさんの「お話」を聞いてみたら、これだよ。


「……何なんですか、あの態度はっ……私は、マニ・ストレングスですよ……!?」


「うんうん。マニさんだねぇ」


 対面にいるマニさんの言葉に、適当に相槌を打つ。

 こっちから見て右側に座ってるアリサさんは、「絶対なんか盛ったでしょ」みたいな目でこっちを見てる。卓上に置かれた飲み物には一度も口をつけてない。


「……っ、……っ、ぷはぁっ……!」


 反対に、もう何杯目かのお水をぐびぐび飲んだマニさんが、コップを勢いよくテーブルに置いた。かなり躍動感のある所作だったけど、やっぱり目元は隠れたままだ。


 ちなみに、飲み物に何か盛ったわけじゃないよ。

 お水はお水、正真正銘ただの水だ。


 ただ、ちょっとだけ口が軽くなる魔法は、今日もアーシャが使ってる。

 食堂でご一緒した時もかかってたし、レヴィアさん関連でちょっと不安定になってる今のマニさんには効果覿面で、酔っ払いみたいにぽろぽろと愚痴をこぼしてくれた。


 ぽろぽろっていうか……ぼろぼろ?ざーざー?まあ、そんな感じ。


「……私はっ!……レヴィア・バーナートの幼馴染にしてライバルにして……一番近い所にいた……マニ・ストレングスですよ……!!」


 一息。


「……そんな私を、あんなに冷たくあしらって……不敬罪です……!……幼馴染蔑ろ罪、ですっ……!」


「うんうん。そうだねぇ」


 相槌を打つのは専らわたしの仕事で、アリサさんはひたすら黙って聞くに徹している。

 一応、メイドモードだしね。


「……あの女が馬鹿呼ばわりした理由が良く分かるわ」


 アーシャは、小声でわたしにしか聞こえないように言ってる。

 耳元に寄せられた唇の動きが、ちょっとくすぐったい。


「でも、幼馴染蔑ろ罪は昔のアーシャにも当てはまるんじゃない?」


「……もう時効よ」


 バツが悪くなったのかぷいっと顔を背けるアーシャ。

 なんだか勝った気になった。


 嬉しくて後ろ手に左腕を引っ張ったら、されるがままなその手から本が落ちる。

 『魔術座学基礎』教本。


 そのまま、背中合わせに腕を組み組み。


「……それに比べてお二人は……仲が良くて……羨ましいです……」


 そんなわたしたちの戯れに目敏く気付いたマニさん。

 一気に声音は暗く下がって、誰の目にも分かるくらいどんよりとした雰囲気を漂わせて。前髪も、いつにも増して重そうだ。


「テンションの落差凄いですね……」


 アリサさんも、思わずって感じで呟いてる。


「……同じ部屋で、毎日一緒に……仲良し幼馴染賞三年連続金賞受賞です……」


「八年だよー」


「……殿堂入りです……」


 殿堂入りらしい。やったね。


 うんうん頷いてるアリサさん。

 お付きのメイドを演じるならまあ、間違っちゃいないんだろうけど。そのどや顔は一体何なんだろう。


「……どうすれば、いいんでしょう……どうしたらレヴィアと、元の関係に……」


 しょんぼりとコップを抱えるマニさん。

 半分ほどに減った水面が、小さく揺れていた。


 部屋が静まり返ったのは一瞬で。

 嘆息と共に、わたしの後ろから声が上がった。


「……まあ、原因が分からない事には、どうにもならないでしょうね」


 目を閉じて体重をわたしに預けながら、アーシャが至極当然なことを言う。


「……考えてはいるのですが……さっぱり心当たりが……」 


「なら、本人に聞いてみるしかないわ」


「……それができないから困っているのでは?」


「煩いわよメイド」


「ハイ、スイマセン……」


「……あはは……」


 視線すら向けないアーシャ、縮こまるアリサさん、苦笑するマニさん。


「どうあっても、話さなければ縮まらない距離はあると思うわよ」


 アーシャの言葉は、きっと経験によるものだ。

 わたしとアーシャとの、小っちゃい頃の経験に。


「それか、後を付け回すとかねー」


 なのでここはわたしも、経験に基づいて助言してみる。


「ストーカーじゃないですか」


「すとーかー?」


 割って入ってきたアリサさんの言葉に首を傾げれば、すぐにアーシャが教えてくれた。


「追跡者。転じて、対象の私生活を監視する異常行為」


「なるほど。昔のわたしだね」


 出会ったばかりで素っ気なかった頃のアーシャを、四六時中付け回してた覚えがある。


「あれは異常じゃないわ」


「そうなの?」


「愛情よ」


「そうかも」


 されてた本人が言うんなら、そうなんだろう。


「…………」


 うわ、アリサさんが……なんか、すんごい顔してる。

 表情筋が、こう、ぐねぐねしてて気持ち悪い。


 あんまり見ていたくないので視線を正面に戻す。

 抱える両手は相変わらず、でも、コップの中の揺れは少し収まっていた。


「……私一人で考えてても、答えは出てこない……ですよね……」


「かもねぇ」


 小さく肩をすくめたら、アーシャの肩甲骨を下からこう、ぐりぐりってしちゃった。

 満更でもなさそうに、きゅって手を握られた。





 ――まあ、そもそもの話。  



 なんでこんな親身に(わたし基準でね)話を聞いてあげてるかって言うと、マニさんは候補・・だから。


 実動部隊――神伐局の。多分この人なら、憑かれた愚か者の大半を制圧できると思う。まあそれを言ったらアリサさんも何だけど、そこは今は置いておいて。


 マニさんの良い所は、それだけの強さを持ちながらまだ学生だってところ。つまりどこにも所属してない。変な背後組織もない。はず。


 もの凄く悪い言い方をすると、真っ白なうちに引き込んでこっち側の思想に染められる。


 お上が今回の指令に人員選定も含めてるのは、『学院』で将来有望な若人を見つけてきて欲しいから、って言うのもある。


 問題解決ついでに、有望株を貰っていこうって訳だ。がめついね。


 とにかくそんな、引き抜き候補筆頭なマニさん。

 取り合えず人となりをってことで、食堂で相席した時にアーシャに魔法を使って貰ったんだけど。


 その結果浮かび上がってきたのが、幼馴染との関係悪化――に伴う精神面の不安定さ。


 心が弱いと付け込まれやすいからちょっと悩んだんだけど……現状、お上のお眼鏡に適うほどの学生さんはマニさんしか見つけられてない。

 なので、そのマニさんの問題を解決する方向で動こうかなぁって感じ。恩を売っておけば、勧誘もしやすいだろうから。


 最低でも一人くらいは連れて帰らないと、お上からお𠮟り受けそうだし。


「…………ありがとう、ございます……やるべき事が、少し……見えた気がします……」


「うんうん。良かったねぇ」


 だからわたしがこうやって、うんうん頷く首振り人形になっているのも仕事の一環なのです。




 ……そして、また少ししてから起こった騒動の解決に当たったのも、お仕事の一環、ですです。

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