第24話 打診
「……」
「……」
「……忍者のお仕事やめたいの?」
思ってもみなかった理由に、わたしの首はめいっぱい傾いてる。アーシャの方に。肩の上に、こてんって。
「いえ、この仕事自体に不満はありません。性に合ってるとも思いますし。ただ……」
忍者を止めたいんじゃなくて、生まれ育った里から出ていきたい、らしい。
んで、じゃあその理由っていうのは。
「……里の重鎮達が嫌いなんですよ!」
……だってさ。
「「…………」」
あんまりな理由に、アーシャの目尻がすぅって細まった。いつも以上に冷たい眼付き。たぶんわたしも、似たような感じになってると思う。
「あんの古狸共、人の事あごで使いやがって!福利厚生って言葉を知らんのかと!」
アリサさんはそんなことお構いなしに、偉い忍者さんたちの文句を言ってるけど。
両目も大きく、くわぁっって見開かれてて。迫真の表情って感じだ。
「大体、全員ワタシより弱い癖に指図すんなって話なんですよ!」
「……組織ってそういうものじゃないの?」
「ワタシがっ、気に食わないんです!」
「何で?」
「ムカつくからです!」
理由になってないね。
「その点お二人は良いですねぇ最高です!どちらも正面からサシでやったらワタシに勝てるでしょうし、見目麗しく仲睦まじい!文句無し!100点!!」
忍者相手に真正面から一対一で、っていう条件がそもそも忖度の塊みたいな気もするけど。
「良いんですよ。里の連中はそれでもワタシに勝てないんですから」
「ってことは、アリサさんは忍者の中でもかなり上の方なわけだ」
「当代最優の誉れも高い、アリサ・アイネとはワタシのことです!」
正座したまま、得意げに胸を張るメイドさんな忍者さん。
何だっけ……そう、どや顔、どや顔ってやつだ。
アリサさん自身が諸々に秀でてるのは察しがついてたけど、それが忍者基準でどの程度のものなのか、正直良く分かっていなかった。
でもこの言い分だと、少なくとも今の世代の中では最高峰と見て良いんだろう。嘘ついてなければね。
「ドヤァ……!」
うわ、口でも言ってる。
アーシャがもう完全に馬鹿を見る目で見てるけど、これはいつも通り。
「……ただ、ですね……」
アリサさんの顔が一瞬で切り替わるのも、いつも通り。
「ワタシ自身はこの通り超優秀なんですが、生まれ自体は分家も分家、木っ端の家なんですよね」
過剰に悲壮感を滲ませた表情で、でもやっぱり軽い口調で、自分の出自をさらりと語る。
「あー……イノリさんのお家まで悪く言うつもりはないのですが、結局、里や忍衆を管理運営してるのは、本家やそれに近い血筋の一握りだけでして」
うん。
確かに霊峰の血族も、集落全体の頭は誰かと問われると、それは当家当代のわたしになる。うちは血筋が力に直結するから、なおのこと。それ以外の人たちは……悪い言い方をすると、小間使いだ。
「ワタシがどんなに超優秀でも、その辺の問題から『使う側』には回れないのが実情と言いますか」
それは忍者の里もおんなじで。どれだけ優れていようとも、アリサさんはアリサさんである限り、ずっと『使われる側』。その構図は、個人の力では覆しようがない。
「だからもう、いっそ抜けてぇなって」
「……随分と思い切ったわね」
「いやマジでストレス半端なかったんで。正直、今の任務中は天国ですよ」
確かにわたしたちは、あれしろこれしろって指示を出すことはあんまりない。だって信頼してないし。監視役 兼 都会生活指南役、くらいのつもりで接してる。
「さておき、抜けたいとは言っても、「抜けまーす」「ハイヨロコンデー!」……とは、ならないんですよね」
「だろうねぇ」
忍者って機密保持とかややこしそうだし、政府お抱えの諜報員輩出機関みたいなもの(って、前にアリサさんが言ってた。噂にも聞いてた)だから。優秀で色々仕事をこなしていればいるほど、簡単に里と縁を切るっていうのは、そりゃあできないんだろう。
「なのでワタシなりに考えた結果、里の上層部よりも強い権力……政府ないしその直下組織の口添えで引き抜いて貰うのであれば、ワンチャン行けるんじゃないかと」
それで、諜報員として活動する傍ら、機会が巡ってくるのに備えていたらしい。
「今回の任務を賜った時、これだっ!って思ったんですよ。シンレイ庁なんて言う胡散臭い部署、正体不明な霊峰の血族。これは政府内で独自の権力を持ってるんじゃないかとっ」
お上、胡散臭い人に胡散臭いって言われてら。
わたしに言わせればどっちもどっちだよ。
「ついでにですね。里の方からも、今回の指令を足掛かりにシンレイ庁の内部事情を探れってお達しがありまして。ここで得た情報を上手いこと使って、政府内での忍――ひいては里の発言力を強めようって意図があったらしいんですが」
そのお達しは、アリサさん的にも都合が良かった。
「引き抜いて貰った先もブラックだったら意味ないですからね。内部事情をちょちょいと探って、笑顔の絶えない職場かどうかを確認致しませんと」
笑顔、絶えないかなぁ。
わたしたちはずっと、気だるそうな顔してると思うけど。
「ついでに監視……失礼、護衛対象の個人情報を得ておけば、任務中に取り入ったり媚び売ったりしやすいかなと」
監視って言っちゃったよ。良いけどさ。
「そしたら、新規に実動部隊を立ち上げるー、なんて情報が出てきちゃって!もうこれ、ココで決定でしょと!」
設立に携わることができれば。上手いこと美味しい役どころに収まって、自分にとって居心地の良い組織を作れるかもしれない。
っていう、私欲まみれな理由。
「それ言って良かったの?」
「正直な方が好印象かなと!」
笑顔が眩しいね。全然信用できないや。
「……里に都合の良い組織を作らせるため、という可能性もあるわね」
ここまでアリサさんが「里抜けのため」って語ってたアレコレは、本当は全部「里のため」な可能性だってある。むしろ忍者的にはその方が
どうも忍者の里のお偉いさんたちは、上昇志向が強いっぽいし。王立政府内でより強い立場を得るために、今回の指令を――ひいては霊峰の血族の存在そのものを、利用しようとしてるのかもしれない。
そんなアーシャの言い分。
アリサさんは笑って返す。
「それだったら、もっと上手いことお二人を言い包めますって」
「「…………」」
そーなんだよねぇ……
「「…………」」
……素直に受け取るなら。
何から何まで、女子生徒の件(忘れかけてた)から里抜け云々まで、謀ろうというには喋り過ぎだし杜撰過ぎだし。
でも、その言動を素直に受け取っていい相手なのかって言うと、現状、首肯はしかねる。
「「…………」」
怪し過ぎて怪しくない。でもこの人が、怪しくないわけがない。
……う、うごごごご……頭痛くなってきた。
「――という訳で是非とも、この超優秀なメイド忍者、アリサ・アイネの登用をご検討下さいね。シンレイ――いやさ、神霊庁神伐局 局長殿?」
何が「という訳」なのか。どこに手応えを感じたのか。
爽やか過ぎる微笑みを浮かべながら、アリサさんはそう締め括った。
「……まあ、前向きに検討しておくよ。あと、まだ局長予定、ね」
ていうかこの人、何回自分のこと超優秀って言うんだろう。
結局、おちゃらけてるのか底が見えないのか。
案外、全部ほんとのことを言ってるのか。
最後まで良く分からないまま、この日の
アリサさんを引き入れるかどうかは……保留。考えるの面倒臭い。
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