第23話 漏洩
今回の女子生徒は、前例二件と比べると深く適合していた。
だから、祓った時に連れていかれるのが記憶だけとは限らない。
そう告げた時の理事長さんの表情は、感情が押し殺されていて良く分からなかった。
「――で、アリサさん」
「……はい……」
そんなことより今大事なのは、目の前に正座しているこの人だ。
寮に戻るや自分から膝を折ったアリサさんを、ベッドに腰かけて見下ろす。隣に座ったアーシャに、マットがたわんだ分だけもたれ掛かりながら。
「約束通り、色々聞かせて貰います」
「何なりと」
従順そのものな態度だけど、果たして本当のことを言ってくれるかは分からない。言葉の真偽を確実に見分ける術なんて、持ち合わせていないし。
ちょっと口を軽くする魔法ならアーシャが使えるけど、これは意志の強い人には効果が薄いからなぁ……マニさんには効いたけど、レヴィアさんには効かなかった。
多分、アリサさんには毛ほども効果がないと思う。
そもそも魔法で人の心を覗き見ようだなんて、土台無理な話だ。深層まで潜れるアーシャが言うんだから間違いない。
となると拷問……も、やり慣れてはいない。そもそも、その道の達人だろう忍者に、付け焼刃が通じるはずもないだろうけど。
(結局、疑ってかかるしかないね)
(そうね)
という訳で実際のところ、この
わたしたちには、腹の探り合いなんてできっこないんだから。
それでもまあ、これは流石に話をせずにはいられない。
「単刀直入に。あの女子生徒と結託して、わたしたちを襲わせようとしたとかは」
「滅相もありません」
「あの女子生徒が憑かれるように誘導したとかは」
「絶対に有り得ません」
「じゃあ、なぜあの女子生徒が憑かれたのか知っているとかは」
「見当もつきません」
「なぜあの女子生徒がわたしたちを襲おうとしたのかは」
「さっぱり分かりません。というか、あの女が誰かすら知らないです」
「…………」
「…………」
「……ほ、ほんとなんですっ!今日のアレは、完っ全に偶然なんですよぅっ!」
困ったような顔をぺこぺこ下げているアリサさん。
いかにも同情を誘う仕草だけど、うーん……
状況的には、露骨すぎて逆に怪しくないというか。普通もっと上手くやるでしょって感じというか。
でも、そもそもこの人自身が怪し過ぎるから、更に何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうというか。
「信じて下さいお願いします!お二人を害するような真似なんて、ワタシがするはず無いじゃないですか!!」
そういうところだよ、ほんと。
なんで何もしてないのにそんなに忠誠心が高いのさ。怪しいよ胡散臭いよ。
「……そもそもの話、何故そこまで私達に媚びを売るのよ」
っていうわたしの気持ちを、アーシャが言葉に出してくれた。
結局はこの指令を達成するまでの間柄なんだから、変に仲良くし過ぎる必要もないと思うんだけど。
「いえ、ワタシとしては是非とも、本件が解決してからもお傍に付かせて頂きたいなと」
返ってきた答えはちょっと予想外で、でもやっぱり怪しい。
「……生憎だけど、メイドを雇うつもりはないわ」
「でしたら忍者――諜報員はどうです?諜報に限らずとも、警護、暗殺、対人、対モンスターまで何でもござれですよ」
「いらないわよ、そんな物騒な人員」
アーシャが呆れたように溜め息をつく。
確かに、山での暮らしにそんな側仕えは必要ないねぇ……なんて思ってたら。
「またまたご冗談を。設立するんでしょう?実動部隊を」
「っ――!」
急にそんなことを言うものだから。
いつもの調子で笑うアリサさんに、アーシャが射殺すような視線を向けた。
わたしも少し、眉間にしわが寄っちゃう。
「……」
「……」
「……はぁ。何で知ってるの、それ」
「調べましたから」
指令書は読めない。わたしとアーシャはこの話をするとき遮音の魔法を用いていたし、その上で直接的な単語を使うのも避けていたはず。
「いつ?」
「政府から指令が下ってすぐですね」
「……私達と会うよりも前、ってこと」
「ええ」
「……」
「……」
「……なぁんだ」
それを聞いて、アーシャと二人、ほっと一息。
「という事は、私達のせいではないわね」
「うん。お上が悪いね」
焦ったぁ。わたしたちが情報漏洩しちゃったかと思ったじゃん。
「あ、なんか大丈夫そうな感じです?これ結構、思い切って言ったんですけど」
釣られて息を吐くアリサさん。
大丈夫かと言われると微妙な所だけど、少なくともわたしとアーシャがお叱りを受けることは無さそうだ。
「アリサさん、どこまで知ってるの?」
どんどん話がずれて言ってる気がするけど、これも聞かずにはいられない。
「霊峰の血族が相手取っている者。それが近年密かに、人里でも各所で観測されつつある。その主要な被害として挙がっている『学院』の事案を解決すると同時に、より柔軟に事態に対応できる実動部隊の設立に伴う一部人員の選定を行う。お二人に与えられた指令の大まかな内容は、大体そんなものでしょうか」
ほとんど指令書の概要を諳んじるような言葉に、アリサさんが本当に全部を知っているんだと思い知らされる。
そしてそのことが、この人が包み隠さず話していることの証明にもなった。少なくとも、わたしたちの指令内容を知っている、という部分に関しては。
「……長いでしょ?」
「まあ、役所のする事ですからね」
苦笑を浮かべるしかないわたしに、アリサさんはなんてことないように肩をすくめた。まあでも、漏洩元がわたしたちじゃないってだけで、だいぶ気持ちは楽だ。
「……疑問なのですが。これって、そこまで秘匿しておきたかった事なんですか?むしろ話を聞くに、実動部隊なんて作って然るべきって感じもしましたけど」
首を傾げるアリサさん。対するわたしは、首を横にふりふり。
揺れた髪の先が当たったのか、アーシャがくすぐったそうに身じろぎした。
「んー。わたしたちから漏れる事態は避けたかった、ってだけ」
お上はとにかく秘密主義。なんで秘密主義なのかすら秘密にしてる。
だからその手の情報戦?に疎いわたしとアーシャとしては、とにかく漏らさず責を負わずを念頭に情報を取り扱うつもりだった。つまり、保身ってこと。
霊峰の血族の存在、お上が実動部隊を作るって情報。それらを漏洩した結果どんな不都合が起こるのか、わたしたちには想像しきれない。何せ山育ちの学無し一族なもので。だから徹底的に隠匿したかった。
……ふたを開けてみれば、お上の方で漏れちゃってたみたいだけど。
山での生活の時は、こんなこと気にしなくってよかったのに。
こういうところも、今回の指令が面倒臭くてしょうがない理由の一つだ。
「まあとにかく、ワタシをその実動部隊に加えて頂きたいのです。お二人のお声かけ、スカウトという形で」
アリサさんはその為に媚びを売って、気に入られようとしていた。って話らしい。
「……え、なんで?」
となると、次の疑問点はここ。
「なんでそんなに、わたしたちの傘下に入りたいの?」
まさか、食い扶持に困ってるなんてこともないだろうし。
長期的に内部に潜入して霊峰の血族の秘密を暴くのだ~、みたいな任務を帯びてるとか?
だとしても、正直に話すわけないよなぁって――もう何度目か分からないけど――思っていたら。
「――里抜けしたいんですよ」
珍しく真面目な顔をして、アリサさんがそんなことを呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます