第22話 無傷
「――さて。無傷でとなると、あまり抵抗はされたくないですね」
アリサさんが、エプロンの裏地からコンバットナイフを取り出す。
そんなところに仕込んでたんだ。怖いね。
「あァ?おいおいメイドさん、マジかよ?それ一本で?アタシと?」
小馬鹿にしたような女子生徒の声。
わたしたちの前に立ったアリサさんを、嘲笑と共に出迎える。
「ええまあ。お前、あんまり強そうじゃないですし」
「はっ」
明け透けな物言いに、ますます向こうの声音が高くなった。
「オマエには見えてないかもしれねェがなぁ、アタシには
「見えませんし知りませんよ」
見るからに昂ってる女子生徒に対して、アリサさんの態度は余裕そのもの。いや、わたしたちの疑いを晴らそうと張り切ってはいるけど。
「アーシャ」
「ええ」
アリサさんがこっちに刃を向けてきても大丈夫なように、両方を取り囲むようにして妖精さんを配置。目で追えてない辺り、女子生徒は魔女じゃないことが窺えた。妖精さんも連れてないしね。
「兎に角、さっさと捕縛されて下さい。ワタシの信頼回復の為に」
だから最初から信頼してないってー。
そろそろ口に出して言ってあげた方が良いのかなぁって思うのと同時、いい加減沸点を超えたらしい女子生徒が先手を仕掛けてきた。
「ムカつく女だなァ――22.17.33、
たぶん詠唱型の魔術の一種だと思うんだけど……うん、ぜーんぜん分かんない。
とりあえず事象として起こったのは、周囲の木々の根が一斉に掘り起こされ蠢きだす様子。
地面をめくり上げるようにして顔を出したそれらがアリサさんと、その後ろにいるわたしたちにまで殺到する。
「おっと」
見た目には派手なその攻撃を、でもアリサさんは無骨なナイフ一本で全て捌いて見せた。自分に触れようとするものも、横を抜けてわたしたちを襲おうとする分も、全部全部切り落としていく。木の根っこって、そんなに簡単に切断できるものじゃないと思うんだけど。
「あれも魔術?」
「いえ、純粋な技量ね」
何か魔術でナイフに細工でもしてるのかと思ったけど、アーシャ曰く違うらしい。
動きも最小限、というかその場から一歩も動いてないし、やっぱり体捌きに関してはかなりのものだ。
「ってことはアリサさん、近接戦闘の講義は手を抜いてた訳だ」
「見られると都合が悪いんでしょうね」
わたしたちに対してもね。
そんな意味を言外に込めて話してたら、前から弁明の声が。
「ちょっとぉ!そりゃそうなんですけど、や、別にお二人を欺こうとかそういうアレじゃ――」
「――なァにくっちゃべってんだァ!?」
残念ながら遮られた。いやぁほんとに残念だなぁ。
女子生徒が木の根と一緒に前に突っ込んで来て、そのままアリサさんに殴りかかっていく。拳には暗い緑の光が宿っていて、それこそ何かしらの魔術で強化されてることが窺えた。
「お前ぇ!さっきからワタシの邪魔ばかりしやがってぇ!よく空気読めないって言われるだろ!!」
「言われねぇよボケが殺すぞ!?!?」
あれは絶対言われてるね。
ところで、空気読めないってどういう意味?
「私達が部屋で寛いでる時、無遠慮に上がり込んでくる自称メイドの女がいるでしょう?」
「うん」
「ああいう輩の事」
「なるほど」
アリサさんは空気が読めない……っと。
「後ろからの風当たりが強い!!」
「追い風だね」
「良かったわね」
「この追い風……!……痛い……!」
くだらない軽口を叩く余裕があるくらいに、アリサさんは女生徒を軽くいなしている。荒々しい拳撃の連打を全て見切るメイドさん。
今や、切り落とされて随分と短くなった木の根達も全て矛先を向けているけど、それでも未だ、その場からほとんど動いていない。
女子生徒の動きもそれなりに形にはなってるから、元々近接戦もできる人なんだとは思う。講義では見たことないから、中級以下のクラス所属なんだろうけど。
「クソがァ……!!57.66.23.69.70.71!!結解!!!」
そんな彼女が、怒号と共に発動した魔術。
アリサさんの足元から根が――それだけでなく地面そのものが隆起して、一瞬で彼女を飲み込む。土の柱に固められたそれを抱き潰すように、木の根たちが巻き付いて。最後に女子生徒が、ひと際強い光を乗せた拳で思いっきり殴り砕いた。
「はっはァッ、クソカスがァ!!アタシをおちょくってるからこうなンだよォ!!」
半分以上何言ってるのか分からなかったけど、多分喜んでるんだと思う。
アリサさん、後ろにいるんだけどなぁ。
「――六項……とは言っても所詮、二桁の組み合わせ。ドーピングしてその程度ですか」
つまらない玩具を見るような目で、そう吐き捨てる。
わたしが言えたことじゃないけど、アリサさんも結構、格下を見下す悪癖があるのかもしれない。わたしが言えたことじゃないけど。
っていうかアリサさんの台詞も、あんまり何言ってるのか分かんないや。
「数分配式の魔術。詠唱型の中でも、最も規則正しく扱いやすいとされているわ」
「へぇー」
「分かってないでしょ」
「うん、全然」
同じ『魔術座学基礎』を受けてるはずなのに、既に大きな差が出ているわたしとアーシャ。でも人間、向き不向きがあるから。しょうがないことなのだ。
「構わないわ。私が貴女の分まで頭に入れておくから」
「ありがとー」
っていうやり取りをしてる間にアリサさんが……何だろうあれ、黒くて小さくて四角くて持ち手と引き金があって――あ、首筋に当てた。引き金を引いた。
「――」
倒れた。
「銃……じゃ、ないわよね」
「注入器です」
注入……ってことは、即効性の睡眠薬か何かを打ち込んだのかな。
あれもエプロンの裏から取り出してたし、どこから何が出てくるか分からない人だなぁ。
「ナイフ一本でと言いましたね。あれは嘘です……いやワタシは言ってないですが」
女子生徒を転がして後ろ手に縛りながら、何やら決め台詞みたいなものを言うアリサさん。
ご丁寧に倒れる瞬間に足で受け止めていたらしく、要望通り擦り傷一つない状態で捕縛してくれた。
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