第21話 三度目


 三回目の騒動で、これが普通じゃないって気が付いた。


 いや、今までも散々普通じゃないって言ってきたけど。そうじゃなくて。

 わたしたちではなく、『学院』の視点から見て異常だってこと。


 間隔があまりにも短すぎる。

 今までは多くても年に数回ほどだったものが、ここ二か月ほどで三回。二回目と三回目の間は一か月と開いていない。


 そして極めつけに。



「――見つけたァ。オマエだな?」



 三人目の愚かな被害者は、わたしを探していたって言うんだから。



 ――今日はアトナリア先生から出された課題をこなすために、講義後に図書館に行ってた。ひーこら言いながら何冊かの本に目を通して(頭が爆発するかと思った)、何とか課題を終わらせた時。外はもう日が暮れ始めていて。


 薄暗い廊下を抜けて屋外へ。アリサさんが「ここからなら寮までの近道になりますよ。多分」って言った校舎裏を少し歩いていたら、突然。


 女の子が降ってきた。

 制服を着た、髪の短い女子生徒。


 先の一言をこぼすのとどっちが早かったか、彼女の中から気配が膨れ上がって。

 それで、ああ、なんかおかしいなって。


「……えーっと、あなたは誰?」


 取り合えず、話しかけてみる。

 相手が意味のある言葉を口にしていたから。一応はね?


「あァ?アタシはアタシだよ。てかオマエこそ誰だよ?」


 会話が成立する、とは限らないけど。

 「オマエだな?」って言ったとき、彼女は間違いなくわたしに視線を向けていた。

 なのに今は「オマエは誰だ」って。思考と意識は間違いなく正常じゃない。


 黒い影は宵闇の中でもはっきりと分かるほどに立ち上っていて。この女子生徒が憑かれていることは確実だ。


「わたしを探してたんじゃないの?」


コイツ・・・がな。アタシには関係ねぇ」


 自分の頭をこんこんと小突く女子生徒。

 言葉は壊れていなくて、一見意識も保っているように見えるけど、実際のところ自由意思があるのかは怪しいところ。


 適合性が中途半端に高い人が良く陥る状態で。まあ、彼の者にとっての、都合の良い傀儡って感じ。


 へらへら笑いながら佇んでる彼女に意識を向けたまま、わたしは後ろで気まずそうに控えてたメイドさんに声をかける。


「アリサさん」


「はい」


「わたしは今、あなたをとても疑っています」


「……ですよねぇ」


 アリサさんの言葉に従って、人気のない裏道に入った途端にこれだ。

 やっぱり、お腹が空いてたからって忍者の甘言に乗っちゃいけないんだ。

 ちなみにこの人、なんでか分かんないけど講義が終わった瞬間にメイド服に着替えてる。なんで?


「今すぐ敵対する?」


「いや、あの……信じられないかもしれないですが、マジで偶然なんです……」


「じゃあ今は何もしない?」


「今も今後も、お二人に何かするつもりはありませんよ、ハイ……」


 その言葉をどこまで信じられるかは、この後次第だけど。

 少なくとも今、この人と戦わずに済むのはありがたい。忍者って何してくるか分からないから怖いんだよねぇ。


「……むしろ正面から戦える今の内に、仕留めておいた方が良いんじゃない?」


「あ、そっか。確かに」


 割と殺すつもりな目で、アーシャはアリサさんを睨んでいて。既に妖精さんが何匹か、きゃーきゃー笑いながら二人を取り囲んでいた。


「あぁぁやめてくださいお願いします!ほんとに偶然なんです!!」


 真に迫った悲鳴が、校舎の裏に木霊する。控えめに。


「おーい。なァんでアタシのコト無視してんだァ?」


 こんなことやってたら、女子生徒がちょっと不機嫌になっちゃった。


「え。だって知らない人だし」


「アタシもオマエなんか知らねェよ」


 相変わらず会話は成立してない。

 してないけど、取り合えず対処はしなきゃだねぇ。そう思って一歩踏み出そうとしたら、またまたアリサさんが声を上げた。


「あっ、じゃ、じゃあここはひとまず、ワタシがこいつを片付けますから!その後で、尋問でも何でもして下さって良いですから!!」


 って言いつつも、その場から動こうとはしないアリサさん。今、勝手に身体を動かすと、わたしたちに即攻撃されるって分かってるからだろう。


 偶然の証明だか贖罪のつもりだか知らないけど、うーん……


「こういうの、何て言うんだっけ?」


「……マッチポンプ、だったかしら」


 ああそうそう、自分で火事起こして自分で消火するやつ。


「やめて!ほんとにそういうのじゃないから!!」


 アリサさん、取って付けたような敬語が取れるくらいに焦ってる。

 いやまあ、これも演技だと思っておいた方が良いのかな。


「お前ぇ!誰か知りませんがタイミングが悪過ぎるんですよ!せっかく地道に信頼関係を築いてきたのに!」


 わたしの後ろからそんなことを叫ぶアリサさんだけど、最初っからあんまり信頼はしてない。


「うーん。まあわたしとしてはどっちでも良いんだけど」


 目の前の女子生徒は今までの二人より適合してる。けど、どっちにしろあまり脅威には感じない。

 アリサさんの力量を見る(見せてくれるか分からないけど)って意味では、任せてみても良いのかもしれない。


「でしたら是非是非、お任せ下さい!ワタシの忠誠心を御覧にいれますよ!!」


 まだ出会って日も浅いし、特に好かれるようなこともしてないし。何よりただの仕事上の関係なのに。鼻息荒く忠誠心とか言われても、逆に怪しい。


 でも、本当にこれがアリサさんの手引きで、その上でわたしたちに疑われたくないんだったら、もっと上手くやるはずだしなぁ……むむぅ……何かもう、よく分かんなくなって来たよ。


「……じゃあ、アリサさん。よろしくね」


 まあこの後でみっちり聞き込めば良いかってことで、この場は一旦アリサさんに任せてみる。


 脇に退いたわたしの横から、嬉々として躍り出るメイド忍者。


 薄暗い空気に半ば溶け込んだ黒い裾。その上の白いふりふりがふわっと揺れて、忍者って言うには目に付き過ぎなメイドさんが、黒い影と対峙する。


「怪我させちゃダメだよ。ちゃんと無力化してね」


「お任せ下さい!」


 ちょっと意地悪言ってみたけど、全然問題なさそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る