第20話 強情


 そんなこんな、遅刻ぎりぎりで駆けこんだ『魔法実技』の合同講義。


 下のクラスは上のクラスを見て勉強しようね。

 上のクラスは下のクラスに下剋上されないように気を引き締めようね。


 みたいな意図でたまにやるらしいこの講義、人数はいつもの倍以上で、その分講義時間も長い。


 今はウルヌス教授の「最上位クラスのトップがどんなものか見せる」って言葉で、アーシャが皆の前で色々やってるところ。


 あれしろこれしろって課題を淡々とこなしていくアーシャに、特に下位クラスの生徒さんたちが何度も歓声を上げている。


 ウルヌス教授のクラスの皆は、凄いとは思うけどいつもの事、って顔してる。

 もうアーシャは、クラス内でも別格のような扱いを受けていて。今の時点でアーシャに追い付こうと頑張ってるのは、多分レヴィアさんだけだと思う。他の皆は、「いつかレヴィアさんに追い付けたらいいなぁ」くらいの感じ。


 逆に言うとレヴィアさんは、頑張れば追い付けそうってくらいの実力ってことなんだろうけど。


 とにかく、そんな現状。

 当のレヴィアさん本人は、今日も今日とてアーシャの事を憎々しげに睨みつけていた。歓声が上がるたびに、ウルヌス教授がアーシャを称賛するたびに、眉間の皴はどんどん深まっていく。



「どうもどうもー」


 声をかけてみた。



「…………」


 無視された。


「レヴィアさん?バーナートさん?」


 呼び方の問題かと思ってどちらも呼んでみたけど、でもやっぱり無視された。


「おーい」


「…………」


「マニさん泣いてたよ?多分だけど」


「……、……」


 マニさんの名前を出したら、あっさりと釣れた。

 顔は正面を向いたまま、口の端っこをへの字に曲げてる。


「……盗み聞きか。悪趣味な事だ」


「やぁ、廊下であんな痴話喧嘩されたらねぇ」


「痴話喧嘩ではない」


 随分と強張った声だ。

 いつもだったら、他の生徒さんが声をかけても無感情にあしらってるのに。


「……それから、泣いてたと言ったが。誰も、あいつのそんな姿を見た事は無い」


「それは、マニさんが強い人だから?」


「いや、前髪で目元が見えないからだ」


「なるほど」


 それはそうだと笑ってみたけど、言ったレヴィアさんはくすりともしてない。

 笑いどころじゃなかったみたい。


「…………」


 レヴィアさんはそのまま、話は終わりとばかりに再び口を引き結ぶ。

 まあ、わたしはまだまだ話しかけるんだけどね。


「マニさんとは幼馴染、なんでしょ?」


「どうしてあんなに冷たくしてるの?」


「前からあんな態度なの?」


「一年ぶりの再会なんじゃないの?」


「ねぇねぇねぇ」


「……鬱陶しい奴だな。何なんだお前は」


 よし、会話成立。成立ったら成立。


「マニさんとは、戦闘実技系の講義で仲良くさせて貰っててね」


 友達寄りの知り合い、くらいの関係だろうから。まあ、嘘は言ってない。


「レヴィアさんの話も少し聞いてた中であんなの見せられたから、ちょっと気になっちゃって」


「……見せていた訳ではない。お前が勝手に覗き見していただけだろう」


「たしかに」


 覗き見に盗み聞き。まるでこっちが変質者みたいな言われようだ。心外だね。


「あいつとの関係を、他人にとやかく口出しされる謂れはない。これはわたし個人の問題だ」


 もう、本当にその通りですとしか言いようのない正論をぶつけられた。


「おごぉ」


「は?」


「これはねぇ、正論で殴られた時に出る声」


 いぇーい、アリサさん見ってるぅー?


 ……っていうこれも、アリサさんが言ってたやつ。

 こういうことをわたしに教えるたびに、あの人はアーシャに怒られてる。


 ちなみに、そのアリサさんは今日も遠くから様子を窺ってる。


「……お前、馬鹿なんだな」


 そして目の前のレヴィアさんには、溜め息をつかれた。


「マニさんには、純粋なんですねって言われたよ」


「……あいつも、馬鹿だからな」


 絶対にこっちを見ようとしないレヴィアさんの瞳が、一瞬だけ、どこか遠くを眺めるように細まった。

 見たことある表情。マニさんが、レヴィアさんとの関係を語ってくれた時のそれ。


「ふぅん」


 詳しいんだねぇ。って言外に含めてみたら、その顔は一瞬で元の仏頂面に戻っちゃったけど。


「――そもそもわたしはお前が嫌いだ。あの女を抱え込んでいてその体たらく。意欲をまるで感じない。侮蔑に値する」


「手厳しいねぇ」


 まあ、レヴィアさんくらい真面目にやってる人からしたら、わたしの講義中の態度は見ていてあまり気持ちの良いものじゃないだろうから。何も言い返せないけど。


「あ」


 あの女ことアーシャが、そろそろ解放されて戻ってきそう。

 それを察したレヴィアさんは、今度こそ話は終わりだと、わたしから離れて行く。


「わたしはお前とは違う。必ず追い付き、追い越す。絶対にトップになって見せる」


 それだけ言って。

 それだけですらも、喋り過ぎたと言わんばかりに。


 こちらに背を向けて、生徒さんたちの最前列に紛れて行った。



「――どうだった?」


 んで、入れ替わりに戻ってきたアーシャが、短く聞いてくる。


「うーん。あんまり」


 引き出せなかった、って意味で。

 言葉の端々から、少し拾えるくらいだった。


 あ、でも。わたしのことが嫌いっていうのは分かったよ。


「結構、しっかりしてる人なのかもね」


 頑な過ぎるきらいはあるけど。


「そういう相手には効き辛い・・・・もの。仕方ないわ」


「だねぇ」


 マニさんの為――ひいてはわたしたちの為にも、レヴィアさんの口から色々聞きたかったんだけど。


 釣果はなし、ってわけで。


 今日の『魔法実技』もつつがなく終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る