第19話 不和

 二度目の騒動から数日。


 中止になっちゃった『魔法実技』の合同講義をやるってことで、訓練場に向かってたんだけど。


 見ちゃった。



「……レヴィア、怪我したって……大丈夫なの……!?」


「……別に。大した事じゃない」


 訓練場に続く廊下の隅っこで、話し込むマニさんとレヴィアさんを。



「……で、でも…………大体、どうして私に教えてくれなかったの……?」


「お前には関係のない事だからだ」


「……そんな……!」


 ……話し込むっていうよりは、マニさんが一方的に話しかけてるって感じかも。

レヴィアさん、マニさんの方を見てもいないし。


 そろそろ講義も始まるから、廊下にはもう人気が無い。

 だから、柱の影にいる彼女たちのやり取りも良く聞こえる。けど、その分わたしたちが居ることも気取られそうだったから。別の柱の影に、そっと息を潜めてみる。

 アリサさん、気配消すの上手いね。


「……どうしてそんな事言うの…………何で……私のこと、避けてるの……?」


「……それも、お前には関係ない事だ」


「っ!!」


 もの凄く素っ気ない。

 レヴィアさんは講義中も、アーシャと教授以外には――多分、自分より弱い人には――興味を全く示さないけど。

 でもマニさんへの態度はそれとは違って、まるで意識して関わりを断とうとしているみたいだった。


「…………やだ」


「…………」


「やだよぉ……レヴィア……」


 捨てられた子供みたいな声、とはアリサさんの弁で。

 アーシャはやっぱりどうでも良さそうな……強いて言うなら、馬鹿を見る目で二人を眺めてる。

 

「もう良いか?もうすぐ講義が始まる」


 元々向き合ってすらいなかった身体を翻して、背を向けるレヴィアさん。


「……レヴィアっ……」


 そんな彼女の制服の裾を、マニさんがきゅっと摘まんだ。

 講義中いつもの力強い拳と似ても似つかない、辛うじて握られた指の先。


「……講義、始まるから」


 あっさり振り払うレヴィアさんの声は、いつも以上に頑なで。

 それ以上は何も言わずに。結局、一度も視線を向けることもなく、彼女は訓練場の方へと消えて行った。


 残されたのは、いつもよりずっと小さく見えるマニさん一人。

 顔は見えないけど、多分、泣きそうになってる気がする。



「…………」


「どうもどうもー」


 声をかけてみた。


「っ!?」


 案の定びっくりしたらしい。

 跳ね上がった顔の勢いで、前髪がちょっと浮いて……うん、見えなかった。さすが前髪重たい人。


 「話しかけるんですね……」とか呟いてるアリサさんを尻目に、わたしとアーシャはマニさんに近づく。や、アーシャはわたしに付いてきてるだけなんだけど。


「……イノリさん。アーシャさんも……」


 ほんの数秒、狼狽えるそぶりを見せるマニさん。でも、すぐに取り繕ったような微笑を浮かべる。


「……お恥ずかしい所を……お見せして、しまいましたね……」


「ほんとに、上手く行ってないんだねぇ」


「お嬢様、お嬢様。あの、もう少しこう、オブラートに……」


 追い付いたアリサさんが更に苦言を呈してくるけど……ちょっと何言ってるか分からない。


「……いえ……実際、その通りですから……」


「アーシャ、オブラートって何?」


「食べられる包み紙」


「へぇー。美味しいの?」


「どうかしらね」


「アレは大半のモノは無味無臭で……いやこれ、今する話じゃなくないですか?」



「……ふふっ……」



 わたしたちのやり取りを見て、マニさんが笑う。

 今度は無理矢理な微笑みじゃなくて、思わず漏れ出たような小さな声だった。


「……イノリさんはとても……とても、純粋な方なんですね……」


 前々から思ってましたけど、って枕言葉と一緒に言われる。


「ふふん。アーシャにも言われる」


 胸を張って答えたら、更にマニさんの笑みが深まった。

 アーシャも隣で、得意げに立ってる。更にマニさんが笑顔になった。


「……あの、お二人もこれから講義なんですよね……?……引き留めてしまってすみません……」


 レヴィアさんが去っていた方を見るマニさん。そうできるくらいには落ち着いた、っぽい。

 どちらかというと引き留めてたのはわたしたちの方なんだけど、まあ要するに、もう大丈夫ってことなんだろう。


「もう泣いてない?」


 見えないから聞いてみる。

 頷くマニさんは、泣いてたことは否定しなかった。


「……ひと先ずは…………また、お話を聞いて貰っても……?」


「うん。近いうちにねー」


 そんな感じの約束をふんわり取り付けて、ここは一旦お別れ。

 遅刻なんてしたら、それこそレヴィアさんに睨まれるだろうからね。アーシャが。


「あ。それとも、アリサさんだけでも置いていく?」


「え、ワタシ一人で相談相手になれと?」


「……いえ、折角ですが……」


「即、断られるのもそれはそれでショックなんですが……」


 しょんぼりしてるアリサさん。うんまあ、忍者は胡散臭いからね。しょうがない。


「そっか。じゃあまた」


「……ええ、また……」


 さっきとは対照的に。

 少し明るくなったマニさんを置いて、気落ちしてるアリサさんを連れて。アーシャは終始いつも通りで、わたしたちはその場を後にした。


「……しかし、また相談を、というのは少し意外でしたね。前回は話し過ぎたと戸惑っていたのに」


 ……かと思いきや、すぐにいつもの調子に戻る。そういうところが胡散臭いんだよ忍者。良い人っぽいではあるんだけど忍者。

 取り合えず、そんなアリサさんの至極真っ当な言い分に、今返せる言葉はない。


「アーシャ、ありがと」


「構わないわ」


 だから先に、アーシャと二人だけで短いやり取りをして。

 アリサさんには、当たり障りのない返事をしておく。


「……何だかんだ、誰かに聞いて欲しいのかもねぇ」


「深層心理では……とかってやつですか?」


「まあ、そんな感じ?」


「……確かに霊峰の~って言われると、そういうのも見透かしてきそうな雰囲気ありますね……」


 畏れを灯した瞳を向けてくるメイド忍者だけど、霊峰の血族にそんなことはできっこない。


「どうだろうねぇ」


「おお、怖い怖い」


 おどけるように言うアリサさんと、隣を歩くアーシャの澄まし顔との対比が、なんだか可笑しかった。

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