第18話 ご褒美

「――で、それは何を?」


 部屋に入ってくるなり、アリサさんがそんなことを言う。

 既に貫頭衣へやぎに着替えてるわたしたちと同じように、アリサさんもメイド服しふく姿。


「なにって、膝枕だけど」


 アーシャの後頭部をなでなで。

 ベッドに座ってする膝枕はまだちょっと慣れない。でも、足が痺れないから良いね。


「向き、逆では?」


「そう?膝の上に頭乗っけてれば全部膝枕じゃない?」


「そ……いや、それもそうか……それもそうか……?」


 二、三言やり取りをするかしないかの内に、うつ伏せに寝転がるアーシャがもごもご唇を動かした。

 声は聞こえない。太ももはくすぐったいけど。


「アーシャがうるさいってさー」


「あ、ハイ。スイマセン」


「ん。静かにねー」


 今は、今日わたしの分まで頑張ってくれたアーシャに、ご褒美をあげる時間なのです。……今日に限った話でもないけど。今のところ、一番頑張ってるのはアーシャなんじゃなかろうか。えらいえらい。


 もっと頭をなでなでする。

 サクラ色の髪は相変わらずさらさらで、指を通しても澄んだ小川くらいの抵抗しかない。ほんの少しだけ指先に纏わりつくような感触。ほんのり暖かくて心地良い。


「……って、いやいや。あの、お寛ぎのところ大変恐縮なのですが、事の顛末をお聞きしたく……」


 折角良い気分でいるのに、アリサさんはわざとらしい口調でそんなことを言う。

 顛末って言っても、最初から最後まで一緒にいたのに。


「居て、見てただけですからね。見えないものに関しては、知りようがないんですよ。推測はできますが」


「とは言ってもねぇ――」


 やったことといえば、最初の騒動と同じ。

 アーシャが拘束した後、件の女子生徒を先生たちに引き渡して。

 後から処置室で理事長さんと合流。運ばれた女子生徒から、彼女に憑いていた彼の者の影を払った。


 最初の男子生徒よりも深く適合してたから(て言っても、そんな大したものじゃなったけど)、その分記憶も、多く持っていかれると思う。

 そんな感じのことを理事長さんに話して、わたしたちは解散。


 当然、『魔法実技』の講義は中止になった。

 で、そのまま部屋でだらだらしてようってことで今に至ると。


「――そんだけ。見たまんまだよ?」


「やぁー……その、例えば今回の一件で、彼の者とやらの正体が判明したとか」


「ないね」


 影も影、残滓も残滓。おまけに適合率も低かったから、なぁんにも分からずじまい。


「じゃあ、彼の者とやらが『学院』のどこに潜んでいるのか、目星がついたりとかは」


「ないね」


 『学院』の中の、どこか一つ所に居憑いているのか。

 あるいは『学院』全体に浸透するように、存在しているのか。


 なぁんにも分からずじまい。


「……さいですか」


「ん。だからほんとに、アリサさんの見たまんまだよ」


 立ち上る黒い影は見えずとも。

 憑かれた女子生徒が尋常ではなかったことは良く分かるはずだから。


「何と言うか、ままならないものですねぇ……」


「ほんとにね」


 霊峰に惹かれてくる『流れ者』たちなんかは、こんなまだるっこしいことは無かった。

 そういう意味でも、今回の指令は、やっぱりどこまでも面倒くさい。


「ワタシとしては勿論、アレの存在を信じてはいますが。進展がないとどうにも……雲を掴むような感覚は、消えてくれないですねぇ」


 もごもご。

 アーシャの抗議が、また太ももをくすぐる。今度は内ももの辺り。


「アリサさん。アーシャが黙れって」


「あ、ハイ。スイマセン……」


 うつ伏せのまま微動だにしないアーシャ。

 手足も投げ出して、顔はわたしの太ももに埋めて、全身の力が抜けきってる。


「……居ても良いけど、静かにしててね。多分、次は怖いよ」


 サクラ色の帳に指を潜らせながら、最後の警告。

 流石のアリサさんも、真剣な顔をしてこくこく頷いていた。

 いつもの定位置、部屋の隅っこの方で小さーく丸まってる。


「ん」


 視線を膝元に戻して、左手の指をもっと深く深く潜り込ませる。

 少しだけ髪の毛を絡ませながら、中指と人差し指がうなじに触れた。


「アーシャ……今日もありがとう」


 筋肉の流れに沿うように、上から下に、下から上に。

 指の腹で撫ぜる。何回も。指紋を擦り込む気持ちで。


「……、……」


 アーシャはずっと、無言のまま。

 少しずつ、わたしの指が一往復するごとに、呼吸だけが深くなっていく。


 アーシャが息を吐くたびに、わたしの太ももに熱が灯って。

 アーシャが息を吸うたびに、わたしの太ももから熱が奪われる。


「いつも」


 何往復も何往復も。


 動かした分だけ、わたしの指も熱を帯びていく。

 纏わりつくアーシャの髪の毛が、その熱を逃がさない。


 熱い。指と太ももだけが、汗ばむくらいに。


「いつも、ありがとうね……」


 耳に届ける言葉は、別に何だっていいんだけど。

 今日は、お礼にしてみた。


 髪の隙間から覗くとんがり耳が、ひくっ、ひくって震えてて。

 開いてた右手で、そっとつまんであげた。

 中指と人差し指と、親指。


 「……、……」


 ひと際深い呼吸と一緒に、アーシャのうなじに鳥肌が立つ。

 静かに、静かに。


 それを合図に、左の指をゆっくり引き抜いた。

 名残惜しげに吸い付く湿ったサクラ色を、優しく振りほどいて。代わりに、そっと持ち上げる。

 腰の辺りで結ばれた、その髪の一つ玉を。


「あーしゃ」


 あんまりにも触り心地が良いから、ついついそれを自分の頬に当ててしまう。


 さわさわ、もふもふ。


 太ももにされていることの、意趣返しのつもりなんだけど。

 まあ、そんなことよりもやっぱり、さらさらで柔らかくて、心地良い。

 いい匂いもするし。


「~~、~~――」


 きっとアーシャにしか聞こえないくらいの声で、子守唄を謡う。

 何となしに、口慰みに。


 サクラのたまに吸い込まれて、自分でも聞こえないけど。吸い込まれてるってことは、きっとアーシャにだけは聞こえてるんだと思う。


 たぶんね。


「~~、――――……




 いつの間にか、アリサさんはいなくなってた。

 そんなこと気が付くはずもなく、夕飯の時間までずっと、アーシャを膝枕してたけど。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 どこに書けば良いのか分からなかったので、本文中に失礼します。

 来週から本作を週3回更新にしてみようと思いまして、つきましては更新日を月、水、金曜日に変更とさせて頂きます。キツかったら元に戻します。

 という訳で次回更新は4月25日(月)となりますので、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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